見出し画像

部室棟の天井裏には死体がある⑧拷問と贖罪|オーディオミステリー|#創作大賞2025

前話 【 話一覧 】 次話⇒ 

この辺りから物語は佳境を迎えます。

第八話 拷問と贖罪
 
  1
 
 結局、翌日も恒松くんは学校に姿を見せなかった。彼が学校にやってくるのではと少しでも期待した自分が恥ずかしかった。あそこまで言って来ないのであれば、今後も彼は学校に来ることはないだろう。それでも下校時刻まで彼を待った自分を褒めてやりたい。
 校舎の門限間近に彼のことを諦め、私は、ひとけの少ない3階の女子トイレに入った。そこで隠れ、一人夜が深けるのを待っていた。
 本音をいうと無責任なことをいった自覚はあった。彼が心の中でどれほど傷ついているかはわからないのに、昨日は上から目線で好き勝手言ってしまった。ただ、あのまま放っておくと彼がどんどん腐っていく気がした。本当に自分勝手だけど、間違ってはなかったと思う。後悔はしていない。
 どこか私には、彼の母親が彼の言うような悪人のはずがないという直感があったから昨日は強気になれた。ただ、彼の母に直接会ったこともないのに、あなたの母は無実だなんて、さすがにそこまで、無責任なことは言えなかった。
 だが、これから事実をたしかめればいい。勇太さん失踪の真相に私は迫る。彼の母の無実を私が証明してみせる。これは彼のためではない。私自身にケジメをつけたいのだ。
 
 深夜近くまで私は、女子トイレで待っていた。この時間にはもう警備員が見回りに来ることはない。
 女子トイレから出て、1階東へと向かった。
 普段は慣れ親しんだ校舎も、この時間に歩くと、まるで異世界にでもいるような気分だった。
 私は旧生徒会室の前に立った。右手には昨日彼から受け取った鍵。その手は小刻みに震えていた。こんな時間に誰かがいるわけもないけど、学舎で悪事を犯す背徳感はあった。
 天井裏に忍び込んだ時は二人だったので、そこまで緊張しなかったが、一人というのはここまで心細いものなのか。
 脚も震えていた。体勢を安定させるため、しゃがんで、鍵穴に目線を合わせた。
 手に持っているこの鍵がこの部屋の鍵という確証はない。私は、この鍵がダメなら、ドアの窓をかち割ってでも忍び込む覚悟があった。
 ゆっくりと鍵穴にこの金属片を挿入した。
 鍵はまっすぐと穴に吸い込まれた。
 震える右手を、震える左手で抑えながら、私は恐る恐る反時計回りに鍵を回転させた。
 ガチャ
 開いた。
 体の震えが一段増す。
 しゃがみ姿勢を解いて、立ちあがろうとするが、なかなか脚に力が入らない。
 本当にこの部屋の鍵だったとは。私はこの鍵はこの部屋のものと漠然と思っていたが、それは論理的に導かれた推論というより、願望であった。この部屋の鍵に違いないと信じ込んでいたにすぎない。しかし、願望は現実となってしまった。
 天井裏でたまたま見つけた鍵がこの部屋のものという事実がとてつもなく気味悪く感じた。あれだけ、この部屋に入りたいと思っていたはずなのに、今になってためらう自分がいる。
 必死で中に入らなくていい口実を拵えようとするが、思いつかない。
 今は父親が来て、私を止めてほしい気分であった。
 しかし、今更引き返すことはできない。
 私はドアをゆっくりと横にスライドさせた。
 中は暗かった。
 窓には全面に黒いカーテンがかけられているため、外のあかりは入ってこない。
 私は震える手で胸ポケットからスマホを取り出し、ライト機能をオンにした。
 恐る恐るあたりを照らした。
 一見、この部屋には何も置いていなかった。まるで、部室棟の天井裏と同じように。
 思い込みとは怖いものである。私はここに勇太さん失踪の手がかりがあると盲信していた。天井裏で見つけた鍵がこの部屋のものだったわけだから、なおさら。
 だけど、私の勘は、部室棟でみつけた鍵がこの部屋の鍵というところまでだったか。この部屋には何もないのだから。
 私はこの部屋をすでに出たいと思っていた。
 その時——
『ウイーン』
 ん?
『ジー』
 今何か機械音のようなものが聞こえた気がする。
 私はよく耳を澄ませる。
『ジー』
 微かに音がする。
 音の先に意識を集中させ、私はその方向にスマホのライトを当てた。音の元は天井の角からであった。何か黒い物体がある。暗闇の中に溶け込んでいたため私は気づいていなかった。近づいて、私は、よく観察した。
「きゃっ」
 冷や汗が出た。私は怖くなって咄嗟に走った。部屋から出ようとするが足がもつれる。部屋の壁にぶつかる。体勢を立て直し、必死に手探りでドアの位置を探す。
 なんとか入口が見つかり、廊下に出ることができた。間違いない。あれはビデオカメラだった。
 私は走った。旧生徒会室のドアを閉めることすらしていない。だけど、今すぐこの校舎から出たかった。
 全力で走り、廊下の中腹あたりでブレーキをかけ、窓のアルミサッシに手をかけた。手が震えて、窓を開けることができない。
 その時——
 背後から肩を掴まれた。
 誰?
 私はそのまま校舎側に体を引っ張られ、廊下に体を叩きつけられた。
 心の中で謝った。今までの自分の行いを悔いた。
 警備員だろうか。
 その人物は私に馬乗りになった。
 暗くて顔がよくわからない。
 顎に強い衝撃を感じた。
 今殴られたのだろうか。
 人生で初めて、誰かに殴打されたのだが、こんなものか。これぐらいの痛みなら耐えれるかもしれない。
 その人物はもう一度私をブった。痛い。やっぱり痛い。早速私は先ほどの強がりを撤回した。
「吐け」
 その人物は怒声をあげた。声から男というのがわかる。
「吐くまで俺はお前を殴り続ける」
 ようやく少しずつ思考が追いついてくる。少なくとも彼は警備員ではなさそうだ。警備員がこんな理不尽なまでの暴力を振るうわけがない。
「吐け」
 何を言っているのかがわからない。いったい何を答えれば彼は許してくれるのだろうか。相手の行動原理がわからないから、相手のなすがまま。
 その瞬間、不意に今までに感じたことのない恐怖が湧き上がってくる。今まで私のプライドが恐怖をマスクしていたが、プライドは逃げていった。命の危機を感じたから私の脳は虚栄を解いた。全身が震え上がった。先ほど旧生徒会室に入る前に感じていた震えとは根本的に違う。死を目の前にして、少しでも体が助かる確率を上げようと必死で悲鳴をあげている。
 廊下には外の街灯の光がかすかに差し込んで、男の顔をわずかに照らしていた。彼は目出し帽をかぶっていた。目だけが見えるが、大きくギョロっとしていた。言いようのない嫌悪感を感じた。
「どうしてあの部屋に入った?」
 どうして。たしかにどうしてだろう。私はなんで、あの部屋に入ったのかもわからなくなっていた。誰もあの部屋に入れなんて言ってなかった。私が勝手に、私が思い上がって、あの部屋に入ったのだ。
 父は忠告した。私のことを思って危険だと忠告してくれた。母もこの件には深追いするなと言った。私はそれを無視して、行動を起こした。だからこれは報いだ。
「吐け」
 男はもう一度私を強く殴った。一瞬、意識が飛びそうになる。勇太さん失踪の謎が旧生徒会室にあると思ったからと正直に答えればいいのか。その解答が正解なのかはわからない。逆上して、殺される可能性を高くするかもしれない。
「助けて……」
 男は沈黙する。
「助けて……お願い」私は無様なまでに命乞いすることしかできなかった。すでに私の意識は遠のき始めていた。体の震えも止まっていた。私の体はすでに諦念し、殺されるのを受け入れ始めていた。頭が回らない。
 今までありがとう。お父さん、お母さん——
 薄れゆく意識の中、遠くで音が聞こえる。
 体が少し軽くなった気がする。
「あ……き、あやゆき」
 誰かが必死で私の名前を呼んでいる気がする。私は天国に導かれているのだろうか。
 
