部室棟の天井裏には死体がある⑦私の決意|オーディオミステリー|#創作大賞2025

第七話 私の決意
1
2組の恒松貴広くんとは入学当初から、ずっと話したいと思いつつ、3年の夏となっていた。だけど昨日ついに彼といろんな話や体験をすることができた。それはまるで二年の歳月を取り返すかのように濃密な時間だった。彼とは、19年前に突如失踪をしたという勇太さんの謎を一緒に探る約束もした。
この件を通して彼とまた接点をもてると思うと胸がわくわくした。おかげで昨日はなかなか、眠りにつけなかった。
でも、彼に次会うときには勇太さんの件の手がかりをもう少し集めた状態にしておかなきゃな。何も調べてない状態で彼に会ったら、向こうだって、何しに会いに来たってなるだろう。
にしても、どうやって手がかりを探せばいいのか。お父さんにも昨日の帰り道、勇太さんの失踪について聞いてみたけど、大した情報は得られなかった。お母さんにはもう十分に話を聞いたし、そもそもこの件には深追いするなって言ってたから。これ以上両親から有益な情報は見込めない。
それなら、自分の足を動かして情報を集めるしかない。
私は二限目の体育を休んだ。生徒会室に入るために。授業中は生徒会室が使われていない。この隙に忍び込もうと思った。
勇太さんは当時サッカー部だけでなく、生徒会長もしていたようだ。母さんからはサッカー部での勇太さんの情報を聞いたけど生徒会での勇太さんの情報が不足している。生徒会OBの知り合いもないので、周りにも聞く当てもない。とりあえず今の生徒会室を探ることが手っ取り早く思えた。
早速、生徒会室の中に入ってみたものの、何を調べていいかわからない。机の上に無造作に置かれた書類や備品などは、全部現役生徒会のもののようであった。
せっかく忍び込んだのだから、何か一つでも手がかりを得たいと私は躍起だった。書架やキャビネットをくまなく調べた。すると、キャビネットのうちの一つに、生徒会誌のバックナンバーが保管されていた。
勇太さんが生徒会をやっていた時期は今から19年前だから平成十八年? 私は、年号をみて一冊を手に取った。中をみてみると、生徒会長・佐村勇太の名で巻頭言が書かれていたので、当時のもので間違いないだろう。私は中をパラパラ見ていると……
その時——
「コラ、何をしている」
怒号が響いた。生徒会室に誰かが入って来たようだ。私は咄嗟に振り返って、同時に手に持っていた生徒会誌を後ろ手で隠した。昨日の恒松くんの気持ちが少しわかった。
「……お父さん」
そこに立っていたのはまたしても父だった。なんでいつもいいところで邪魔をするのよ。
「なんだ、綾雪か。ここでいったい何をしている? 今、授業中だろ?」
「ごめんなさい。ちょっと授業に出るのが面倒で」
「たくお前、真面目な娘だったのに。非行少女にでもなったのか。昨日から変な行動ばかりして、お父さん心配だよ」
「ごめんなさい」私はとりあえず謝ることしかできなかった。後ろ手で隠した生徒会誌はシャツの中に隠した。昨日の恒松くんのヘマを私は繰り返さない。
「早くここを出なさい。娘が授業をサボってこんなところで時間を潰してたなんて、周りに知られたら、示しがつかない」
まったくその通りだった。
「はい、お父さん」とりあえず、この生徒会誌さえ持ち帰れればと思っていたので、私は、素直に応じた。
「たく、今日のことは許してやるから、もうこんなこと、するんじゃない」
父さんは常々、『娘だからといって贔屓するつもりはない。他の生徒と同じように扱う』と口では言うけど、実際そんなことはなかった。いつも私には多少寛容なところがあった。調子に乗って私もそれに甘えてばかりではいけないのだけど、今日ばかりはありがたく感じた。
2
