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親と過ごした19日間。帰ってきたのに、まだ帰ってきていない

前回は、実家でもPCが使えるようになった話を書きました。


実は、その頃の私は、
少しずつへとへとになっていました…。




有休消化中の私は、
帰省して、のんびりしようと思っていました。


ちょうど最終出勤が終わり、
自分のこころの動きを見つめたり…。


この10年、仕事をしていたので、
帰省すると言っても、だいたい3~4泊。

仕事を気にせず、
たまには思う存分、親と過ごしたい。

コーヒーを飲みながら、
たわいもない話をしたい。

母の田舎料理も食べたい。

海も散歩しよう。

自然の中で涼んで、
ゆっくりPCもしたい。

幼なじみにも会って、おしゃべりしたい。

畳にごろっと横になって、
畑やぷかぷか浮かぶ雲を眺めながら、
ぼーっと過ごしたい。

数か月前、やせていた母の様子も見てこよう。


そんな気持ちで、いつもより長く
2週間の帰省の予定で、新幹線に乗りました。




ところが…。


数か月前とは、
母の様子が違いました。


「どうしちゃったの? お母さん…」


それが、正直な私の気持ちでした。




そこから、
いろいろなことが始まりました。


まさしく、

「介護は突然に」

です。



毎日いろいろあって、
戻るのを延長し、
19日間の滞在となりました。



帰りの在来線に乗って、
最初に浮かんだ言葉は、
親に少し申し訳ないけれど、

「やっと脱出できた」

でした。

このままでは、自分がまいってしまう。

一旦戻って、リセットしないと…。

そんなことを思いました。

帰りの新幹線は、延期した際
疲れきっていたので、グリーン車をとりました。

シートに体をあずけ、
ぐちゃぐちゃな感情を鎮めようとします。


親とゆっくり過ごしたくて帰ったはずなのに、


「こんなはずじゃなかった…」


「更年期で寝込む」

なんて言っていられないくらい、
動きました。

感情がジェットコースター。

頭の中が、
ずっと忙しかった…。



約3週間ぶりに我が家にたどり着き、

「あ〜生き返った」

と思いました。


でも…

親のことを考えてしまいます。

ごはんを少しでも食べただろうか。

私が準備しなくて、
果物やヨーグルトだけに
してないだろうか…。

スーパーに行っても、
母が食べられそうなものを
探している自分がいました。

その時、気付きました。

「体は帰ってきたけど、こころはまだ実家にあるんだ」



まだ混乱の中で、
頭の整理もできていません。


整理ができても、
ここで話せること、
話せないことがありそうです。




今までそれぞれ家族の中にあった、いろいろな感情が、


「母」という絶対的な存在が、
支援が必要になったことで、

一気に噴き出した。


そんな19日間だったように思います。



支援者として仕事をしてきた私には、
制度につなぐことは難しくありません。


でも、

娘の私
末っ子の私
支援者の私

いろいろな私の中でゆれて、
しんどかった…。


ゆっくり書いて、
整理できたらなあと思います。



▶︎母の様子を見て、
まず考えた二つのことを書きました。続きです🌿








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