なぜラッコは霧多布を選んだのか——観察歴40年の片岡理事長が語る「共存」のかたち【前編】
浜中町観光協会ではこのたび、霧多布岬(正式名称:湯沸岬)に生息するラッコをモチーフにした「霧多布のラッコキーホルダー」を5月23日(土)より発売いたします。
キーホルダーには、購入者の方にラッコ鑑賞ルールを記載した「霧多布のラッコ見守り隊」カードを同封しています。
本企画で届けたいのは、ラッコたちの「かわいらしさ」だけではありません。野生のラッコが暮らすこの場所で、私たちはどう向き合い、どう見守っていくべきなのか。そのことを考えるきっかけも、一緒に手渡したいと考えています。
そこで今回は、約40年にわたり霧多布の自然を見つめてきた、NPO法人エトピリカ基金の片岡義廣 理事長(@gmF65cxXrQN3jDd)にお話を伺いました。片岡理事長は、本キーホルダーの監修にも携わっていただきました。
記事の前編では、なぜラッコが霧多布に住み着いたのか、そして「共存」のためのルールがどのように生まれたのかをたどります。

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エトピリカを見ながら暮らしたくて
——本日はよろしくお願いします。ラッコの話に入る前に、まず片岡理事長ご自身と、浜中町との関わりについて伺えますか。
私は京都生まれの東京育ちで、40年ほど前に浜中町へ移住しました。現在はNPO法人エトピリカ基金の理事長を務めながら、霧多布岬から車で2〜3分の場所にある「えとぴりか村」というゲストハウスを経営しています。
中学生の時から「野鳥の会」に所属していて、いろんな地域を訪ねながら水辺の鳥を観察するのが好きな子供でした。なかでも「エトピリカ」という海鳥に強く惹かれて、いつかエトピリカを見ながら暮らしたい。そう思ったことが、移住のきっかけでした。

——最初から「霧多布に住もう」と決めていたわけではなかったんですね。
そうなんです。高校生のころから北海道に通っていたのですが、当時の本には、エトピリカは根室のユルリ・モユルリ島か厚岸の大黒島にいるとしか書かれていなかったんですよ。それで連絡船や夜行列車を乗り継いで、まず向かったのはユルリ島の対岸にある落石岬だったんです。
到着して、岬をどんどん歩いていくと、実際にエトピリカが繁殖しているのを見つけることができました。その時の嬉しさは、今でも忘れられないですね。
その後、北海道に移り住もうと決めた頃に、「霧多布にもエトピリカがいるらしい」という話を聞いて訪ねてみたら、実際に出会うことができたんです。最終的には野付半島と霧多布で迷いましたが、エトピリカを見ながら暮らそうと思い、ここに決めました。
移住した当時は、ちょうどツーリングブームの時代で、町内にはユース形式の宿が何軒かありました。私自身は、まず「鳥を見ながら暮らせれば」という思いで宿を始めたのですが、気づけばこんなに長くなりましたね(笑)。
——霧多布でラッコを見たのは、いつが最初だったのでしょうか。
実は移住したその年に、すでに霧多布でラッコを見ているんです。
——そんなに前からいたんですね!当時から、今のように日常的に見られる存在だったのでしょうか。
いえ、当時はまだ稀で、4〜5年に1回ひょっこり現れるような感じでした。何年も見つからない年もありましたね。それが2012年ごろから毎年見かけるようになってきて、2016年の秋には行くたびに3頭ほどいる状況が続いて「これは霧多布に居着いたな」と。そして、2017年から調査を始めたところ、翌年から繁殖が始まったんです。
ラッコが霧多布を選んだ理由
——霧多布以外でも、ラッコの生息が確認されている場所はあるのでしょうか?
日本でラッコが生息する場所は大きく3か所だと認識しています。根室のモユルリ島、釧路の尻羽(しれぱ)岬、そして霧多布です。そのなかで、霧多布だけが持っている特徴があって。それは、「観光地でありながら、ラッコが自ら選んだ」ということなんです。
モユルリ島は離島なので、観光船に乗らない限りラッコを見ることができません。尻羽岬は、崖の高さが霧多布の倍ぐらいあったり、熊の糞があったりもするので、気軽に行けるような場所ではないと思います。
一方で、霧多布岬は元々観光地として整備されている場所で、安全な場所からラッコを観察することができます。誰もが気軽に見られる生息地、というのは霧多布の大きな価値だと思いますね。

——ラッコが自ら来てくれたわけですね。なぜ霧多布を選んだんでしょう?
理由は大きく2つあると思っています。ひとつは、地形です。
霧多布には、外側の太平洋と内側の湾という2つの顔があって、内側は波が比較的穏やかなんです。
ラッコ自体は荒波でも平気なんですが、子育て中のお母さんにとってはそうもいかない。赤ちゃんを抱っこしたまま荒波の中で潜って餌をとるのは大変ですから。台風で6〜7メートルの波が来てもいなくならないくらいたくましいんですが、やっぱり穏やかな場所がある方が子育てはしやすいんでしょうね。
もうひとつの理由は、餌の豊富さです。霧多布の海には昆布が豊富にあり、ラッコの好物であるウニや花咲蟹なども多く生息しています。だから、ここでは餌をとる時間が比較的短く済むんですよね。
餌場が近いぶん、ラッコたちは長い時間を沿岸で過ごすことができる。それが、私たちがあれだけ近くで姿を見られる理由のひとつでもあるのだと思います。

