「価値提供ゲーム」で毎日がちょっと楽しくなった話
こんにちは、はむこです。
ASDと吃音とADHDを持つ限界ポンコツ会社員です。
捨て活をきっかけに「普通」への執着を手放し、逆にでこぼこ仕様を活かす道に方向転換。
「削って尖って突きぬける」ため、日々生き方再構築中です。応援してね!
🔗「普通」を捨てたASD女子の生き方再構築プランの記事はこちら
でこぼこ人間の私は、基本的に自信がない。
苦手なことやできないことが多く、失敗や挫折の経験も数え切れない。
いわゆる「自己効力感」が低い。
何事も人並みにできる気がしない。
捨て活をきっかけに「生き方再構築」を始める前は、自分の自信のなさゆえに、「安定」とか「肩書き」とか、保身ばかり考えていた。
そして不思議なことに、守りに入れば入るほど不安になっていった。
生きるのがつまらなくて、朝起きても、今日一日に楽しみなことが一つもなかった。
「自分満たし」的なことも試してみたけど、なぜか余計に空しくなった。
「明日死んでも、50年後に死んでも、一緒だ。」って本気で思っていた。
で、生き方再構築を始めた今はどうかというと。
何と、
毎日そこそこ楽しい。
不安も減った。
朝起きて、ぼんやりとブルーになることもなくなった。
「未来」や「過去」より、「今」に集中できるようになった。
自信のなさも和らいだというか、
そもそも自信があるとかないとか、そんなことをあんまり考えなくなった。
仕事は変わっていない。
給料も変わっていない。
周囲の人間も変わっていない。
新しい資格やスキルを身につけたわけでもない。
副業で稼げるようになったわけでもない。
変わったのは一つ。
とある一つの考え方を元に行動するようになっただけ。
それは、
毎日を、
「目の前の人に価値提供するゲーム」
のように生きるということ。
捨て活を極めて「失うものが超少ない」状態になった私は、
漠然とした「保証」への執着を手放し、
「テイク」より「ギブ」にフォーカスできるようになった。
自分の行動によって、いかに目の前の誰かに何かを与えるか。
自分にできることで、いかに他人の負担を減らせるか。
自分をどう活かしたら、周囲に何らかの利益をもたらせるか。
とにかく「できる」と「与える」が重なるチャンスを探すこと。
今の自分のキャパの範囲で、他人のために作業をしてみること。
行動を価値にできる機会を見つけて、動くこと。
価値提供できたら勝ち。加点方式のゲーム。
「価値提供」といっても、堅苦しく考えない。
「仕事=お金の対価としての労働」とは限らない。
特別なことじゃなくても、難しいことじゃなくてもいい。
誰でも当たり前にできるような、小さなことでいい。
相手に少し楽してもらうために何ができるか、
ほんのちょっとでも手伝えることはないか、
「これならできる」を見つけて、行動する。
面と向かって感謝されなくてもいい。
直接お金に繋がらなくてもいい。
とにかく人のために手を動かしてみる。
別にいちいち自分を褒めたりとかもしない。
淡々と「できる」と「与える」が重なる行動を積み重ねる。
この「価値提供ゲーム」の考え方は、人のためというより自分のため。
「できないこと」より「できること」に目を向ける練習。
小さな「できる」を積み重ねる、加点方式のゲーム。
「価値提供ゲーム」に慣れてくると、
「どうやったら迷惑をかけずに済むか」よりも、
「自分をどう活かしたら、もっと周りの利益になるか」を自然に考えられるようになります。
「私はこれができます」「ここが強みです」「この作業なら得意です」と周りにアピールする勇気が少しずつ育っていきます。
一見遠回りに思えても、「才能を発揮する生き方」に地道に近づいているのではないかと思うのです。
私は「価値提供ゲーム」の考え方を試したことで、一歩一歩、
長年苦しめられてきた、自分にダメ出しする減点方式の思考を抜け出しつつあります。
自分に「できる」行動によって、「与える」チャンスを見つける。
「ギブ」したら勝ちのゲーム。
やってみると以外と楽しいですよ。
ちなみにどうして私が
「人を喜ばせる」とか
「誰かを笑顔にする」とか
「周りを幸せにする」のような表現をせずに、
「価値提供」という無感情な言い方をするかというと、
感情よりも事実ベースで「価値」を考えるほうが、思考優位の私にとっては楽だから。
人の反応に一喜一憂するより、淡々と黙々と手を動かしてひっそりと役に立つほうが心地良い。
つくづくアスペだなと思う。
というわけで今後も、毎日を「目の前の人に価値提供するゲーム」と思って生きてみます。
これが結構、面白いので。
疲れたらセーブして休憩するけどね。どうせゲームだし。
また進捗報告するので、生温かく見守ってください😊
