部室棟の天井裏には死体がある①父の話|オーディオミステリー|#創作大賞2025
あらすじ
今から19年前。世界がドイツW杯で熱狂した年。玉田のブラジル戦での先制弾に、みんなが夢を見た夏。勇太は失踪した。

勇太はサッカー部のキャプテンで生徒会長であった。人気絶頂の中にいた彼が、いったいなぜ。当時、町は騒然となり、大規模な捜索活動も行われた。しかし、結局、勇太はみつからなかった。
人気者だった彼も、時間とともに、みんなの記憶から薄れていった。今は2025年夏。もはや勇太の話をする者など、ほとんどいない。
だが、俺の父だけは、目を輝かせて、いまだに勇太の話をするのであった。ある日、父が告げた。
「サッカー部の部室の天井裏には、勇太の死体があるかもしれない」と。
なわけあるか! 今も部室は使われているんだ。調べなくともわかる。死体があるわけがない。ぜったい、ぜったい、ぜーったい、天井裏なんて、調べないからな。ぜったいに、100パーセント!
………………翌日、俺は、天井裏を調べるのであった。
まさか、
天井裏から、あんな“トンデモナイ”ものが見つかるとは……
そして、俺も勇太と同じ運命をたどっているとは……




以下、第一話

第一話 父の話
部室棟の1階と2階の間には人が入れるほどの狭い空間があって、そこには死体がある。これは父が俺にあてた話だ。まさかこの話の先に、あの凄惨な結末が待っているとは、この時の俺は知るよしもない。
1
放課後、たいてい俺はコンビニで3時間程度バイトをし、夕方に帰宅する。いつもリビングで晩酌をしている父が出迎えるのであった。
「今日もバイトか?」
「ああ、今日は疲れた」
「お前も学生ならバイトより部活に入ればどうだ?」
「いいだろ、俺の勝手で」
「なー、金に困ってるなら、いつでも言ってくれ、もう少し小遣い増やそうか?」
「いらない。俺はむしろ今以上、親父の面倒になりたくないんだ」
「ふん、可愛げのない息子」
「俺ももう高校生なんだ。しかも男だ。可愛げなんていらねー。それより親父、今日は一段と酒くせーな」
「わるい、飲みすぎた」
これはまずい。嫌な予感がする。酔った父は、決まって過去の自慢話や武勇伝を語り始めるのである。
「なぁ、俺の学生時代の話、聞かせてやろうか」
また始まった。この手の話になると俺は適当に相槌を打ち、聞き流すのであった。
「俺が学生のころは——」
返事を待たずして父は語り出す。
「毎日部活に明け暮れて——」
父の昔話はいつも、学生時代に所属していたサッカー部の話から始まる。そして、決まって一人の同期の名前があがる。
「それで勇太の話だが——」
佐村勇太。かつての父の親友である。イケメンで、サッカー部のキャプテンで生徒会長。当然の如くモテて、校内を歩けば常に黄色い歓声が湧いたとか。彼と少し声をかわしただけで勉強が手につかなくなり廃人と化した女子もいたとか。さらに、近隣他校の生徒に「イケメンと思う学生は?」と尋ねると、同校の生徒をさしおいて、まず勇太の名前が挙がったとか。
「——でさー、あいつがもし江戸時代に生まれてりゃ、多分徳川将軍よりモテたぞ」
俺が聞き流している間も父はずっと勇太の話をしていた。
「でも、勇太さえいなければ、俺が学校一モテたんだけどな」
「それ何回も聞いたよ。いい歳したおっさんが、タラレバ言ってて恥ずかしくないか?」
「は? 同級生で勇太の次に告白された数が多いのは俺だぞ」
「いやいや、どうやって調べるんだよ。同級生全員に告白された数でも聞き回ったのかよ」
「いや、俺の直感だ」
「正確な数値じゃないので無効だよ!」と俺がたしなめると、父は「ちぇー」と、すねてしまった。
