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50代「あの時やればよかった」をゼロにす|50代から始める「とりあえずやってみる」の精神

こんにちは、はぎおです。

50代中盤にさしかかり、定年後の人生に不安を感じ始めています。

不安を払拭するため「挑戦のマインド」を持ち人生再設計を頑張ってます。



1. 50代、守りに入るか、それとも「新しい自分」に出会うか

50歳という「折り返し地点」で感じた静かな焦り


50歳という坂を登り切ったとき、僕の心に去来したのは「達成感」ではなく、意外にも「人生の残り時間」への静かな焦りでした。

カレンダーをめくる速度が年々速くなる中で、ふと「僕はこのまま、今の延長線上の自分で終わっていくのだろうか?」という問いが頭をよぎったのです。

これまでは、仕事や家庭など、目の前の責任を果たすことに必死でした。

しかし、子育てもひと段落、定年まであと10年を切った中で、自分のために新しい扉を開くことを忘れていた自分に気づきました。

経験という名の「強力なブレーキ」


これまでの経験は、僕に賢明さを与えてくれました。

しかし同時に、それは「失敗しそうなこと」をあらかじめ避けるための、強力なブレーキにもなっていたようです。

「今さら始めてもプロになれるわけじゃない」
「周囲に変な目で見られたくない」

そんなもっともらしい言い訳を探すことだけが、いつの間にか上手くなっていました。

賢くなりすぎたせいで、僕は自分の可能性に自分で蓋をしていたのです。

ピアノとnote。僕の「とりあえず」の第一歩

そんな僕が最近、ある「決意」をしました。それは、「とりあえずやってみる」という精神で、人生の後半戦のライフプラン(人生の設計図)を作り直すことです。

その第一歩として、僕は数年前に思い立ったたピアノに挑戦し始めました。指は驚くほど動きません。

練習曲の一節さえ、おぼつかないままです。それでも、鍵盤を叩いて音が鳴るその瞬間に、子供の頃に感じたような純粋な高揚感があることに気づきました。

そしてもう一つ。

こうして「note」に自分の内面を晒すという記事投稿を始めたことも、僕にとっての大きな冒険です。

正直「note」を始めよう!と思ったものの「何を書いていいかわからない」としばらく立ち止まっていました。

しかしまずが「やってみる」の精神で、不完全なままの自分をまず世に出してみることにしました。

後悔しないための「新しい自分」への投資

このnoteは、そんな僕の「とりあえずの一歩」の記録、そして同じ悩みを抱える同世代の方々への少しのヒントになれば、と思っています。

50代、守りに入ろうと思えば、いくらでも守れます。でも、あえてそのガードを下げて、軽やかに新しい世界に触れていきたいと考えています。

「あの時やっておけばよかった」という後悔を、未来の自分に残さないために。僕がなぜこの精神を大切にしようと思ったのか、その理由と、行動を軽くするためのコツをこれからお話しします。

2. 死ぬ瞬間に後悔すること、第1位は「挑戦しなかったこと」

終末期ケアの現場から届く、重い言葉

かつて終末期ケアに携わった看護師が、多くの患者を見送る中で聞いた「死ぬ間際に後悔すること」を記録した本が、世界中で大きな反響を呼びました。

そこで語られた後悔の第1位は、意外にも「もっと成功したかった」でも「もっとお金を稼ぎたかった」でもありませんでした。

それは、

「自分に正直に、もっとやりたいことに挑戦すればよかった」

という言葉だったのです。

「失敗の記憶」より「空白の記憶」が苦しい


50年も生きていると、失敗して恥をかいた記憶の一つや二つ、誰にでもあります。

でも、不思議なことに、その時の痛みは時間が経つと「笑い話」や「教訓」に変わっています。

本当に心に残り続けるのは、失敗した記憶ではなく「あの時、もし勇気を出していたら、自分の人生はどうなっていただろう?」という、答えのない問い――

つまり、行動しなかったことによる「空白の記憶」なのです。

この空白は、埋めることができないまま一生付きまとう、どこか寂しい後悔の種になります。

参考:多くの高齢者が口にする「5つの後悔」

ちなみに、第1位の「挑戦しなかったこと」に続く後悔の内容は、次のようなものでした。

  • 2位:あんなに一生懸命働かなければよかった

  • 3位:もっと自分の気持ちを伝える勇気を持てばよかった

  • 4位:友人と連絡を取り続ければよかった

  • 5位:自分をもっと幸せにしてあげればよかった

50代は「後悔の芽」を摘み取れる最高の時期

これらを見ると、その多くが「他人の目や世間のルールを優先しすぎたこと」への悔いに思えます。

50代は、まだ体が動き、自分の意思で新しい場所へ行ける力が十分にある、最後の世代ではないか?と考えています。

今、この瞬間に「とりあえずやってみる」ことは、20年後、30年後の自分に対して「あの時、動いてくれてありがとう」と言ってもらうための、最高のギフトになるはずです。