部活を終え、自宅に帰ると、私はすぐに自室に駆け込んだ。目的はもちろん、今朝手に入れた生徒会誌を見るためだ。まず、ざっとみたところ、一見ごくありふれた会誌にみえた。だけど何か違和感があった。私はもう一度、その生徒会誌にじっくりと目を通した。
この生徒会誌を読み込んで二つの気になる点があった。
一つ目は、この生徒会誌に生徒会名簿がついていないこと。普通は生徒会メンバーや役員名簿のようなものがついているのではないか。しかし、この会誌を見る限り、どこにもそのような名簿はなかった。この時代は今ほど個人情報についてはうるさくなかっただろうし、そもそも名前を載せるぐらいなら別にいいだろう。まるで誰かこの会誌から、名簿を切り取ったかのようだった。しかし、誰がなんのために。私の考えすぎだろうか。私は生徒会室からこの会誌だけを持ち出したのを後悔した。はたして他の会誌にも名簿はついていないのだろうか。これだけじゃ判断ができなかった。
気になる点二つ目は、当時の生徒会室と今の生徒会室が異なることだ。この会誌には生徒会名簿はついていないが、校舎の間取り図のようなものがついていた。現在の生徒会室は2階西に位置するのだが、当時の間取りを見る限り、2階西の部屋は当時2年生の教室として使われていたようだ。一方、19年前の生徒会室は当時、1階東の一番端に位置していたようだ。しかし、こんな部今の校舎にあっただろうか。そのあたりにはあまり立ち寄ることがないので、記憶が曖昧だ。ただ少なくとも今はその部屋を学生が使うようなことはない……まぁ、明日に実際にこの目で確かめれば早い話だ。
なお、生徒会誌には生徒会の変遷が載っていた。確認すると、当時の生徒会室は、2005年に校舎の1階東に増築され竣工したとの記載があった。勇太さんが生徒会長を務める直前である。その年に生徒会室が増築されたのは偶然だろうか。また増築から20年しか経ってないのに、その部屋を今では使っていないというのも不思議であった。
気は進まないが、この件を聞くにうってつけの人物がいる。それは父である。父は当時まだ理事長ではなかったようだが、当時から学校の経営にはかかわっている。旧生徒会室のことについても何かしら知っているかもしれない。
父は20時ごろに自宅へ帰って来た。食卓で、母の用意してくれたディナーを一緒に食べた。父は眉を顰めながら黙々と食事を口に運んでいた。今朝、私が授業をさぼって生徒会室に忍び込んでいたことを未だ気にしているのは明らかだった。
食後、父は自身の書斎へと入って行った。
今がチャンスと思い、緊張しながら、私は書斎へ向かい、扉をノックした。
「お父さん、ちょっといい?」
『ん? 綾雪か? いったいなんだ』
扉の向こうから聞こえる声から不機嫌なことがわかる。私は恐る恐る扉を開き中へ入った。
「お邪魔します」
父は座っていたアームチェアを回転させ、こちらを向いた。先ほどの食事の時間同様、顔はこわばっていた。
「今朝のことはごめんなさい」
父に今朝のことで小言を言われたくなかったから、私は機先を制すようにまずは謝った。
父も拍子抜けしたような顔をしている。
「まったくだよ。理事長の娘だからといってなんでもしていいわけではない。むしろ、自覚をもって、他の生徒のお手本となる行動をとってくれなきゃ困るよ。私らの関係を知っているものも少なからずいるのだから……」やはり父はぶつぶつと言った。一通り、小言を終えた後に、「でだな、どうして今朝はあんなところにいたんだ?」と父は聞いた。
「実は、勇太さんのことを調べてたの」少しためらいはあったが、私は正直に答えることにした。
「ああ、またその話か。どうして佐村くんのことが気になるんだ?」
「やっぱり私も現役のサッカー部マネージャーとして、かつてのカリスマ的OBは押さえておきたいなって。先人はリスペクトしなきゃ」
