フィジカルAIの覇権争い|ロボットを作る国より、更新できる国が強い
介護施設に、一台のロボットが入る。
本体は日本製、半導体は台湾製、AIモデルは米国製。施設内をカメラで見ながら、食事を運び、高齢者の呼びかけに反応する。夜になるとクラウドへ接続し、新しい動作を受け取る。
さて、このロボットは、どこの国の製品なのだろう。
組み立てた国だけでは答えられない。撮影したデータを誰が受け取り、動作を誰が書き換え、事故が起きそうなときに誰が止められるのか。
フィジカルAIの覇権争いは、生産台数だけを見ていると見誤る。
ロボットは、売った後も完成しない
従来の製造業では、工場から出荷した時点で製品はほぼ完成していた。もちろん修理や改良はあるが、洗濯機が翌朝、別の洗い方を覚えていることはない。
フィジカルAIは違う。
現場で失敗し、その記録を持ち帰り、AIモデルを更新する。昨日はつかめなかったコップを、来週には持ち上げられるかもしれない。別の介護施設で学んだ動作が、一斉に配信されることもある。
つまり、製造後も性能が変わり続ける。
価値の中心は、ロボット本体から、現場データ、学習モデル、更新ソフトへ移っていく。最初に本体を売った会社より、その後の改善を握った会社の方が、長く顧客とつながる。
スマートフォンを考えると分かりやすい。端末を製造した企業より、OS、アプリ市場、クラウドを持つ企業の方が、利用者との関係を握ってきた。
同じことが、今度は腕と脚を持つ機械で起きようとしている。
市場は、価格ではなく「信頼」で割れる
中国は、安価なロボット本体を速いペースで量産できる。一般家庭や中小企業では、その価格差が大きな魅力になる。
ただ、政府、工場、病院、介護施設は、値札だけでは決められない。
フィジカルAIは、カメラとマイクを持ち、建物の中を移動する。人の顔や会話、工場の配置、作業手順まで記録できる。情報を見るだけでなく、物理的に機械を動かす。
米国はすでに、中国やロシアと一定の関係を持つ企業が供給する通信・自動運転システムについて、コネクテッドカーへの搭載を段階的に規制している。理由には、個人情報の取得や車両の遠隔操作に対する懸念が挙げられている。米国商務省・産業安全保障局
現時点で、中国製ロボットが一律に規制されると決まったわけではない。しかし、車に向けられた視線が、人の生活空間へ入るロボットにも向かう可能性はある。
大切なのは、「バックドアが見つかったか」だけではない。誰が遠隔接続できるのか。更新内容を第三者が検査できるのか。データの送信先を利用者が止められるのか。
確認できないこと自体が、調達上のリスクになる。
EUは2026年、ICTサプライチェーンのリスクを評価し、高リスク供給者への依存を減らすための共通方針を採択した。欧州委員会
世界市場が完全に二つへ割れるとは限らない。むしろ、安さを優先する「価格市場」と、検証可能性を求める「信頼市場」に分かれていくのではないか。
日米が狙うべきなのは、後者である。
日本は「身体」を売ってはいけない
米国はAIモデル、半導体設計、クラウドに強い。日本にはロボット、センサー、精密機械、そして介護や製造の現場がある。
組み合わせは自然に見える。
ただし、米国企業のAIを載せたロボットを日本で製造し、完成品を納めるだけなら、話はそこで終わる。日本企業へ入るのは製造代金だけだ。現場で集めたデータが米国へ渡り、AIの更新も顧客対応も米国側へ集まれば、日本は性能の高い下請けになる。
日本が握るべきものは五つある。
現場で得た動作データ。そこで生まれた改善の知的財産。ソフトウェアの更新を承認する権限。安全性を評価する基準。そして導入後も利用者と接する保守サービスだ。
経済産業省も、AI・データ契約では、データの利用範囲、派生データ、知的財産、監査などを当事者間で定める必要性を示している。経済産業省「リアルデータの共有・利活用」
日本は身体を売るのではなく、身体が学び続ける権利を持たなければならない。
覇権とは、止められることである
AIの性能は、これから何度も入れ替わる。今日の最先端モデルが、数年後も最先端とは限らない。
そのとき、別のAIへ載せ替えられるか。海外企業がサービスを終了しても動かせるか。外交関係が変わっても、工場や介護施設を止めずに済むか。
ここまで考えて初めて、そのロボットを自分たちのものと言える。
フィジカルAIの覇権とは、最も多く作る力だけではない。
必要なときに、自分の判断で止める。直す。そして、もう一度動かす。
その権利を持つ国が、最後に強い。
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