ラッコは自分で「距離」を選んでいる
——ラッコって臆病なんですよね…?それでも、人の近くで暮らしているのはなぜでしょうか。
おっしゃる通りで、ラッコって嗅覚と聴覚がすごくいいんですよ。人間の高い声とかに意外と反応する。だから最初の頃は、遊歩道に人が来ると、すーっと沖の方に逃げていたんです。
ところが、人がいても何かされるわけではないということがだんだん分かってきて、近づいて来るようになった。自分で「ここまでは大丈夫」という判断をして、距離を選んでいるようです。
——その一方で、霧多布って漁業が盛んな地域でもあります。船が行き交う環境でも大丈夫なんですか?
もちろん脅威はあると思います。昆布漁の時期は、何十隻もの船がかなりのスピードで出入りしますし、ラッコがギリギリのタイミングで潜って避けるような場面もあります。
ただ、漁師さんの話を聞くと、「ラッコは逃げないよ」って。農家の人が作業しているそばに、サギやタンチョウが平気でいるのと同じで、毎日そこにいる人間のことは、必ずしも脅威とは認識しないのかもしれません。とはいえ、逃げないラッコのほとんどは雄で、雌は特に子育て中は警戒心が強いとされています。
他にも、定置網や刺し網に絡まるリスクもありますし、過去にはエトピリカが網にかかった例もありましたが、今のところラッコはかかっていないそうです。
こうしたリスクがありながらも、ここに居着き、繁殖地にしたということは、それだけ霧多布に魅力があるということなのだろうと思います。改めて、よくこの場所を選んでくれたなと感じますね。
町ぐるみでつくった「共存」のルール
——2021年に公開された「浜中町ラッコ鑑賞自主ルール」の設計に携わったと伺いました。どのような経緯があったのでしょうか。
本音を言えば、ラッコがいることを黙っていたかったんですよ(笑)。ラッコのことだけを考えるなら、人が近づかないのがいちばんですから。
ただ、霧多布は元々観光地ですし、SNSでも情報は広がっていくので、隠しておける場所じゃない。だったら、オープンになる前提で、最初にちゃんと付き合い方の基盤を作ろうという話になったんです。
明確にルールを作らなきゃいけないと思ったのは、危ないことをする人が出てきたのが発端です。ロープの内側に入って崖を降りていく人がいて、このまま放っておいたら事故が起きると思って。それで役場の商工観光課の方にロープや看板を整備してもらいました。