父は怪訝そうな顔をする。
「それに勇太さんてイケメンだったんでしょ? 私イケメンには目がないから」
「はぁ」父が大きなため息をつく。「お前の考えてることはよくわからん。特にどうして生徒会室を調べる必要があった?」
「だって、勇太さんて当時生徒会長もやってたんでしょ? 母さんからはサッカー部の話はいろいろ聞けたけど、生徒会での勇太さんのことも知りたくなって。アテがなかったから自分で調べてたの」
父は何かを考えている様子である。言葉を探しているようだ。しばらくして父が口をひらく、
「まったく呆れたよ。そんなことを調べて何になる。それに生徒会室を調べたところで佐村くんの情報なんて手に入ったか?」
「たしかに、あまりよくわからなかった。だって、今朝はお父さんにも邪魔されたし」
皮肉まじりで言ってやった。お父さんはさらに呆れたような顔をしている。
「でも、一つ気になることがあったの」
「気になること?」
「昔の生徒会室って今の生徒会室と違ってたんだね?」
「お前どうしてそのことを知ってるんだ?」
「今朝、生徒会室で当時の生徒会誌を見つけたの。たまたまそれを見てると気づいたの」
一冊当時の生徒会誌を拝借したことは父に黙っておく。
父はまたしばらく考え込んでいる。じっくり時間をかけてから、口を開いた。
「ああ、たしかに当時使われていた生徒会室は今使われていない」
「どうして?」率直な疑問をぶつける。
「……あれは佐村くんのために作った部屋でもあるんだ」
意外な返答に私は驚いた。
「ねぇ、どういうこと、詳しく教えてくれる?」つい私は父を急かしてしまう。
「まぁ、そう焦るな。そこまで大した話でもないが、お前が聞きたいなら教えてやる」父はゆっくりと話始めた。「当時、佐村くんらの活躍でうちのサッカー部は凄まじい人気だったんだ。だから、うちの高校を志願する学生も大勢いた。うちは私立高校だから、生徒数が増えることに越したことはない。喜んで生徒を受け入れて、多少キャパが超えるぐらい生徒を入学させてしまったんだ。学生をたくさん入れてしまったことだから、教室の数も足りなくなった。だから生徒会にしっかりした部屋を割り当てることもできなかったんだ。当時の生徒会室は、放課後の空いた教室を使って活動をしていて、不便を強いられていた。1年生のころから佐村くんはサッカー部だけでなく生徒会活動もしていた。2年生までには生徒会長になることは明らかだった。しかし、彼のおかげでうちの高校に生徒が増えたというのに、彼が生徒会長の代に生徒会室を用意できないというのは、経営者として恥ずべき事態だ。当然周りからの非難も出ることが想定された。だから、われわれは、佐村くんが生徒会長になる前に、校舎を急遽突貫工事で増築し、1階東に生徒会室を拵えたんだ。彼がうちにもたらしてくれた利益を考えると一部屋の増築ぐらい安いものであった。間も無くして、たしか2年生の後半に、生徒会選挙でほぼ全生徒の票を集めて佐村くんが生徒会長に当選した。以後、失踪するまで彼は会長を務めてくれた。われわれはなんとか彼が会長になる前に生徒会室を用意できたことに安堵した」
「で、どうしてその生徒会室は今、使われていないの?」
「あんまりこんなこと言いたくないが、佐村くんが失踪したことと少し関係があるんだ」
「え? 昨日は、はぐらかしたよね? やっぱりお父さん何か知ってるんじゃ……」
「お前の聞きたかったことは、彼がどうして失踪したか、今どこにいるかということだろ?」
「ええ、まぁ」
「正直私もその手のことはお前に言えることはない。私がここで言及するのは彼が失踪したことによる、あくまでわが校への影響の話。彼の失踪の原因ではなく結果の話だ」
「……なるほど」