とはいえ、たしかに親父はモテていたのだろう。なんせ、俺の母を射止めたのだから。父と母は学生結婚で、高校卒業後すぐに俺が生まれたとか。どう考えても母が高校生のときから俺は腹の中にいたことになるが。
ところで、俺は母親のことをあまり知らない。俺の母親に対する記憶は、遺影とアルバムの中の写真がすべてだった。俺が物心つく前に母は他界したからだ。ただ、写真を見るだけでも母は美人とわかった。
「——勇太はイケメンで、サッカー部で、生徒会長。あらためて考えても反則なスペックだよな」
俺が母に思いを馳せる間も父は勇太さんの話を続けていた。
「親父もサッカー部だろ」
「いやいや考えてみろ。部内では常に隣に、キャプテンでイケメンの勇太がいたんだぞ。俺のサッカー部というスペックがむしろ台無しだったよ。あいつと比較され続けたせいで学生時代の俺の魅力は常に三割引き。そんな中、当時の俺、よく頑張ったよ」
「はいはい。よく頑張りましたねー」
俺がテキトーに褒めてやると、「くぅーん」と親父が仔犬のような声を漏らした。
「でも実際、勇太さんが近くにいながら母さんと付き合えたのは凄いよ」
俺は父に本音をぶつけてみた。
「……」父が押し黙る。そして数秒の時間をおいて一言、「そ、そうだな」
「なんだよ今の間、そこは素直に誇れよ」
いつもは調子のいい父だけど、今のように急に黙ることがある。こっちのテンポが狂う。何か父の気に触ることでも言っただろうか……
「ガハハハ、そうだ。俺は凄いんだ! だからお前ももっと俺を尊敬していいぞ。お前も立派な父を持ってよかったな」
ただ、父は機嫌が戻るのも早い。俺の心配はいつも杞憂に終わる。
「ところで、そこまでいうなら俺も勇太さんの顔を一度はみてみたいな。どれぐらいイケメンなのか」
親子とはいえ、ずっと聞き流しているのもわるいので、こちらからも勇太さんの話を振ってみる。
「んん! ついにお前も勇太のことが気になるか」
入れ食いである。
「なんつーか、そんだけモテてたっていうなら気になるよ」
自宅にある父の学生時代の写真になぜか勇太さんと写るものはほとんどなかった。てか、本当に勇太さんと父は親友だったのだろうか、父の一方的な思いだったのではなかろうか。だとしたら、息子として恥ずかしいどころの騒ぎじゃないのだが。
「どれだけ男前か、しいていうなら、お前ぐらいかな」父が照れくさそうに告げた。
「は?」
「鏡見ろ、お前も、いい男だぞ!」
「キモ。いい歳したおっさんが息子に向かっていうことか」
父からそんなことを言われると本当に寒気がする。おかげで親子だと言うのに、しばし気まずい沈黙が生じる。
「……ひどい。ショック」
おっさんと言われたことで父はよほど落ち込んでいるようだが、おっさんなのは間違い無いだろ。そんなことで落ち込むな。
父は、手に持っていた生ビールのロング缶を一気飲みした後に、少し元気を取り戻して、次の言葉を告げた。
「お前、勇太に会いたいのか?」
「なんだよ、あらたまって。まぁ、どちらかと言えば会ってはみたいよ」
「残念だが、貴広。俺らは、もう会えないんだ。勇太には」
「え?」
以前の親父の話によると、勇太さんは高校3年生の夏に突然失踪したそうだ。彼はいったい今はどこにいるのだろう。だけど、
「いやいや、勇太さんが生きてさえいれば、会える可能性はゼロじゃないだろ?」
「いや、あいつは多分、死んでるから」
父親から勇太の話を聞くことは数えきれないほどであった。それはもう毎朝の天気予報より頻繁に聞いたと思う。勇太さんは長年失踪しているのだから、俺もそれとなく勇太さんがすでに亡くなっているというシナリオも想像していた。しかし、父の口から勇太の死について直接言及されたのはそれが初めてだったので、正直驚いた。