  2
 
 目覚めたら、まず白い天井が目に入り、白いベッドの上に寝ていることに気づいた。ベッドの周りにはカーテンが引かれていた。カーテンの隙間から微かに太陽の光が見えた。
 ベッドの横では父と母が心配そうな顔で私を見つめていた。
 父は私が目覚めたことに気づき、「綾雪……」と泣きそうな顔で言った。
 父は出張から帰ってきたのか。つまり日が明けたということだ。
 隣の母も目に涙を溜めていた。
 身体中痛いが、頑張って体を起こそうとする。
「いい、綾雪無理をするな」父は私を制止した。
 私はお父さんにもお母さんにも言わなければならないことがあった。
「ごめんなさい。私みんなに迷惑をかけて」
「いいんだ。今は気にする必要はない。ゆっくり休みなさい」と父は優しく言う。
 私はその言葉に涙を抑えることはできなかった。
 昨日の記憶は少し残っていた。忍び込んだ校舎で何者かに襲われ、何度も殴られた。私はそこで気を失いかけた。それから誰かが助けてくれて……しかし記憶が曖昧だ。誰が私を助けてくれたのか。救急車で運ばれてるときは微かに意識があったが、その後、気づけばベッドの上にいた。ここ数日の疲れもあって私は長い眠りについていたようだ。
 昨日は一瞬死を覚悟した。自分自身がわるいのだから、死を受け入れようともしていた。生きててよかった。今は心の底からそう思った。またお父さんやお母さんに会えてよかった。
「ねぇ、私を助けてくれたのは誰?」
 一番気になることを正直に聞いてみた。
「貴広くんよ」母が嬉しそうに答えてくれた。
「やっぱり貴広くんが助けてくれたんだ」
 私も嬉しかった。あの日、コンビニで彼に必死で呼びかけたのは、きっと無駄ではなかった。私は安堵した。そして、また眠りについた。

次話(9話)


いいなと思ったら応援しよう!