「彼が失踪したことによって、うちの高校の評判にも少なからず影響したんだ。彼が失踪してから、目に見えてうちを志願する生徒数が減った。また、彼がいなくなったことでサッカー部の弱体化や入部希望者の減少も著しかった。佐村くんとサッカー部の人気でもっていた高校なのにそれが使えなくなったんだから、我が校の人気が先細りするのも当然だった。われわれも佐村くんのおかげでたくさん稼がせてもらっていたから、彼を責めるわけにはいかないのだが……でだな、しばらくして、校舎の空き部屋も次第に増えていったんだ。だから突貫工事で建てたあの生徒会室も使う必要はなくなった。プレハブで急拵えで建てたものだから、老朽化も著しい。生徒が近づくと危険だから、今は立ち入り禁止にしてあるんだ」
「へー」と興味のない感じで、私は返事をした。
「忠告しておくが、お前絶対にその教室に近づくなよ」
薄々気づいていたが、やはり釘をさされてしまった。あえて興味ないふりをしていたのに父には見透かされていたようだ。
とりあえず私は「はーい」と適当に返事をした。
「なんか、お前行きそうだな」
ギクリ。まぁその通りなのだが。
「言っておくが、本当にあの部屋は危険だ。万一お前の身に何かあったら……」
真剣な顔で父は私に訴えかける。部屋が多少老朽化しているぐらいでそこまで危険だろうか。ますますその部屋の存在が怪しく感じてきた。やっぱり調べるしかない。その部屋に勇太さん失踪に関する重大な手がかりが隠されているかもしれない。
3
翌日、真っ先に私は昨日得た一連の情報を恒松くんに伝えることを考えた。こうも早く、恒松くんと共有できるような手がかりをつかめるとは。昼休み、私は高鳴る胸をおさえて、3年2組を訪ねた。
しかし恒松くんは教室にいなかった。外で昼食をとっているのだろうか。教室にはサッカー部の同期の男子部員がいたので聞いてみた。
「ねぇ、恒松くんってどこにいるか知ってる?」
「ああ、貴広? お前が貴広訪ねるって、いったい何のようだ?」
「まぁ、いろいろあるのよ」
「え、もしかしてお前ら付き合ってんの?」
「違うわよ」顔が熱くなった。もし曖昧な返答をして、恒松くんの耳にでも入ると困るから、私ははっきりと否定した。
「そ、そっか」その男子部員はどこかうれしそうだった。もしかして私に気があるのだろうか。
「で、恒松くんはどこにいるの?」
「ああ、貴広は今日休んでるみたいだ」
胸を躍らせていたのに残念だった。しかし明日以降にまた訪ねればいい話だ。
「っそ、ありがとう」と軽く返事をした後に私は2組を後にした。
それから私は外に出て、校舎の外観を眺めた。昨日、父から詳しく聞いた1階東の旧生徒会室がどんなものかをこの目で見ておきたかったから。旧生徒会室は、父の話の通りプレハブの安い作りで、校舎の母屋から横に飛び出ていた。

普段立ち寄らないから、こんな部屋の存在など今まで気にもとめていなかった。しかし、こうやってまじまじと見るとどこか怪しい雰囲気がした。窓には全面に黒いカーテンがかけられており、外から中を覗くことはできなかった。
父には忠告されていたが関係ない。旧生徒会室は何か勇太さん失踪の手がかりが眠っている気がする。絶対忍び込んでやる。できれば恒松くんと一緒に忍び込みたかった。一昨日、部室棟に入ったときのように。
偶然、父は数日後、一週間ほど海外出張をする予定であった。海外の提携校の視察に行くようだ。その時がチャンス。
それまでには学校に来てよね、恒松くん。
4
翌日も恒松くんは学校には来なかった。風邪が長引いているのだろうか。いや、そもそも休んでいる理由は風邪なのか。もしかして、あの日、私にいかがわしい雑誌のことを問い詰められたのがそんなにショックで落ち込んでいるのだろうか。私があの日の帰り際冷たい態度をとったのが気にくわなかったのだろうか。いろんな可能性を想像して不安になった。