「根拠でもあるのか? 勇太さんが誰かに襲われるところを目撃したとか?」
「見てもないし、物証もない。奴は本当に突然、俺らの前から姿を消した。根拠は」父は少し溜めをつくる。「しいていうなら俺の直感だ」
「それは根拠といえるのか……そもそも勇太さんが仮に死んでいるとしたら、20年近く遺体が見つかっていないってことだよな。そんなことあるか?」
「逆だよ。体の穴という穴からオウラを発散させてるような奴が20年近く誰にも見つからずに生きていけるかよ」
「だから勇太さんはもう死んでると?」
「ああ」
「じゃあ、その遺体は今どこにあるっていうんだ?」
「棚岡第一高校だ」父は俺の目を見て言った。
「イチ高……」直後に俺の口から発することができたのは、その一言だけだった。
私立棚岡第一高校、通称イチ高。父の母校であり、俺が今まさに通っている高校だ。
「なわけ。イチ高に遺体があるとしたら、もうとっくに、誰かに見つかっているはずだ。誰の目にも触れられない場所なんてイチ高にあるか」
「ある。サッカー部の部室だ」
「サッカー部? いやいや、部室は今でも使われてるんだ。死体が置かれていてたまるか」
「わるい、語弊があった。正確にはサッカー部の部室の上だ」
「上?」
「当時、部室棟の1階と2階の間に狭いスペースがあって、俺らの部室からその空間に入ることができたんだ。ほとんどの人が知らないが。てか、俺と勇太しか知らねー、多分」
「そこに勇太さんが眠っていると?」
「ああ恐らく」と言い、父は回想を始めた。
2
昔、勇太と俺は、ジャンプで部室の天井をタッチできるかって遊びをよくしてたんだ。意外と天井が高くて、ほとんどの人が触れるのもむずかしいほどだったんだけど、ジャンプ力に自信のあった俺らなら、なんとか手が届いた。
ある日、部室で勇太と二人っきりになったとき、俺らはいつものようにジャンプ合戦を始めた。俺と勇太も互いに競うようにやってたから、二人とも、その時点でけっこージャンプ力がついてたんだ。
あの日は、勇太が壁際のほうに立ってたっけ。そこで思い切りジャンプしたら、余裕で天井に手が届いてしまって、天井の板を押し上げた。そのまま一枚板が外れて60cm四方ぐらいの穴が開いたんだ。
『みつかったらやべーから早く元に戻そうぜ、勇太』
『それより、この穴、中に入れるぞ』
『だからどうしたっていうんだよ』
『ちょっと入ってみよう』
『バカ、何いってんだ』
『お前は男らしくないな』
俺の制止も虚しく、やつはそのままジャンプして、穴のヘリを掴んで懸垂し、天井裏の空間に体を滑り込ませていった。
『おい、広樹。お前も早くこいよ』
穴の内側から覗くようにして勇太が呼びかけた。
『たく』若干ジャンプ力の劣っていた俺は、何度かトライしたすえ穴のヘリに手が届き、かろうじて天井裏に入ることができた。天井裏は狭くて少しカビ臭かった。だけど不思議と居心地がよかった。それは、当時、何かと注目の浴びてた俺らにとって、誰の目にも触れられない隔絶された世界だったからだと思う。
『なぁ、ここを俺らの秘密基地にしよう』
『何言ってんだよ、いい歳してそんなこと言って恥ずかしくないか?』
『お前こそ何言ってんだ、ジジ臭い』
『ジジ臭い? お前にそれ言われると、なんかショック』
『わりぃ』
『なぁ、早く出ようぜ』
『俺はお前が天邪鬼なヤツってこと、よーく知ってんだ。お前、けっこー、ここ気に入ってるだろ?』
『そ、それは……』
あいつは俺のことはなんでもお見通しだった。ちょうどその時ぐらいから、俺はあいつに隠し事することをやめたっけ。以後も二人でよくあのスペースに入っていろんなことを語り合った。
