部室棟の天井裏には死体がある(完)エピローグ|オーディオミステリー|#創作大賞2025

エピローグ
事件から約1ヵ月後、ようやく平穏な日常を取り戻しつつあった。俺は寺島祐綾にナイフを突き立てられたことにより、喉に小さな裂傷ができ、傷口から微量の毒が入り、しばらくは軽い中毒症状を呈していたが、今はいずれも回復した。後遺症もない。
今日は休日だった。俺は早朝に里崎の墓前で手を合わせた後に、昼前には恒松家の墓へやってきた。ここには広樹と未貴の骨が眠る。
里崎は旧生徒会室の外から、寺島祐綾にコンパウンドボウで心臓を射抜かれ、失血死で絶命した。
広樹はナイフを体で受け止めたことにより、刃先に塗布されていたアコニチンが体内に循環し、心臓麻痺でこの世を去った。
里崎も広樹も俺が不用意に事件に巻き込んでしまった。俺が無謀な計画を立てなければ、運命はかわっていたかもしれない。俺は彼らの魂を一生かけて弔って行きたい。同時に彼らが繋いでくれた俺の人生を大切に生きたい。結局、現世とはこの世に生きるものたちの世界だ。傲慢かもしれないが、現世に残ったものは何らかの理由をつけて、前にすすまなければならない。その理由は自分で解釈し作る他ない。反省は必要であるが、過去にとらわれ続けることとは違う。彼らの命を無駄にはせず俺は前にすすむことを決めた。それが彼らの弔いだと今は考えている。
旧生徒会室にあった遺骨は、ミトコンドリアDNA型の類似性より俺の母未貴のものと断定された。死因は特定できてないが、おそらく天井裏での寺島祐綾の証言は事実なのだろう。一人つらい経験をし、何年も寂しい思いをしましたね、母さん。このような形での再会でしたが、俺はあなたにやっと会うことが出きました。俺を産んでくれて、生きながらえさせてくれてありがとう。
河合武志は1ヵ月前の事件の幇助の容疑で逮捕され、共同正犯の可能性も視野に入れ捜査を進められている。また河合武志は19年前、16年前にそれぞれ佐村勇太、岩倉未貴を妻の祐綾が殺害したと証言し、自身の関与も認めている。しかし、彼は勇太の遺骨の在処は知らないと証言しているという。天井裏での祐綾の口ぶりからすると、おそらく夫の武志は本当に勇太の居場所を知らないのだろう。
当の祐綾はもうこの世にはいない。旧生徒会室の天井裏で彼女は自決した。機動隊が天井裏に駆けつけ、取り囲まれた直後、広樹の体からナイフを抜き取り、自身の心臓を貫いたという。
したがって勇太の遺骨の在処を知るものは今この世にいない。勇太の遺骨を見つけ出すのはより困難になった。ただ、俺は焦ってはいない。いつか彼を見つけ出せればいいと思っていた。焦らずとも彼は見守って、自分のそばにいる気がした。これは俺の直感なのだが。
「勇太はじきに見つかると思います」俺は広樹と未貴の眠る墓の前で、手を合わせ小さくつぶやいた。
俺が墓を立ち去ろうとしたとき、隣に若い女性がやってきて、俺と同じように墓前に向かって手を合わせた。30秒ほど手を合わせた後に彼女は立ち上がり、俺のほうに向いた。今日はセーラー服ではなく、黒のワンピースに身を包み、裾は晩夏の風に誘われるように優しく揺れていた。一方で視線はいつもの彼女らしく凛としていた。
——1ヵ月前の事件の直後、俺と綾雪は、それぞれの親が運び込まれた病院へとかけつけ、両者とも訃報を知らされた。俺はそこで初めて彼女が涙を流す姿を見た。祐綾は、俺にとっては大切な人をことごとくうばった殺人鬼であるが、綾雪にとってはたった一人の母親であることにはかわりなかった。祐綾は、俺にとっては大切な人をことごとくうばった殺人鬼であるが、綾雪にとってはたった一人の母親であることにはかわりなかった。祐綾は綾雪のことを舞台装置と形容したが、実際はそこまで関係を割り切ることはむずかしいだろう。ましてや一人の血のつながった娘なのだから。祐綾は娘に対し、真の愛情も注いでいたと信じたい。事実その愛情を受け取っていたから綾雪が涙を流しているのだと俺は思った。
目の前で涙を流す綾雪は俺に対して、謝罪の言葉を述べた。「私のお母さんがあなたの大切な人を奪ってごめんなさい」と。俺は、彼女が気負いすぎていると思った。自身もつらい中、俺に対してこのような言葉をかけているのだ。彼女の母の犯した罪は彼女の知らないところで計画・実行された。彼女が謝る筋などないのだ。また誰よりも苦しくて複雑な心境の中、自身の両親を追い込む俺の計画に彼女は協力してくれた。最後には命懸けで、天井裏に来て、母を見捨て、俺を助け出してくれた。俺は、彼女のことをずっと強い人間だと思っていたのだが、心の中では強い心労とプレッシャーがかかっていたことにやっと気づいた。