さすがに私が原因で、彼が学校に来なくなったというのは自分のことを買い被りすぎだ。きっと来週にはやってくる。今は待つしかない。
しかし、翌週になっても恒松くんは学校に姿をみせなかった。せっかく彼と共有したい情報があるというのに。本当にもどかしかった。噂によると恒松くんは無断で学校を休んでいるようだ。いったいどこにいるのだろう。まさか勇太さんと同じように失踪したなんていわないよね。私はますます不安になった。
私は恒松くんの友人と思われる生徒に聞き込みを行ったが、有力な情報は得られなかった。
もうすぐお父さんが海外出張に出かける時期なのに……このままじゃ旧生徒会室には私一人で忍び込まないといけない。恒松くん早く来てよ。
数日後、とうとうお父さんは出張に出かけた。私とお母さんで、成田空港まで行って、見送りをした。お父さんは飛行機に乗って、オーストラリアにある提携校に向かった。
ようやく旧生徒会室に忍び込むチャンスがやってきたといのに、結局、恒松くんは現れなかった。
仕方なく、私は一人で旧生徒会室に入ることを決意した。一緒に勇太さん失踪の謎を究明することを約束したのに……バカ。恒松くんは、ひょっとしたら、私の約束なんか忘れて、一連の件から興味がなくなってるのかな。
そう考えると自分はどうして、ここまで躍起になって、リスクを冒して真相を突き止めようとしているのかわからなくなった。しかし、今さら後戻りするのもカッコ悪いので、突き進むしかなかった。私が真相を突き止めたら、恒松くんもまた興味を取り戻してくれるかもしれない。
部活終わりの放課後、校舎の門限間際、廊下を通って1階東、旧生徒会室前に私はやってきた。あまり人が来るような場所ではない。今のうちに……と思ったが、中に入る術はない。その部屋は窓に黒いカーテンがかけられ、中の様子すら確認できなかった。ドアは施錠されていた。うちの高校は各教室にカードリーダーが備え付けられていて、各生徒は自身のIDが登録されたカードキーで解錠するのだが、この部屋にはカードキーを読み取る端末がついていない。かわりに旧式の鍵穴らしきものがついていた。
部室棟も物理キーをつかっているが、部室棟は校舎とは別の建物である。の旧生徒会室のドアは校舎で唯一の鍵穴の残っているドアといっていい。
鍵といって真っ先に思いついたのは、数日前に恒松くんが部室棟の天井裏で見つけた細長い鍵の存在だった。彼はその鍵をまだもっているだろうか。
確証はないが、彼の見つけた鍵はどうしてもこのドアの鍵のように思えてならなかった。なんとしても恒松くんを見つけ出して、一度たしかめたい。
早々に手持ち無沙汰になったので、いったん、その場から退散しようとした時に、背後で物音がした。私は『もしかして恒松くん?』と期待した。一瞬視界に人影が入ったような気がした。私は恒松くんのことを思うあまり幻覚でもみたのか。でも、たしかに今誰か私の背後にいたような。お父さんは今、海外出張中だからあり得ない。トークアプリの家族グループにだってオーストラリアの現地写真を送っていた。娘にわざわざ海外出張をでっち上げる蓋然性もない。おそらく、下校時間間際だから、日直の先生か警備員が巡回していたのだろう。それなら早くこの場所を立ち去らないと、今、捕まるのはよくない。私は足早に校舎を出て帰宅した。
数日後も恒松くんの居場所について有力な情報を得ることができなかった。私は半ば諦めていた。同時に恒松くんが本当に生きているのかすら心配になった。でも、ニュースになってないからきっと大丈夫。
お父さんが海外出張に出てから5日が経った。明後日には父が帰ってくる。それまでになんとか、旧生徒会室に入らなくては……しかし入る術がない。恒松くんの居場所さえ突き止められれば……
