日本はフィジカルAIの「世界の実装工場」になれるか
前回「AIゴールドラッシュで、最後に残るのは誰か」では、AIが安く、当たり前になるほど、価値はモデルそのものから、現場へ埋め込む力へ移ると書いた。
では、その実装はどこで最初に進むのか。
私は、日本には可能性があると思う。技術が最先端だから、ではない。人が足りず、先送りできなくなっているからだ。
サービスは、なくなる前に指定を聞かなくなる
人手不足の社会では、サービスは突然消えるとは限らない。その前に、営業時間が短くなり、配達方法が簡素化され、こちらのリクエストが通らなくなる。
工場でも似たことが起きる。募集を出しても人が来ない。熟練者が辞めると、機械の音を聞いて異常に気づく人がいなくなる。介護や物流では、仕事そのものがなくなるのではなく、残った人へ少しずつ負担が積まれていく。
国立社会保障・人口問題研究所の中位推計では、15〜64歳人口は2020年の7509万人から、2045年には5832万人へ減る。人手不足は、一時的な景気現象ではない。国立社会保障・人口問題研究所
ここで必要になるのが、フィジカルAIである。
フィジカルAIとは、文章や画像を作るだけでなく、カメラやセンサーで周囲を捉え、状況を判断し、ロボットや機械を実際に動かすAIを指す。
画面の中にいたAIが、腕と車輪を持って外へ出てくる。
日本はロボットを作れる。しかし、使い切れてはいない
日本には土台がある。
国際ロボット連盟によると、日本は世界の産業用ロボット生産の38%を担う。製造業のロボット密度も、従業員1万人当たり446台で世界4位にある。国際ロボット連盟・日本のロボット産業、ロボット密度の国際比較
ただし、これは自動車や電子機器の工場を中心とした強さだ。
経済産業省も、建設、医療・介護、小売、物流などでは、利用者の要求に応えられるロボットが十分に浸透していないと認めている。経済産業省「AIロボティクス戦略検討会議」
ロボットを作れることと、現場で使い切れることは同じではない。
たとえば配送ロボットが小さな段差を越えられないなら、さらに高性能なAIを待つ方法もある。しかし、段差を数ミリ低くし、通路から荷物をどけ、エレベーターと通信できるようにした方が早いこともある。
ロボットだけを賢くするのではなく、働く場所の方も、ロボットが働きやすい形へ変える。経済産業省が進める「ロボットフレンドリー」という考え方は、まさに実装の仕事である。経済産業省「ロボット政策」
これは、日本が長く得意としてきた改善に近い。現場を見て、止まる場所を探し、設備と作業の順番を少しずつ変える。
ただし、職人芸のままでは世界へ輸出できない。改善をデータと手順書と共通規格へ変える必要がある。
中国と価格だけで競争してはいけない
その間に、中国は量で先へ進んでいる。
2024年に世界で新たに導入された産業用ロボットの54%、約29万5000台が中国に入った。中国市場では、国内メーカーのシェアも2020年の30%から2024年には57%まで上昇している。国際ロボット連盟
巨大な国内市場で試し、量産し、価格を下げる。この循環は強い。日本が完成品の価格や生産台数だけで正面から競えば、厳しい戦いになる。
一方、フィジカルAIでは、安さだけで決められない。
ロボットは工場の配置を見て、作業者の動きを記録し、生産条件へ接続する。情報が漏れるだけでなく、外部から機械を動かされる危険も考えなければならない。
ここで出てくるのが、いわゆる「バックドア」問題だ。バックドアとは、正規の認証を迂回して、外部からシステムへ入れる経路を指す。製品ごとの検証なしに「中国製だからバックドアがある」と断定はできない。ただし、ロボットがネットワークにつながる以上、誰が更新権限を持ち、データがどこへ送られるのかは確認が必要になる。
米国はすでに、中国やロシアと一定の関係を持つ企業が供給する接続車のソフトウェアや機器について、段階的な輸入・販売規制を決めている。米国商務省・産業安全保障局
だからといって、日本や米国が中国製ロボットを一律に締め出すと決まったわけではない。ただ、価格に加えて、誰がソフトを更新し、事故時に誰が止められるのかが、調達条件になる可能性は高い。
ここに、日本企業が入る余地がある。
米国はAIモデル、半導体設計、クラウドに強い。日本にはロボット、センサー、精密機械、そしてそれらを使う製造現場がある。組み合わせは自然だが、放っておけば、日本はハードウェアを納めるだけの下請けになる。
握るべきなのは、現場から得られる動作データと、安全に導入する手順、業界ごとの標準である。経済産業省も、幅広い産業の現場データを生かしたフィジカルAIを「我が国の勝ち筋の一つ」と位置づけている。経済産業省
世界の工場ではなく、世界の実装工場
かつて「世界の工場」とは、同じ製品を大量に、安く作る場所だった。
「世界の実装工場」は少し違う。
雑然とした倉庫、狭い厨房、古い建物、日によって状態が変わる介護現場へAIを持ち込み、どこまで機械に任せ、どこで人へ戻すかを決める場所だ。
日本の現場は、企業も設備も分散し、それぞれ条件が違う。これは量産には不利だが、実装の訓練場としては面白い。ただし、一件ずつ特注品を作って終われば、コストは下がらない。
一つの工場で直したことを、次の工場でも使える形にする。一つの介護施設で決めた安全ルールを、別の施設へ持っていく。
個別の改善を、繰り返し使える「実装パッケージ」にできるか。ここが分かれ目になる。
政府は2040年までに約1000万台のロボット導入を掲げている。経済産業省
しかし、重要なのは台数だけではない。人が少なくても仕事が回り、利用者の選択肢が残り、働く人の負担が実際に減ったかである。
人手不足は、日本の強みではない。放っておけば、サービスが痩せていくだけだ。
人手不足は、締め切りである。
その締め切りに押されて生まれた改善を、データ、標準、製品として世界へ渡せるなら、日本はフィジカルAIを最初に使いこなす「世界の実装工場」になれる。
勝負は、最も賢いロボットを作った国ではなく、ロボットが働ける現場を最も多く作った国が決める。
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