▼ラッコ鑑賞時のルール
1. 船舶・カヌー等でラッコに近づかない
2. えさを与えない
3. 大声や騒音を出さない
4. 水面および水中での観察・撮影を行わない
5. 湯沸岬・アゼチの岬周辺でドローンを飛行させない
——ルールはどのように決めていったのですか?
役場の商工観光課や、漁業協働組合などの水産関係の方々と話し合いながら形にしていきました。決めてからは、マスコミの取材があるたびに「必ずこのルールを一緒に載せてください」とお願いしています。
——漁業関係者からすると、ラッコは害獣という見方もありますが…。反応はどうだったのでしょうか?
当時は「このまま増えたら被害が出るんじゃないか」と心配する声も多かったですね。
実際に、カニが不漁だった年に「ラッコが原因だ」という声が挙がったこともあります。ただ、翌年は大豊漁だったりして、私たちが想像できない自然界の動きもあるので断定はできません。害獣という見方に関しても、「食べる以上は害だ」という人もいれば、そこまでは思わないという方もいて、漁師さんによっても考え方はさまざまです。
一方で、ラッコが海の生態系のなかで重要な役割を担っている、という見方もあります。ラッコが好んで食べるウニは、昆布などの海藻を食べる生きものです。ラッコがいなくなると海底がウニだらけになって、海藻が育ちにくくなるという研究報告もあるんです。
だからこそ、一方的に決めつけるのではなく、町としてどう共存していくかを考えることが大事だったのだと思います。
ルールは、人から人へ広がっていく
——ルールを発信し続けるなかで、現地の空気は変わってきましたか?
変わってきていると思いますね。人の目が増えたことで、危険な行為をする人が減ったんです。立ち入り禁止の場所に入る人も、今ではほとんど見なくなりました。
ラッコは、法律的に人間が直接関与することが難しい野生動物です。だからこそ、伝え続けることに意味があるし、そうするしかないんですよね。
ひとつ、印象に残っている出来事があって。展望台の方で、ラッコに近づきそうなシーカヤックを見つけたことがあったんです。私は国定公園の監視員でもあるので、周囲の方に「ちょっと確認してきますね」と伝えて、ロープの内側に入ったんですよ。そうしたら、戻ってきたときに観光客の方から「そこ、降りちゃダメですよ」と声をかけられて(笑)。
もちろん事情を説明して理解いただけたのですが、それだけルールが来訪者の中にも浸透してきているんだと感じた瞬間でした。
——行動に移す方がいるのは心強いですね。それでも、守らない人がいることへの不安はありますか?
そうですね。来る人が増えれば、ルールを知らない人も、知っていて守らない人も、一定数は出てきてしまいます。
私が最も危惧しているのは、人間の影響でラッコがこの場所を嫌になって、霧多布からいなくなってしまうことなんです。自然の摂理でいなくなるのは仕方ない。でも、人のせいでいなくなることだけは避けたい。
私がずっと観察してきたエトピリカでも、同じパターンを何度も見てきました。珍しい生きものが見つかると人が押し寄せて、もっと近くで見たい、もっと近くで撮りたいという気持ちが生まれる。そうしているうちに、いつのまにか姿を消してしまうことがある。この場所では、その繰り返しを起こしたくないんです。
ただし、ルール違反を見かけても、観光客の方には直接注意しないでほしいとも思っています。実際に口論になったケースも聞いていますし、どんな相手かわからないですから。気になる場合は、無理に声をかけず、役場に連絡していただければと思います。
▼浜中町役場 商工観光課 観光係(浜中町観光協会事務局)連絡先
0153-62-2239
——実際に、人的な影響が疑われる出来事もあったのでしょうか。
2025年の春から夏にかけて、何度かラッコが離れてしまったことがありました。私が直接目撃したわけではないので断定はできませんが、ドローンの影響が大きかったんじゃないかと思っています。実際に、「ドローンを飛ばしている人がいた」という情報は、観光客や町の方から何度も寄せられていましたから。
ドローンって、本来は機体を目で見ながら飛ばさなきゃいけないんです。けれども、岬で飛ばしていたら怒られるからと、車の中からモニターを見ながら操作していた人もいたらしくて。そういう飛ばし方は「目視外飛行」にあたるので、本来は国の承認が必要なんですよね。しかも、霧多布岬周辺は国定公園の区域でもあるので、野生生物や観光客へも充分配慮しなければなりません。
この場所を守るために
——霧多布に来る観光客は、どのような方が多いのでしょうか。
千差万別ですよ。保護活動に関心が高い人もいれば、ただラッコが好きな人もいるし、旅の途中に立ち寄る人もいる。なかでも、釧路から根室に行く途中に「ラッコがいるなら、せっかくだし寄ってみよう」という方が多い印象ですね。
——ここ数年で、来訪者が増えた実感はありますか?
ありますね。特にここ3年はものすごく増えました。テレビや雑誌などで、水族館のラッコが減っている話と、野生のラッコが増えているという話がセットで報道されるようになって、一気に知名度が上がった感覚です。夏場の日中は、私も駐車場に車が停められないくらいです(笑)。
その一方で、水族館のイメージのまま「行けば必ず見られる」「近くで見られる」と思っている方も一部いるようです。あくまで野生の生きものですから、見えない日もあるし、遠くにいる日もある。それが自然なんですよね。
だからこそ、発信し続けることに意味があると思っています。来てくださること自体は、本当にありがたいことですから、せめて来る前に少しでも彼らのことを知ってもらえたら、という気持ちです。(了)
私たちにとっては観光地でも、ラッコたちにとっては安心して暮らせる場所であること。片岡理事長の話から見えてきたのは、その当たり前でありながら、見失ってはならない視点でした。
後編では、霧多布のラッコたちの中心的な存在だった母ラッコ「Aママ」のこと、そして40年以上にわたってこの地を見守ってきた片岡理事長ご自身の歩みについて伺います。
▶︎後編に続く
※本記事内でクレジットを記載している写真の著作権は、撮影者である片岡 義廣氏に帰属しています。無断での転載・転用はお控えください。
NPO法人エトピリカ基金について

NPO法人エトピリカ基金は、北海道・浜中町を拠点に絶滅危惧種エトピリカをはじめ、ラッコ・アザラシなど海の哺乳類まで幅広く調査・保護活動を行う団体です。1995年から繁殖地復活に向けたデコイ設置や海上調査を続け、2010年にNPO法人化。環境省や地元漁業協同組合とも連携しながらルール作りにも積極的に取り組んできました。霧多布の海に生きるいのちをフィールドで見つめ続け、豊かな海洋生態系を未来へつないでいます。
片岡理事長のX(旧Twitter)アカウント(@gmF65cxXrQN3jDd)では、ラッコの観察情報を発信中。入会・支援の詳細は下記URLからご確認いただけます。
公式サイト:https://etopirikakikin.sakura.ne.jp/
浜中町観光協会について
公式サイト:http://www.kiritappu.jp/
Instagram:https://www.instagram.com/hamanaka_kanko/
Facebook:https://www.facebook.com/hamanaka.kiritappu/
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