半ば諦めつつ私は恒松くんについて聞き込みを続けた。彼らからしたら、恒松くんについて嗅ぎ回ってる変な女と噂が立っているかもしれないが、今はそんなこと気にしていられない。
恒松くんから鍵を預かりたいという思いもあったが、何よりもまずは情報を共有したかった。そして彼の安否を知りたかった。
同級生に限らず聞き込み範囲を拡げると、一学年下のある女生徒からとうとう有力な情報を得た。彼女の下校路途中のコンビニで恒松くんらしき人がバイトしているのをみかけたとのこと。恒松くんは帰宅部だけどイケメンだから、一つ学年が下でも彼女は彼のことを認識していたのだろう。
私はすぐさまコンビニへと向かった。
5
夕方、教えられたコンビニの前にやってきた。外から中を観察した。
すると、たしかに恒松くんの姿があった。一生懸命働く彼の姿を見て、なぜか込み上げてくるものがあった。少なくとも彼が元気そうで何よりよかった。私の目はひょっとしたら充血していたかもしれない。だから、なかなかコンビニに入ることができなかった。久しぶりに会ってこんな赤い目を見せたら恥ずかしい。どんな状況でも毅然に振る舞わなければならない。昔から私にはそういった類のプライドがあった。
勇気を振り絞って、私は自動ドアをくぐった。直後、恒松くんの視線がこちらに向いた。私は恥ずかしくなって顔を背けた。急いで、レジカウンターから一番遠い飲料コーナへと向かった。何を買うかは決めてなかったので、とりあえず一番安価な500mlのミネラルウォーターを手にとった。
レジカウンターのほうで恒松くんは会計業務をしていたので、意を決して彼の列に並んだ。この待ち時間ほどもどかしいものはなかった。
そして私の番が来た。カウンター越しに恒松くんの前に立つと、私はまっすぐ恒松くんの目をみた。緊張のあまり顔はこわばっていたかもしれない。
彼も顔をあげ、私の目をみた。驚いているような怯えたような目をしていた。
私はここに急いでやって来ていたので、この場面で彼に話しかける言葉を考えていなかった。
彼も何も告げなかった。
数秒の後に、彼は目を背けた。私はとりあえず財布から取り出した千円札を渡すと、彼は横を向いたまま小銭を数え始め、そのままお釣りを渡した。
私は小銭を受け取ると、足早にコンビニを出た。
っておい! 何してんだ私。彼に会いに来たというのに、話しかけなくてどうする。
てか恒松くんも恒松くんだ。はるばるバイト先にまで訪ねて来てやったというのに挨拶もなし? 急に不安が込み上げてきた。
翌日、私は彼のバイト先にもう一度行くべきかを決めれずにいた。ここまで悩むのも私らしくない。昨日の彼の態度は私にはもう来てくれるなという意思表示だったのだろうか。そもそも私のことを認識してくれていたのだろうか。
こんだけ不安な思いになるなら、このまますべてのことから手を引きたい気持ちだった。
多分このまま、勇太さん失踪に関する一連の件や彼との約束も全部忘れて、数週間前のように漫然と生きていく方が私にとっては楽だし、幸せの期待値も高いと思う。でもそれは彼のためでも自分のためでもない気がした。
ここまで来て今更引くことはできない。
すでに日は沈んでいた。私は気付けばまた彼の働くコンビニの前へとやってきていた。
幸いにも今日も店内に彼はいた。正直、今日はいないんじゃないかと不安だった。最悪の事態は回避できた。
「よし」私は気合を入れ直し店内に入った。
「いらっしゃ……」彼は威勢のいい声で呼びかけようとしたが、私の姿を認識するや否や、その声は尻切れになった。でも、多少なりとも彼の元気な声が聞けてよかった。