今にも倒れそうな綾雪の肩を俺は軽く抱きしめ、告げた。「俺のほうこそわるかった。綾雪にたくさんのことを負わせてしまって。今はゆっくり休もう」——
それから俺も綾雪も1ヵ月間しっかり休めたようだ。部室棟で初めて声をかけてきたときのように、今の彼女からは強い生気を感じることができた。彼女に対して俺から心配するようなことはもうないだろう。
「なぁ綾雪、腹減らないか? よかったら飯行くか」
もう昼飯時だった。
「どうしよっかなー」綾雪は不敵な笑みを浮かべた。
「いや、別に行きたくなければ断ってくれても」
「うそうそ、私も行きたいと思ってた」
「ここから歩いて行けるところでもいいか?」
「うん、どこでも」
俺らは近くにあった定食屋に入った。店先にサンプルとして置かれていた豆腐ハンバーグ定食を頼もうとしたら、先に綾雪がそれを頼んだ。気まずく思ったが、俺も「もう一つ」と頼んだ。同じものを頼んではいけないなんてルールはない。
すぐに定食は運ばれてきて、俺らはすぐさま手をつけた。期待通りの味で、俺らはあっという間に完食した。
「この後どうする?」
店の軒先で綾雪が聞いた。
「いや、特に決めてなかった」
てか、綾雪はこの後も俺と行動するつもりだったのか。こういうときの手札をたくさん持ち合わせているわけでないので、彼女を行きつけのゲーセンに誘った。彼女は嫌がる素振りも見せずついてきてくれた。俺らはそこでしばらく時間を潰し、飽きたら、近くのショッピングモールに行った。1階から順番に歩いて店を見て回った。ただ、何かを買うというわけではない。気になったものを手にとっては、お互いに見せ合って笑った。2階には大型の書店があったので、中に入り、受験参考書コーナーで立ち止まった。
「貴広は受験するの?」
「綾雪には言ってなかったな。一応しようと思っている」
「そ、そうなんだ。それなら一緒に頑張ろ」綾雪ははにかんでいた。
「おう、約束だ」俺は力強く返した。
漠然とだが、俺は将来、教師になりたいと思っていた。なんとなくそれが性に合っている気がした。奨学金を利用すれば、自分で学費も工面できる計算であった。
俺らはその後、フードコートで夕飯を済ませ、ショッピングモールを出た。外は日が沈んでおり、薄暗い夜道を肩を並べて歩いた。今はそれぞれ父方の祖父母の家に引き取られたため、それぞれの行き先へ向かっていた。
岐路に立ったところで、綾雪は告げた。
「ねぇ、行きたい場所があるの」
俺はドキッとした。
「どこ?」
「天井裏。部室棟の天井裏」
想像もしていない答えだった。だけど俺は二つ返事で快諾した。
俺らは、学校の見慣れたフェンスにやってきて、慣れた足取りでフェンスに上り、敷地内に入り、部室棟まで来た。いつものように、サッカー部の部室には一つ鍵のかかっていない窓があったので、俺らは部室棟の中に入り、共通廊下を通り、野球部の部室へとやってきた。これまた手慣れた手つきで、俺らは例の入口を開け、天井裏へと忍び込んだ。
漆黒の闇の中、俺らは、肩を並べて壁に背をつけ、座り込んだ。やはりここは落ち着く。
「ここももうすぐ入れなくなるみたい」
「ああ、俺らももうすぐ卒業だからな」
「そういう意味じゃない」
「え?」
「部室棟にも警察が調べに入るんだって。勇太さんの遺体を探すためイチ高の校舎や私の自宅をくまなく調べたみたいなんだけど、結局見つからなかったらしい。だからこれからグラウンドや部室棟も含め学校全体に大規模な捜査が入るって」
「そういうことだったか。じゃあここに入れるのも最後かもしれないな」
「うん。勇太さん見つかるといいね」
「きっと見つかるさ」
「根拠は?」
「俺の直感」
「何それ」綾雪は可笑しそうだった。
「笑うなよ。馬鹿らしくきこえるかもしれないが、俺は大真面目なんだ。本当に今は勇太さんがすぐそばにいる気がするんだ」
少し時間をおいて「信じる」と綾雪が言った。

部室棟の天井裏には死体がある 完
最後に作者Hachi Eitoから、少しだけお礼を。

