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「模倣品」にこそ宿る熱——らーめん再遊記論「インスタントラーメン編」

※サムネイルは『らーめん再遊記』Kindle版9巻 No.21より

 『らーめん再遊記』の中でも「インスタントラーメン編」は異色のエピソードだ。実在の商品が続々と登場し、実在の店舗や工場への取材が展開され、フィクションというよりほとんどルポ漫画になっている。なぜこのエピソードだけ、物語の形式が変わってしまったのか。そしてなぜあの芹沢が、「模倣品」と見なされてきたインスタントラーメンに90年代ラーメンシーンの熱の再来を見たのか。次の「原田編」へと繋がる、この静かな転換点について。

 『らーめん再遊記』が面白いのはラーメンという一つの食べ物を通して、一種のキャリア論や仕事論を展開しているからだ。

 一人の人間がそのラーメン店の経営を通して自己実現を図ろうとする過程における挫折と復活を描いたのが、かつての芹沢のライバルである宇垣を中心に描かれた「自販機茶屋編」なのだとしたら、ニューウェーブ系ラーメンの先駆者として芹沢たちからも尊敬されていた塩匠堂店主、永友和平が、やがて成長が止まり、弟子たちの成長を阻害するいわゆる「老害」と化してしまった顛末を苦い味わいと共に描いたのが「塩匠堂編」であった。

 これらのエピソードは同じく仕事をしている読者にとっても他人事ではなく自分事として感じられてしまう部分は多々ある。功を焦るあまり、視野狭窄に陥ってしまう宇垣や、自分の道に凝り固まるあまり弟子たちにも全く同じ道を歩ませようとして自分の停滞に気付かない永友の姿などは、いつ自分がそうなってもおかしくないような、実は既にそうなってしまっているのではないかという身につまされながら読んでしまう。

 だが、同時に『らーめん再遊記』が面白いのはより大局的な視点からのラーメンを通したエンタメ論を展開している点にある。

 そもそもの『らーめん再遊記』自体が、一種の燃え尽き症候群、ミッドエイジクライシスに陥った芹沢がよりラーメンというものを大局的且つ批評的に捉えなおすことによって再び情熱と目標を獲得することで物語が始まっている。

 かつての因縁の相手が、かつての勢いからは見る影もないほどに落ちぶれ、それでも人生が続いていく様を描いた「大江戸せあぶら軒編」などは、かつて圧倒的隆盛を誇った背脂チャッチャ系というラーメンシーンにおける流行の「その後」を描いた話であるとも言えるだろう。

 『らーめん再遊記』の面白さとは、一個人の仕事論と、大局的なラーメンについての状況論の両輪を、情熱と才能と野心を持ち合わせた芹沢という個人の視点に落とし込んで描いている点にある。芹沢はラーメンの実作者であると同時に優れた批評家でもあり、同時にかつて隆盛し、そして終わった時代を生きた証人でもある。

 そしてそんな芹沢が今回出会うのは、新しい時代の潮流であり、その時代を生きる新しい才能である。

取材ルポ漫画テイストの強い「インスタントラーメン編」

 単行本の8巻から9巻にかけて描かれる「インスタントラーメン編」は、『らーめん再遊記』にとっては異色のエピソードである。寂れたラーメン店に雨宿りがてら入店し食事した芹沢が(当然のように出されたラーメンは不味い)、そこで出会った女店主から、なんだかんだで潰れそうなラーメン店の再興を依頼されるという、グルメ漫画などでは如何にもありそうな導入から始まりながら、芹沢の関心は全くと言って良いほどにそちらには向かない。物語の序盤からいわゆる「良い話」を展開するつもりが作者にも芹沢にも全くないことが窺える。

 しかし、嫌々ながらもアドバイスをする過程において芹沢の興味を引くのが、インスタントラーメンの存在だ。

 芹沢、有栖、グルタの3人が集った酒席において、芹沢はインスタントラーメンについてはここまで強い関心を持ったことはなかったということを述べる。それに同調する有栖とは対照的に俄然目を輝かせるのは「大江戸せあぶら軒編」にて芹沢と出会ったラーメンYouTuberであるグルタこと板倉和文である。

『らーめん再遊記』Kindle版8巻 No.205より

 この「インスタントラーメン編」の見所の一つは、親子ほどに年の離れた若者に年配者が素直に教えを請う点である。自身の変化を拒絶し、居心地の良い場所に安住することによってやがては後進の成長を阻害する「老害」と化してしまった永友和平を描いた「塩匠堂編」とは対照的に、芹沢も有栖も自分の知らないことに対して恐ろしく素直で謙虚であり続ける。

『らーめん再遊記』Kindle版9巻 No.119より

 そこでグルタから紹介されるのは、明星食品の「麺神」やマルちゃん「ZUBAAAN!(ズバーン)」、日清食品の「これ絶対うまいやつ!」など、実際にスーパーなどでも手軽に手に入るものが第一弾。


