おふろもおふくろも
『自分自身をしることで、みんながしあわせになれるなら?』
「ん。どうしたのかね」
『たしか。わたしであるあなたはこのようにやってもやらなくとも・・とおっしゃいました。でも。わたしにはどうも腑に落ちません。なぜなら、観念や執着を手放したほうが生きやすくなることは明らかだからです』
「ふむ。そうだね。そのような御方もおられる」
『いろんな人で成り立っているのはわかります!でもやっぱり・・』
「自分を解体すれば、それそのままあらゆるものを救うことにつながる?」
『はい。そうです』
「なにが正解でなにが間違いなどというせかいではないが、在ることであなたを解体していけば、すべてを完全に救えることは間違いない。救われるのはあなただけでなく、だれもが至福にいることにきづく」
『やはり・・』
「しかしながら。だれもだれにも強制などできやしない。が。もし、あなたがそうしたい!と思うならするといい。それだけのおはなしだ」
『人生の終わりまで分離を楽しむ御方も?』
「もちろんおられる。自分はどうしても存在していたいからね。だが。解体すればその御方も正体はひとつだとわかる。至福そのものと」
『・・わかりました。わたしはせかいのしあわせを選びます』
「なつかしいね」
『え・・』
「過去のわたしがみえた。霊止の解体作業は困難だが、それでも?」
『や、やります!🙋♀️✨』
「なら。やらなくていい」
『え?』
「考えもせず、在るだけでいいのだから」
『そうでした😂😂😂』
「ま。そうだね。在るをはじめるならまず。観念を手放すという観念をもちなされ。それからただ在るで在るといい。おそらくだが。解体をはじめている霊止は今は多くおられる。内側の現世への現れもスピードを増している」
『そうなのです?』
「そのとき。あなたが何も考えなければせかいはただありのままに広がっている。それはなんら意味づけされていない世界だ」
『はい』
「あなたは多くの知識を得てきた。しかし。救いの空のまえには”教えも知識も意味がない”。これはわかるね?」
『その知識はもう十分に✨』
「ならあとは中心を辿るといい。あなたのカラダの中心を下へと。かならず光はそこにある。あなたでなく、観照が観照にきづくまで」
『どれほどの時間が??』
「わからない。あしたかもしれないし、三年後かもしれない。それでもあなたがあなたのまんなかを信頼し、在るなら。在るはかならずこたえる。それだけは約束しよう」
『ありがとうございます』
「あなたをしるためここには時間がある。しかしながら、あなたがあなたをしり、せかいを救うのは時間や空間などのバでもなき、”いまここ”である。いつだっていまここにしか存在できないゆえに、目覚めたものは生死に関わらず、いつでも変化を楽しむことが可能なのである」
『don't think feel.ですね!』
「考えてもいい💛」
『分別・価値判断・否定は幻想。と?』
「どこまでも自由な存在だよ。ほんとうの人間というものは」
『救います。その自由さが現に顕れるまで!』
「どうぞ勝手に」
『ちょ💦』
「だって”いまここ”は、もうそのせかいだからね。すこしキビシイことばをつかえば、じぶんではないものを完全に自分自身だと思い込んでいる」
『なるほど!人生とは愉快なものであることを忘れてたのはわたしだけ!ということですね😆』
「やみも、いまここではひかりとなるせかいだ。これはあなたに誓ってジョークじゃない✨」
『そういえば。お風呂の感覚もなくなるとか・・』
「キセキ。入浴していたのはほんとうのあなたではないのだから✨」
『それはとてもユニークです🤣🤣🤣』
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