彼はすぐさまレジカウンターを出て私の死角に隠れようとした。どこに隠れようが、彼は身長が高く、ガタイもよいからバレバレだった。私は思わず笑いそうになる。
私は昨日と同じように500mlのミネラルウォーターをとり、レジに並んだ。彼はいっこうにレジにやってくる気配がないので、私は意地悪く大きな声で「すみませーん」と呼びかけた。来店時の彼の威勢のいいかけ声に負けないくらいに。
しぶしぶ彼はレジにやって来た。断固としてこちらに視線を向けない。千円札を手渡すと、彼は横を向いて直立不動でキャッシュトレーに釣り銭を投げ入れた。コントかよと思わずツッコミたくなった。
私は無言のまま店を出た。手応えがあったからだ。去り際にもなんとなく彼の視線を感じた。彼の態度から察するに間違いなく私のことを意識していた。昨日は私のことに気づいてない可能性も捨てきれなかったが、今日は確信できた。意識していなければあそこまで不自然でおかしな態度はとれないだろう。
話は長くなるだろうから、いったん店を出た。単に鍵をもっているかどうかを聞くだけじゃ足りない。数週間分の埋め合わせをしてもらわなきゃ。そして、どうして学校に来なくなったのか教えてもらうまで、私は帰らない。
彼のバイト終わりを待った。
意外と早く彼はやって来た。それでも一時間は待ったが。
彼はやはり私を求めてくれていたのだろうか。
「……綾雪」
「遅いわよ」思わず本心が漏れた。私は単に一時間待ったわけではない。数週間彼のことを待ち続けていた。
「遅いも何も、何か約束していただろうか」
「約束したじゃない、例の勇太って人の失踪の謎を究明するって……あんたのバイト先にまで出向いてやってるというのに挨拶もなし?」まずは昨日と今日の彼の態度について咎めた。他にもいろいろ言いたいことがあるけど。
「ああ、君よくそんなこと覚えてるね」
「はぁ? あんた最低ね。まさか、あの時、ほんとうにエロ本のことしか頭になかったの?」とことん彼の返答が気に入らなかったので、とことん皮肉を言ってやった。
彼は無視を決め込んでいた。
「で、なんで学校に来ないわけ? やっぱり、あのエロ本を私にみられたのがショックで学校にいきたくなくなったの?」
「ちがう」彼は大きな声で叫んだ。
私も少し動揺しそうになる。
「ごめん……ちょっと色々あって学校には行きたくないんだ」
「そ」しかし、私が動揺してはいけない。彼に動揺をみせないことが今日一番重要な仕事だとも思っていた。「ところでだけど、あなた例の部室棟で見つけた鍵、まだ持ってない?」
私は彼の情緒に不安を覚え、早く本題を切り出した。
「鍵?」
「ほら、あんたが天井裏で見つけた細長い鍵……」
「いや、わかるけど。どうして?」
「実はあれの使い道わかったかもしれないの」
私は、脇に抱えていた校舎の図面を取り出し、彼に見せた。
「ここに今使われていない部屋があって、旧生徒会室だったみたいなの。勇太って人、生徒会長だったんでしょ? ちょうどその頃に使われていた部屋なの。もしかしたらこの部屋の鍵が、天井裏で見つけた鍵かもって……」
手早く説明するも、どこか彼は上の空だった。さっきまでは少し余裕こいていたが、少しずつ私も焦ってくる。
「で、あんたその鍵まだ持ってるの?」
「奇遇だ。ちょうど今この鍵を持っていた。君にくれてやる」
え、なんで持ってるの? 私は少しだけ期待した。
だけど、彼はここで鍵を捨てるつもりだったと言った。そして、私に告げた。
「それをあげるから、もうここに来るのをやめてくれないか? これで手切れだ」
私は彼から鍵を受け取った。たしかにあの時に部室棟の天井裏で見た妙に細長い鍵。ここ数日間ずっと私が欲していたもの。
でも、何が手切れだ。嬉しさより圧倒的にイライラが勝っていた。正直ブチギレそうだった。必死で感情を抑えようとした。
