コインももたず
「苦は解かれたかね」
『功徳?』
「幻想せかいによいもわるいもない。善とはほんとうのあなたである」
『口説く?』
「それはナンパじゃ🤣楽しくなくなるまで求めるといい。あらゆる遊びであれセックスであれ。そこに聖心が輝いているのならば。また。なんであれいつかは落ちる。それはもう落ちている。あなたのために変化している。それはあなたが次の段階へ進むトキだ。思考や理性でなく。聖心に聴きなさい。求めたいなら求めるものであり、求めないなら求めないのだから」
『苦解く?』
「あなたにしかあなたを救えないせかいで。本来の流れは滞り、詰まってしまっているもの。その原因はあなたの内面にしかない。そして。すべてはあなたの為に起きている。存在している。あなたとはひとつしかないからね」
ーーー 私は思い出していた。愛の御業であり鏡世。無二なるイチの。私のすべてが投影された世界。この世界は誰のせいでもなく。すべてのものが私。それなのに何故、こうも苦しいと感じるのか。 ーーー
ーーー 手放せば楽になると誰かは言う。ほんとうの私に戻れと。ありのままの私に。ありのままとは一体?。何がありのままなのだろう。 ーーー
「苦しみとは何か。自我との同一化が根本原因ではあるが、まだ聖なる自己理解なきあなたにはこのように云おう。苦しみとは反発であり、せかいに逆らうことである」
『逆らう?私は逆らってなど・・』
「目の前で起こる現象。それがあなたの思い描く理想とは異なるとき。そこに反発は生まれる。″こうあるべきものが、そうはなっていない″。″こうしてほしいのに、そうはならない″。対象が何であれ。あなたは現象に対し、無意識にも反発し、抗い逆らっている。抵抗。それが苦しみである」
『そんな・・それが私の人生を妨げている??』
「そうだね。それがあなたの人生の流れを妨げている。詰まらせている。そしてその″理想、抗い、葛藤、苦しみ、求めること″は決して離れることなき関係にあり、その裏には″私は完全ではない″という観念があり、″私は完全を求める″という観念がある」
『まるでコインの裏表・・オモテに理想あればウラには完全を求める観念」
「それは詰まりのコインだねぇ。詰まるコインをいくら持っていても。おいしいドリンクは買えないだろう。日差しの強い中。喉はカラカラだ。やっとみつけた自販機を前に。あなたは苦しみ続けたいのかね」
『渇きを、はやく潤したい!🥤✨』
「ほんとうのあなたに気づけば。それはいつでも潤うだろう。詰まるコインもきれいなコインも。そもそもあなたは何も持っていなかったのだから✨」
『あ・・ありのまま?あるがままに・・在るわたし?』
「もし。コインをひとつも持たずとも。せかい最大の至福を得られるなら。あなたは何を選択するかね。せかいはいつでもありのままに存在している。それはすべてがあなたで充ちた、空とも云われる場所でもなき場所である」
自由になりたい、のウラには。
自由にさせない、何かの存在が確立されている。
思い通りにしたい、のウラには。
思い通りにならない、何かの存在が確立されている。
楽になりたい、のウラには。
苦しみを生み出すあなただけの理想が生まれている。
それはまるで。
コインのウラオモテのように。
ありのままには。
対象や分離などどこにもないのに。
その存在しているように見える対象は。
あなたがそう決めたがゆえに。
その役を演じねばならない。
その役にしかなれない!
