部室棟の天井裏には死体がある⑥私の回想|オーディオミステリー|#創作大賞2025

第六話 私の回想
彼が部室にいた時は心臓が張り裂けそうだった。どうしてここに? もしかして入部見学? でも、なぜこんな時期に? 何より、なんでうちの部室で脚立を立てて天井触ってんの?
私は彼にすぐにでも声をかけたかった。もしかしたら彼はツッコミ待ちなのかもしれない。どうしよう、こんなシュールな状況に果たして私にツッコむ技量はあるだろうか。
どんな状況であれ、彼に声をかける絶好の機会であることは間違いなかった。だけど、なかなか勇気を出せないでいた。
私は一方的に彼のことを知っていた。同級生の恒松貴広くん。同じクラスになったこともないし、一度も声をかわしたことはない。だけど、昔一度だけサッカー部の入部見学で一緒になったことがある。その時から彼のことは気になっていた。きっと彼も部活に入るんだろうと高を括ってその時に声をかけなかったのが失敗だった。それ以来、結局ほとんど彼とは接点なく、とうとう3年の夏まで来てしまった。
しかし、今日そのチャンスが不意に現れた。
でも、私が一方的に彼のことを知っているだけで、きっと彼は私のこと知らないだろうな。いや仮に知っていたとしても興味ないだろう。
——だって、こんなイケメンなんだから。
廊下で彼とすれ違うたびに、何か声をかけれないかなって思っていたけど、臆病な私にそんな勇気はなかった。私はただ、すれ違うたびに風にたなびく彼の匂いを感じることしかできなかった。
今も彼は私に気づく素振りもみせず、ただひたすらに部室の天井を押していた。しかし、本当に何をしているのだろう。
彼はつぶやいた。
「これで最後、あと一回だけ」
え、最後? まずいこのままじゃ彼が部室を出て行く。声をかけなきゃ、今までと同じ。
「あんた何してるの!」咄嗟に大きな声が出てしまった。急いで声を出そうとしたせいでボリューム調整ができなかった。しかも選んだ言葉もよくない。彼を驚かせてしまった。
彼は目を丸くしてこっちをじっと見ている。目を逸らすとせっかくのチャンスを逃す気がして、私も彼の目を見続けた。別に張り合う必要なんてないのに。
「あんた完全に不審者よ。うちの部室で何してんの?」最初の言葉の選択を誤ったせいか、勢いを殺せずにいた。別に彼を責めるつもりはないし、どちらかと言えば仲良くなりたかったのに。
でも次から次へと思ってもいない言葉が口からついて出た。ほんと私のバカ。
「で、何の用なの? 入部希望なら多めにみてやらないことはない」やっと聞きたいことが聞けた。
「いや、入部希望では」
そりゃそうか。さすがにこんな時期に入部希望なんてないか。そもそも私も部活引退間近だし。
聞けば、恒松くんのお父さんは私の母さんと同期のようであった。彼と思わぬ接点があって私の心の中は踊っていた。
昔、恒松くんのお父さんはサッカー部の部室の上の天井裏によく入っていたのだという。そこに何か大事なものを忘れたとか。
「で、入口は見つかったの?」
「え?」
「見つかったの?って聞いてるの」
「いや、まだ」
「探し方がわるいんじゃない?」
「ちょ、ちょっと危ないよ。この脚立は二人で乗るもんじゃ……」
「何よ、手伝ってあげるってのに生意気ね」
彼の吐息があたった。
「早く済ませましょ」不意に訪れたチャンスに私は舞い上がってしまってた。
廊下ですれ違うたびに感じていた彼の爽やかな匂いが今は間近にあった。
ちょっと積極的すぎただろうか。
結局、彼と部室棟の天井を何度も強く押したけど、天井裏への入口なんてなかった。本当にそんなものはあるのだろうか。このままでは彼をやすやす帰すことになってしまう。二年越しの思い、こんなチャンスを無駄にしてはいけない。
私は彼ともう少し話をしていたかった。口実なんてなんでもよかった。部室棟の天井裏の存在なんていまだに眉唾だけど、この話をネタに彼としばらく接点をもてればよかった。
だから、母さんに話を聞くという口実をつくって、彼を自宅に呼んだ。
自宅までの道すがら、私は必死で彼との会話のとっかかりを頭の中で探っていたが、緊張のあまり、何も話しかけることができなかった。こんなこと言ったら、つまらない人って思われるかな、うざいかなって思っているうちに電車は自宅周辺の駅へと着いた。道中ずっと話せなかったのに、急に話しかけたら変だと思って、私は無言で電車を降り、自宅へと向かった。こんなときに何コミュ障発揮してるんだ、私。とりあえず、彼は黙ってついてきてくれたからよかったけど。
自宅に彼を入れたら、すぐにお母さんが出てきた。母さんがはじめ彼をみたとき、驚いているような顔をした。そりゃ突然、家に男友達をつれてきたら、無理もないか。でも少し心配……
母さんは怪訝そうにしながら私たちをリビングに招いてくれた。
リビングに彼を招いた後、母さんは一転、嬉しそうな笑顔をみせた。先ほどの心配は杞憂だった。冷静に考えてみたら、こんなイケメン連れて来たんだから母さんも喜ぶよね。そりゃ。
