連載小説『私の 母の 物語』 五十五 (484)
それはさておき、十月頃から母がとてもよく喋るようになった。姉やわたしに問いかけたり、何か訴えてきたりすることも多いがそれ以上に、誰に話すともなく一人で喋っていたり、誰かは分からない人に話しかけていたりすることが多くなった。一度夜の九時半ごろから母と二人で眠ろうとしたら、それからずっと大きな声で未明まで喋り続けて眠れないので一度二階の部屋に避難して一時間ほど眠ってからまた母の隣の布団に戻ったことがある。姉の介護ノートの記述には「ずっと一人でしゃべりつづけている」「ご機嫌さんでずっとしゃべている」などいうのがいくつかあり、わたしの記述にも「何かしゃべっているが放っておく」や「ベッドで一人で誰かにしゃべり続けている」などいうのがいくつもある。
姉やわたしに話しかけてくる中では、しばらくほとんど話題にしなかった父のことを尋ねるようになって、わたしには二日連続で「おとちゃん、どこへ行ったん?」「おとちゃん、どこにおるん?」と訊き、姉には「私は何も分からなくてかなしい。お父さんもおらん」と云ったり、ベッドで横になっていて急に「お父さん」と呼んだりしたことが介護ノートに記されている。それ以外には珍しく「お父さん、死んでなくなった」と云ったこともある。
そのほか年に何度か「かなしい」を繰り返す日があって、この年の十月には「かなしいよ。かなしいよ。なんでこんなにかなしいんよ?」と繰り返すので仕方なく「秋だから」と応えた。早朝四時半ごろ目覚まして「さちひこさん、〇〇せなあかんぞ」と云われたこともあるが、「〇〇」が何が何のことだか分からない。これも早朝三時ごろ、目を覚ますなり「一にしたらどうなる?」と何度も訊くので、(何を一にするのかは分からぬまま)「そら二にならよ」と応えると、今度は「二したらどうなる?」と訊くので、「そら三にならよ」と応えた。そこから、四、五、六と進んでこれはきりがないと思ったので、「もう眠い!」といって相手をするのを止めた。その後も母は一人で喋っていたが、わたしは眠くて相手をしきれなかった。(続く)
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