「何よ、わざわざあんたの顔を見に、足を運んであげたってのに」
それでも完全には抑えきれなかった。
「俺が君に来てくれって頼んだか。いい迷惑だよ」
「……」私はしばらく言葉を失った。同時に思考も数秒間停止していた。「そうね」しばらくして思考が追いついた時、感情は怒りを通り越して悲しみにかわっていた。彼が一連の件や私に関して未練があるというのは私の思い上がりで、本当にすべてから興味がなくなってしまったのだろうか。そうとも考えなければ、仮にもこの前一緒に濃密な時間を過ごした相手にここまで失礼なことは言わない。
私は動揺だけは彼に見せまいと思っていたが、もはやそれも難しかった。
「ねぇ、一つだけ教えてくれないかしら」
でもこれだけは最後に聞いておきたい。
「どうして学校に来なくなったの? まだあなたからその理由を聞けてない……私、あんたに悪いことしたかなって思うじゃない」私は彼の前で強気でいるつもりだったのに、その時ばかりは本音が漏れた。
彼は目線を逸らして、少し考えてから口を開く、「実は……一連の件、勇太さん失踪の件なんだが……俺の母親がかかわっているかもしれないんだ」
意外な答えだった。ここで彼の母が出てくるとは。
「……あなたのお母さんがかかわっている?」
「ああ、前も言ったけど、俺の母さんは昔交通事故で亡くなったんだ。君と別れた後にいろいろ調べたらわかったのだが、俺の母さん、学生時代は生徒会に入っていたんだ。君の母さんが言っていた勇太さんのことをつけてた女っていうのは、俺の母かもしれない」
私はそのような可能性に考えが至っていなかった。自分自身を恥じた。数週間、彼は私の理解の超えるところで、独りで、人知れず葛藤していたのだろう。私は彼に返す言葉も見つからなかった。
彼は話を続けてくれたので、私は黙って耳を傾けた。
「別に俺の母さんが勇太さんを本当にストーカーをしていたという確証はないんだ。だけど、今まで俺が得た情報からは、どうしても……母さんが勇太さんのことをストーカーしていたとしか思えないんだ。これ以上調べると、俺母さんが犯罪者という真実に辿り着く気がして……しかも、母さんがもしかしたら勇太さんを……」
彼は必死に次の言葉を発しようとしていた。
「それ以上はいいわ……」彼の話を最後まで聞くつもりだったが、このまま彼を放置するのは酷だと思って私は彼を止めた。「たしかに自分の親を疑うってことはとてもつらいことだと思うわ。きっと当事者にしかわからないつらさがあると思う」
「……綾雪」彼は泣きそうだった。
本音を言うと私も泣きたかった。だけど涙を共有するのが私の仕事ではない気がしたし、根源的な部分では彼もそれを求めていないはず。彼のためなら悪者にだってなる覚悟はあった。苦しかったけど、次の言葉を振り絞った。
「でも、いつまでもそうやってウジウジしないで。特に私の前で」
「え……」怒ったような軽蔑したような視線で彼はこちらを見てきた。しかし泣き顔よりかはいくらかマシだった。
私は彼にいいたいことを言った。それから学校だけにはくるよう忠告した。明日、こんだけ言って彼が学校に来なければおそらく彼との関係は本当に最後だから……だから、最後は彼に優しい笑顔をプレゼントした。彼が手切れとして鍵を渡したように。私にとってもこれは手切れの儀式だった。
鍵を握りしめた。
「それを持ってどうすんだよ?」
「秘密。だってあんたにはもう関係ないんでしょ?」
「……ああ、そうだ。そうだったな。それは君にあげたものだ。好きに使ってくれ。もうそれは俺には関係ない。そして君との関係も今日限りかな」
「ええ、せいせいするわ」
「悪いけど俺、バイト中だからいつまでも君の相手をしてられないんだ。俺は戻るから」
私は彼の言葉を聞き終わる前に、その場を去った。
次話(8話)