その後、私より母さんと彼が意気投合しちゃって、少しつまらなく感じた。母さんはお調子者だから、途中、変な茶番もあったけど、なんやかや彼が楽しんでくれてるのはよかった。
私自身も母さんから普段聞けない色んな話が聞けた。昔のうちのサッカー部が強かったこと、恒松くんのお父さんと勇太って人が当時活躍していたこと、今のサッカー部が弱くなったから野球部に一番いい部室をとられたこと。今まで知らなかったいろんな話を知ることができた。
そして特に私が気になったのは昔、母さんがストーカー被害に遭っていたということ。どうして私に今まで教えてくれなかったのだろう。でも、こういうのって娘に言うようなことじゃないのかな。
それから、当時、母さんのことを助けたという勇太さんのことも気になっていた。勇太さん自身もストーカー被害に遭って、今は行方がわからないとのことだが、彼はどこにいるのだろう。もしかして恒松くんのお父さんが探していた大切なものって、その勇太って人に関係しているのだろうか。例の天井裏を調べると何か手がかりが掴めるかもしれない。
初めは恒松くんとかかわりを持つためのネタぐらいにしか思っていなかったけど、いつしか私もこの一連の話に少しずつ前のめりになっていた。
恒松くんのためにも、彼のお父さんのためにも私はこの件の真相を突き止めてあげたい。私に追求することを求めなかった母もきっと本心では真相を知りたいはず。真相を解明すればきっとみんな喜んでくれるだろう。そして何より、これを足がかりに、恒松くんとはさらに親しい仲になれるかもしれない。
一連の話が終わった後、お母さんは彼を送っていく提案をしてくれた。たまにはいいこと言ってくれるじゃん。
夕暮れの道を彼と一緒に肩を並べて歩いたが、彼はずっと何かを考えていた。たぶん勇太さんのことで頭がいっぱいなのだろう。私も気になっているから仕方ないけど……
こうなったら思い切って提案するしかない。きっと彼も同じことを考えているはずだ。
「ねえ、今から学校戻らない?」
「どうして?」
どうしてって、本当はあなたも行きたがってるくせに。
私は野球部の部室に行くことを提案したら、やっぱり彼も乗ってくれた。
「奇遇だ。俺も天上裏をこの目で確かめたいと思ってたんだ。後押しをしてくれてありがとう。綾雪」
私の頬は紅潮していたと思う。ただ日の沈みかけた茜色の空のおかげで、彼にはバレなかったと願いたい。
学校に着いたころには日は沈み、あたりはすっかり暗くなっていた。生徒たちはみんな帰っている時間。私と彼は、校内へ侵入し、部室棟へ向かった。
こんなスリルに満ちた瞬間は学校生活で初めてだった。吊り橋効果っていうんだっけ? 気になる異性と恐怖や緊張感を共有すると相手への気持ちが増すっていう。彼も私のこと気になってくれればいいけど。
私たちは、サッカー部の鍵のかけてない窓から、部室棟に忍び込み、共通廊下を通って隣の野球部までやってきた。
お母さんの話からすると、この天井に秘密の入口が存在するかもしれない。でも本当にそんなものがあるのだろうか。いまだに半信半疑だった。
天井の一角が変色しているところがあったので、スマホのライトでよく照らして、彼に示してあげた。
それが天井裏の入口だったらいいのだけど、おそらく、そう簡単にはいかない。
彼は勢いをつけてその一角を押した。
彼は体勢を崩しそうになって脚立がガタッと音を立てた。
まもなくして、カランという乾いた音が響いた。
例の入口が本当にあったのである。
胸が躍った。
「綾雪はここで待っててくれ、俺が先にいく」
彼は私を制止し、一人で穴の中へ入っていった。置いてかれたのはちょっとムカついた。私も一緒に入りたかったから。
天井裏からは、時折、ガサガサとかすかな音が聞こえてきた。部室の中は静寂だったので、よく聞こえた。天井裏は暗かったから、中で恒松くんが怪我をしないか心配だった。
しばらくして、『痛って』と中から大きな声が聞こえてきた。私は反射的に、脚立にのぼり、天井裏の入口に手をかけた。少し腕力が必要だったけど、必死だったので、なんとか上がり込むことができた。
中に入ると、恒松くんは、何か冊子のようなものにライトを当てて見ていた。とりあえず大事には至ってないようで安心した。
ところでその冊子状の何かは、女性の裸体が写っているような、いかがわしいものに見えるのだが、私の見間違いだろうか。この中に落ちていたのだろうか。この空間は当時、思春期真っ只中の恒松くんのお父さんと勇太って人が使っていたのだから、そういうものを持ち込んでいても不思議ではない。
とりあえず、彼に話を聞くのが早そうだ。
「——ちょっと!」
「あわわわ、綾雪?」
彼は手に持っていた冊子を後ろ手に隠した。
バレてるし。ただ私は見てないふりをしてあげた。
その後、私はスマホのライトで天井裏の中を確かめてみたが、この空間には何も落ちてないようであった。
「あんた何か見つけた?」彼にも念のため、もう一度聞いてみる。