あの空間は本当に俺らだけの秘密基地だった。天井の板は元の位置に戻すことができて、秘密の入口が存在するなんてパッと見誰の目からもわからなかった。しかも俺たちは穴の下に地区大会のトロフィーやメダルを飾る用のラックを置いた。他のやつらに天井の外れる板に触れられないように。俺らはいつもラックを少しずらしてジャンプしてその空間に入ってた。
そこは、誰からも邪魔をされない俺と勇太だけが知る特別な空間だったんだ。
父の回想に一区切りついたようだ。俺はいつも父の昔話は軽く聞き流すが、今の話は聞き入ってしまった。
「そういやアイツ、そこにエロ雑誌とか持ち込んでたな」
「エロ雑誌て、なんか時代を感じるな。てか勇太さんもそういうの見るんだな」
「意外だろ。アイツも人の子なんだって逆に好感が持てたわ。アイツ、俺の何十倍も周りから関心を持たれてたし、生徒会もやってて多忙だったから、あの場所でしか、そういうの見れなかったんだろう」
「人気者なりの苦労があったんだね」
「だな」
「今の話をまとめると、サッカー部の部室の上には人が入れるくらいの空間があって、親父と勇太さんはよく中に入ってたと」
「ああ」
「で、その空間は今はどうなってるんだ?」
「知らねー。実は俺、アイツがいなくなってから、一度も入ってないんだ。なんか俺……どうしても、ヤツがそこで死んでる気がして……でも、この目で確かめたわけでもないから、実際に死体があるかなんてわからない」少し父がためをつくる。「例の入口の近くに立っただけで、足がすくんで……」
父はなぜか涙ぐんでいた。
「本当に情けないよな。俺は昔から女々しいやつなんだ」
イチ高の部室棟の古さから考えるに今も同じ建物が使われてるはずだ。
「なぁ親父、つまりその空間に、まだ勇太さんの死体が残ってるかもしれないと?」
なんで俺にそんなこと教えてくれたんだよ。
「……」
おいおい、また急に黙るなよ。たく調子が狂う。
「わりぃ、今の話忘れてくれ。お前に話すことじゃなかった」
「なんだよ、中途半端に薄気味わるい話して」
親父がこんな話をなぜ俺にしたのか本当に謎である。俺がその空間に行って、勇太さんの死体があるかを確認するとでも思ったのだろうか。俺も親父の息子だ。極端なビビリで、ちょっとしたリスクも避けたいタチ。そんな俺が、部室棟の得体のしれない空間の存在を調べるわけがない。親父もよく俺の性格を知っているはずだ。なのになぜ。
「わるい、親父。今日は寝るわ。今の話聞いて、どっと疲れた」
「変な話して悪かったな」
たく、本当だよ。
俺は寝室にやってきた。イチ高にあるという得体の知れない空間のことを忘れたくて、寝床についたが、俺の脳から取り除くことはできなかった。忘れようと強く念じても薄暗い空間に勇太さんの死体が横たわるイメージが湧き出てくる。「忘れろ」と強く自分に言い聞かせるほど、かえって抵抗力を増した。次第に「俺はあの空間を確かめなければいけない」といった脅迫めいた考えすら頭を支配するようになった。
ダメだなこりゃ、今日は眠れねー。もしかしたら、こんな日が数日続くのかもしれない。なんとかしなくては。親父は俺にこんな話をして何が面白いのか。思い出しただけでもイライラしてきた。「くそ、今日は疲れたから早く寝たいのに」
俺に残された解決法は一つしかなかった。そう、例の空間に死体がないことを確認すればいいのだ。その空間に勇太さんの死体が眠ってると決まったわけではない。いや、そもそも部室棟に死体が置いてあるはずなどないのだ。これは父の妄言だ。
なんだ簡単な話ではないか。とうとう俺は部室棟の奇妙な空間の存在を確かめることを決意した。意外と俺は親父より勇気があるのかもしれない。その瞬間、強い使命感とどことない心地よさを感じた。
しばらくした後、俺は眠りについた。
つづく
次話(2話)↓