それはまるで。
コインのように。
コインは重い。
手にしたままにするか。
リリースし。
対象も。あなたをも開放するかは。
この世の。
主役であり。
救い主であるあなた次第だ。
『な、なるほど。よくわかります♡』
「人生とはすべてがあなたの思い通りだと気づいたかね?」
『・・え?』
「聖人はこうあるべき。人間はこうあるべき。大人ならこうあるべき。普通はこうするだろう。苦の原因のすべては理想であり観念である。ほかの誰でもないあなたの、だ。人生とは苦の連続だ、と説くその者は。いつの間にかなんらかのコインを手にしたままであるがゆえ、オモテとは決して切り離せないコインのウラにあるものまで手にしている」
『私の・・。観念通り・・考え通り?』
「現世。鏡世とは変化の現象だ。変化とは幻想である。だからそれはあなたの考え方次第でいくらでも変幻自在だ。思考も身体も。あなた次第でいかようにも変化するだろう。だが。思考も身体も。事実ではあなたのものでなく、変化しかない幻想せかいのものである。あなたの内面には完全が存在しているが、あなたの思考には完全はない。幻想せかいのもので完全をしることは不可能だ。変化するものを完全とはどう考えてもいえないからね。人間の悲しきところはそこである。私は人間であるという観念を持つ以上、完全にはもどれないのだから」
『!ひょっとして・・。人間というコインのウラには。自我の存在理由が隠れているのではないですか?』
「ウラにはあなたの掴んだままの観念が山ほどあるだろうね。だが。ほんとうのあなたはコインなのだろうか。あなたはウラオモテあるコインかね?」
『ちょ💦やめてください!私はコインではありません!!』
「そうだね。でも。すべてをあいと呼ぶなら。コインもまたあいだろう」
『・・それは。″ありのまま″の領域ではないですか?コインも。観念も。何も持たないところにある完全』
「ありのままとは聖心の、真ん中のスペースである。それは誰にでもある。対象に名を与えているのは誰だろう。対象を″私以外のもの″と認識しているのは誰だろう。あらゆる観念が落ちたとき。同時に空のスペースは永遠の毎瞬に満ちているのである。ソレはまったく不足をしらない。あなたがもともといた、ほんとうのあなたの場所だよ」
『観念や思考は悪いもの?』
「あなたの内面にある詰まりを消し去るため、何度も云うがね。観念も思考も悪いとはいわない。それらなく人間は成り立たないからだ。これはわざわざいわなくともわかるだろう。だが、完全である自己を忘れ。変化するそれらと自分を一緒くたにしてしまっているのが問題だといおう。せかいには問題はない。せかいとは建物の外壁にすぎない。人生が気に入らないのなら。ただ静かに。あなたの内面を見つめ直せばいい。伴い外壁も変わるだろう」
『感情に巻き込まれ苦しむこともなくなる?』
「問題はあなたが現象に対してどのような見方をするか?だけだ。現象があなたの感情を引き起こすのではなく。あなたの勝手な見方が。感情を起こすのである」
『!・・なるほどです。観念もまた私の観念が現象に?』
「俗にいう反抗期の子がいるとしよう。成長途中のその霊止を見て、変化を喜ぶか、嫌悪感を抱くか。またはあなたのために存在しているすべての対象に、ランク付けし、媚びたり、怒鳴りつけたりするかもまた観念によるだろう。いずれにしてもあなたはあなたの選択の結果を受け取ることになる。鏡世はそのままに映る。せかいとは鏡であり、師である。なんらかのコインを掴んだままにしておくことで。あなたの観念をみせてくれる対象に対し、いつまでも自己嫌悪、葛藤、罪悪感、煩い続け理解に苦しむ。あーイヤだ。苦しいのはもうたくさん!!寝ても覚めても天国なのに」
『?』
「ははは。ジョークだよ。しかしながら、この世のレジェンドはあなただ。誰もがレジェンドでありGOATだろう。誰か一人がレジェンドなんてあり得ない。分離など実在せず。ありのままに生かされているのだから」
『観念を変えれば、ありのままに?霧は晴れます?』
「幻想せかいの変化はやまない。トキに鏡(心)と鏡(心)は曇り続ける。なんであなたはこうなの!なんでよ!いい加減にしてよ!そのように苦しみを生み出し続けてあなたは楽しいのだろうか?あなたが苦しいとき。せかいであなただけが苦しんでいるのに」
『楽しいはずありません💧』
「そうだろう。苦を解くなら。ありのままを観ることだ。あいだけを。赦しそのものを観るなら観念を棄てればいい。コインを棄てていい。ほんとうの自分ではないものを持たないことによって。イチと調和できるのだから」
『・・戻れるのですか、私も』
「戻りたいなら戻るものだし、人間であり続けるなら戻らないだろう。それだけだ。だが。真理はすでにありのままであるがままに在る、ソレなのだ」
『・・ありのまま。私がわたしに帰る場所💖』
「理解したかね。エロの助さん」
『タロの助です❗❗😅』
「″ソレ″はタロの助とは決して言わない」
『かみさまのバカ!😭😭😭』
「それすなわち。あなたがあなたにバカ!と言ったのだ😆」
いいなと思ったら応援しよう!
あなたにいつも拈華微笑💖