「実は、これを見つけたんだ」
すると意外にも彼は先ほどの冊子とは異なるものを取り出した。細長い鍵であった。
「見つけたのはそれだけ?」
「お、お、おう。そうだな」
やっぱり嘘つき。私に気を使ってるのだろうか。
「あんたの父さんが探していたものは見つかったの?」
「なかったみたい。どうやら父の思い違いだったみたいだ」
もしかしてさっきのいかがわしい雑誌がお父さんの探していたものなのかもしれない。恒松くんはそれをかばっているのだろうか。いずれもバレバレだけど。少なくとも勇太さんって人の失踪の重大な手がかりはなさそうだった。あの鍵の正体もよくはわからないし。
私はせっかくここまで二人でやって来たのに、やすやす帰るのはもったいない気がした。彼ともう少しここにいたかった。だから、
「なんかもったいないから、もう少しだけここにいたい」と私は勇気を出して言った。空間の壁に背をもたれて座り込むと、彼も合わせて、反対側の壁に背を預けて座ってくれた。私がスマホのライトを切ると彼もライトを消した。
彼からはいろんなことを聞けた。どうしてサッカー部に入らないのか。お父さんがどんな人なのか。彼のお母さんについても少し。これは聞くべきじゃなかったのかもしれないけど。
それから、勇太さん失踪を今後も二人で調べる約束もできた。
彼とまた接点を持てる。私はそれだけで満足だった。
しばらくして、私たちはゆっくり腰を上げた。
「気をつけて降りるんだぞ」
恒松くんは、私がスカートを履いていることを気遣ってか、先に天井裏から降ろしてくれた。口には出さなかったけど、そういう気遣いは、素直にうれしかった。
続いて彼も天井裏から降りて来た。部室内は外の光が差し込んでいたので、多少、明るかった。だから、彼が背中に挟んでいたいかがわしい雑誌はよく見えた。隠すなら最後までしっかり隠せし。さっきまでいい雰囲気だったのに、ぶち壊しになった気がしてちょっとムッとした。だから、指摘してやった。
彼はその雑誌を自分のものと言い張った。ここまで手ぶらだったのに、なわけあるか。見え透いた嘘をつくのもなんだか腹立たしかったので私は彼を置いて、部室を後にした。
彼を部室においてきたけど、本当によかったのだろうか、嫌われていないだろうか。せっかく彼と一日いろんな経験や話をしたというのに、こんなところで、好感度が落ちたら最悪だ。早速私は後悔をしていた。慣れないことするもんじゃなかった。彼と校内に入った時のフェンス前で私は彼を待っていた。
部室棟のほうから男性の影が近づいてきた。恒松くんだ。どんどん影が大きくなる。あしらっておきながら、どんな言葉をかければいいのだろうか。寂しくなって君を待っていたなんて口が裂けても言えない。
恒松くんは私に気付き、目の前で立ち止まった。
彼は私に告げた。
「その……今日はありがとう。結局、何かを成し遂げたわけではないけど、色々あって楽しかった」
本当にうれしかった。その声を聞けただけでも今日彼と一日過ごした甲斐があったと思った。
「ふん、私はまさかこんな変態と一日過ごしてたとは思わなかった。こんな男に、お母さんまで紹介したと思うと最っ低」でも、本当、私って天邪鬼。
「じゃ、私帰るから——」本当はもう一押し、彼には私を呼び止めてほしかった。私はゆっくり、フェンスに足をかけた。
その時——
「コラ! お前たち何をしている」
聞き馴染みのある声が背後から聞こえて来た。
「今、何時だと思ってるんだ。なんでまだ校内をうろついている! とっくに下校時刻は過ぎてるんだぞ」
振り向くと、お父さんが立っていた。もう、お父さんたら最低。タイミング考えろよ。
「仕事が終わって校内を見回りしてたら、まさかまだ生徒が残っているとは。いったい何をしてるんだね。こんな時間に。しかもよりによって……綾雪が」
「ごめんなさい……お父さん」
とりあえず、形だけ謝ったけど。本当はお父さんのほうこそ、私に謝ってほしかった。
恒松くんは私のお父さんが理事長ってことは知らないようであった。まーほとんどの同級生が知らないのだが。
それから、二人は私から20mほど距離をとって話した。時折、二人の笑い声のようなものも聞こえてきたので、とりあえず、安心した。恒松くんは私の母さんとお父さんどちらとも相性がよさそうだ。
これからも恒松くんとはもっと仲を深めていきたい。その想いは紛れもないものだった。
しばらくして、恒松くんとお父さんは別れて、お父さんだけがこちらにやって来た。恒松くんは私に何も告げずにフェンスに足をかけ、敷地外へ出ていった。最後に挨拶ぐらいしろよ。今日いろんな話や体験を二人でしたんだし……だけど、先ほど、私が彼にやったことをやり返されただけだから何も言えなかった。
まぁ、また学校で彼に会ったら声をかけよう。明日からが楽しみだった。
私は父親の車で送られ自宅に帰った。
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