3. なぜ「とりあえず」が、最高のリスクヘッジになるのか

50代の行動力を奪う「完璧主義」という罠

50代が新しいことに踏み出せない(出しにくい)、最大の理由は、皮肉にもこれまでの「仕事の流儀」にあります。

長年キャリアを積んできた50代は、無意識に「やるからには成果を出さなければ」「人に見せられるレベルにしなければ」という完璧主義を自分に課してしまいがちです。

しかし、この「100点を目指す姿勢」こそが、新しい挑戦においては最大のブレーキとなります。

準備に時間をかけすぎ、リスクを検討しすぎるうちに、結局何もしないまま情熱が冷めてしまう。これこそが、人生後半戦における最大のリスクなのです。

「考えてから動く」ではなく「動いてから考える」


脳科学的にも、考えすぎることは行動を止めるシグナルになります。

不安や恐怖を感じる前に、まずは体を動かしてしまう。この「とりあえず」の精神は、凝り固まった脳と心を一気に若返らせるスイッチです。

僕がピアノの前に座るときも、「まずは1分だけ弾こう」と決めています。

難しい理屈抜きに指を動かす。すると、不思議と「次はあの曲を弾いてみたい」という前向きな欲求が後から湧いてきます。

動くことでしか得られないエネルギーが、確実に存在するのです。

失敗は「ネタ」になるが、何もしないことは「虚無」になる


「もし失敗したら?」と不安になることもあるでしょう。

でも、50代からの失敗は、実はそれほど怖いものではありません。

ピアノを弾き間違えても、noteの記事が誰にも読まれなくても、それは後で「いやあ、全然ダメでさ」と笑って話せる「ネタ」になります。

特にnote投稿は、お金をかけずに出来ます。

本当に恐れるべきは、失敗することではなく、何もしないことで人生に「虚無」が生まれることです。

ネタにもならない、思い出しもしない空っぽの時間は、後から取り戻すことができません。

「とりあえず」やってみて、たとえ転んだとしても、そこには必ず「体験」という名の財産が残ります。

そう考えれば、まず一歩踏み出すことは、人生を豊かにするための最も効率的な投資、つまり最高のリスクヘッジだと言えるのです。

4. 50代「とりあえずやってみる」を驚くほど軽くする7つの現実的ルール


50代の僕たちが軽やかに行動するために必要なのは、根性ややる気ではなく「ハードルを下げる仕組み」です。

僕がピアノやnoteを始める際に意識した、今日から使える7つのルールを紹介します。

1. 「5分だけスマホで調べる」を最初の一歩にする

いきなり教室に申し込む必要はありません。まずはYouTubeで解説動画を1本見る、あるいは検索するだけ。これを「着手した」と自分に認め、小さな達成感を味わうことから始めます。

僕は「note」「youtube」を特に参考にしました。

2. 「初期投資」はランチ2回分(3,000円)まで


「せっかく高い道具を買ったから続けなきゃ」というプレッシャーは行動を重くします。

最新の書籍、noteの有料記事を3,000円程度の投資なら痛くないはずです。


3. 「知り合いが誰もいない場所」でこっそり始める


50代のブレーキは「周囲の目」です。

SNSの匿名アカウントや隣町の教室など、誰も自分を知らない場所で始めれば、格好つける必要もありません。

僕のnoteも、最初は誰にも言わずに書き始めました。

4. 「やり方」を調べる時間を10分で打ち切る


真面目な僕たちは情報収集で満足しがちです。

調べ学習は10分で強制終了し、「まずは1回クリックする」「1行書く」という実行動にさっさと移ります。

5. 「1回やってやめる」を標準プランにする


「継続」を前提にすると重くなります。

「1回体験して、自分に合わないと分かれば大成功」と、撤退のハードルを極限まで下げておきます。

撤退してさっさと次の行動に移っても全然恥ずかしくありません。

6. 「スマホでポチる」勢いを利用する


「明日やろう」はずるずる先延ばしで、結局立ち消えるのが普通です。

深夜のテンションや、やる気が一瞬湧いたその場で、セミナーを予約したりチケットを買ったりする。

指先ポチリだけで「後戻りできない状況」を作ってしまいます。

7. 「できない自分」を面白がる


50代で新しいことをすれば、間違いなく最初は絶対に下手です。

それを「老い」と嘆くのではなく、「この歳でこんなにできないことがあるなんて!」とnoteのネタにするくらいの客観性と、「50代でこんな事して、よく頑張った」という寛容性を持って楽しみます。


5. おわりに:50代からの人生は「おまけ」ではなく「本番」

迷っている時間は、人生で一番もったいない時間

ここまで読んでくださったあなたも、心のどこかで「やってみたいけれど、今さら……」と足踏みしている何かがあるのではないでしょうか。

かつての僕もそうでした。

でも、今の僕は確信しています。50代にとって一番のリスクは、失敗することではなく、「迷っている間に時間が過ぎ去ってしまうこと」です。

僕たちが「どうしようかな」と考えている1時間は、20代の頃の1時間よりも、ずっと密度が濃く、希少なものです。その貴重な時間を、自分に言い訳をするために使うのは、もう終わりにしようと思います。

「とりあえず」の先に待っている、見たことのない景色


ピアノの前に座ってみるまで、僕は自分の指がこんなにも思い通りに動かないことを知りませんでした。

でも、同時に、一小節だけ弾けるようになった時のあの震えるような喜びも、やってみるまで知らなかったのです。

「とりあえず」の一歩を踏み出すと、モノクロだった日常に少しずつ色がつき始めます。

1ミリでも動けば、そこから見える景色は必ず変わります。それは、家の中でネットの海を眺めているだけでは、決して味わえない生きた景色です。

50代からの人生は「本番」だ


50代からの時間は、余生でも、おまけでもありません。

もし100歳まで生きるとしたら、あと50年近くある計算になります。

これまでの経験という武器を持ち、それでいて他人の期待に縛られすぎずに済む、人生で最も自由な「本番」の始まりです。

完璧である必要はないですし、立派である必要もないと考えます。

 ただ、自分自身が「面白い」と感じる方向へ、まずは片足だけ踏み出してみる。その軽やかさこそが、これからの50代以降の武器になります。

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

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