 続いて紹介されるのは、大手ではなくご当地系の袋麺3種、「オホーツクの塩ラーメン」、「ラーメン仮面」、「鳥中華」の第二弾。

 これらは全て実際に市販されており、購入して食べることが可能だ。これまではあくまでもフィクションの中でのラーメンによってラーメン論を展開してきた『らーめん再遊記』だが、「インスタントラーメン編」では完全に現実のラーメンを取り扱っている。

 さらにインスタントラーメンへの探求の旅はとまらず、大阪のインスタントラーメン専門店「やかん」とその店主を取材するために大阪にまで足を運ぶ。この「やかん」もまた本当に実在する店舗である。ちなみに経営再建するはずのラーメン店の店主は子供の発熱のためこの取材には来ておらず、「インスタントラーメン編」にとってのラーメン店の再建というフィクションとしての課題は本当にどうでも良いことであるということが駄目押しされている。

 さらに取材は大阪にとどまらず、東京で実際に営業している乾麺を扱ったラーメン店や、その麺を作っている秋田の工場にまで及ぶ。

 この「インスタントラーメン編」が従来のエピソードと比較しても異色なのは、現実にある商品や店舗、そこで働く人物など、現実にも存在するものが多数登場し、彼らへの取材を通してフィクションというよりも一種のルポ漫画と呼んでしまったほうが適切な状態になっているからである。

 なぜ「インスタントラーメン編」はこのような形式をとる必要があったのだろうか。それは、フィクション上でインスタントラーメンの進化と真価を訴えるよりも今現実で起きている事象をシンプルに紹介する方が説得力があると判断したからだろう。実際読者の私自身、「ZUBAAAN!」や「これ絶対うまいやつ!」がインスタントラーメンらしからぬクオリティになっていることは知ってはいたが、ご当地インスタント麺や、乾麺を出すラーメン店の存在などは全く知らなかった。百聞は一見に如かず、「インスタントラーメン編」は徹底して現実で起きていることの紹介に徹することで、ラーメンシーンの最前線を最も的確に伝えているエピソードとなっている。

今最も勢いのある形式としてのインスタントラーメン

 現在のインスタントラーメンシーンの面白さを伝える取材ルポ漫画としても「インスタントラーメン編」は面白いのだが、『らーめん再遊記』はそれだけの話では終わらない。

 このエピソードの面白さは、インスタントラーメン、および乾麺がラーメンシーンにおいてどのような立ち位置にあるかを芹沢、有栖、グルタの3人によって議論する点にある。

 そもそもが「偽物」として始まったラーメンの更なる「模倣品」と見なされがちなインスタントラーメンだが、クオリティを著しく向上させながら「模倣品」としての勢いも保ってすらいるこのジャンルに、芹沢はかつての自分も属していた90年代のラーメンシーンの勢いの再来を見る。

 そんなインスタントラーメンや乾麺の持つシーンとしての勢いは素直に認めつつも、結局芹沢は最後までそれらを安易に店舗で展開するということに対しては否定的だ。

『らーめん再遊記』Kindle版9巻 No.167より

 その否定はインスタントラーメンへの偏見や蔑視からくるものではなく、彼なりの経営者としての視点であり、世間のネガティブなイメージを払拭するために必要であろう時間を計算した上での現実的な見解である。単にクオリティの高いものを提供すれば店が繁盛するなどというナイーブな考え方を芹沢はしない。終始冷たい態度をとりつつも、自分の仮説検証の場としては活用できるかもしれないと考えていた当初の店舗再建案は頓挫するかと思われた……。

 だが、芹沢、有栖、グルタが熱心に取材や議論をしている間に、潰れかけたラーメン店は、町中華として再生することに成功する。時代の潮流となるにはまだ早いと判断したインスタントラーメン中心のテコ入れではなく、時流に即した町中華への適応を図ることで復活してしまうあたりが、この漫画らしいところである。このぞんざいかつ強引な終わらせ方や、最初から最後まで冷たい態度を取り続け、「良い話」を拒絶し続ける芹沢が微笑ましい。

 その後、急遽出店が依頼されたラーメンイベントにて、乾麺をメインに提供する店舗を出店し、巧みに乾麺のネガティブイメージを払拭しつつ店を繁盛させる。そうして乾麺のポテンシャルの一端を感じさせることで、「インスタントラーメン編」は幕を閉じる。これまでのエピソード中でも最も答えの出ない形での終わりだと言っていいだろう。

 しかし、なぜこの異色の「インスタントラーメン論」が『らーめん再遊記』に必要だったのかと言えば、ラーメンにとどまらず、エンタメのジャンルやシーンがなぜ人気を集め、そしてやがてかつての勢いを失っていくのかというその盛衰の歴史認識を物語の中で改めて提示する必要があったからだ。それは、次に始まる物語にとって欠かすことのできない前提である。

 そして物語は『らーめん再遊記』におけるハイライトとも呼べる「原田編」へとつながってゆく。


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