連載小説『私の 母の 物語』 五十五 (483)
それにしても池田小学校事件で亡くなった子どもたちや五十九歳の若さで亡くなった蓮見さんを思うとき、記憶も曖昧となり、自分ではほとんど何もできなくなった九十二歳の母が生きている意味とはなんだろうと思わずにはいられない。以前もこの問いについては記した。それは単なる偶然だと考える人はわたしのこの堂々巡りに付き合っていただかなくてもよい。
本当は母は四年前の徐脈のときに亡くなるはずだったのではないか。そんなふうに思うことがある。逆に父はもっと生きようと思えば生きられたのではないか。義兄は父のことを話題にするたび、こう云う。「お父さんは自分で自分の死に時を選んだんや」と。その義兄がお盆に姉とわが家に来たときにこんな夢を見たという。
あの世から父がやって来て、「もうそろそろこっちへ来んか?」と母に云った。しかし、母は「わたしやまだ行かんよ」と云ったので父はさびしそうにあの世に帰った。
「おかあさんはまだまだ生きるつもりや」
と義兄は笑った。
もしそうだとしたら、(母があの世からのお迎えを断っているのだとしたら)それは、わたしのためではないかという気がする。
この甲斐性のない息子のために自分がすこしでも長生きして年金をもらおうとしてくれているのではないか。あるいは金のことは別として自分が死んだら独身のわたしはこの家で一人ぼっちになるから、それをかわいそうに思って、本当はもう生きるのはつらいのに、自分の死に時を延ばしてくれているのではないか。それは脳の中で考えているというより、なにかもっと違うところで・・・、突拍子もないことを云うようだが、それこそ心が心臓にあってその心がそう考えて、もう限界を超えているのに生きてくれているのではないか。
父はこれ以上生きたらわたしの負担になると思って死に時を早めた。一方、母はまだ生きてわたしを助けてやらねばならぬと思って死に時を遅らせている。すべてはわたしのために・・・・・・。そんなことを考えるわたしはおめでたい人間には違いない。(続く)
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