【第9章】召喚された異世界でライターになりました!~学校の先生、今は育児と原稿に追われています。〜 #創作大賞2025
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第9章|言葉にできない夜もある

書けない!!!!!!!
目の前には、空白の魔導板。
なにか書いては、消し。
なにか書いてみては、消し。
いけるか?と思って書いても、全消し。
何時間経ったのか、もうわからない。わかるのは、もうお迎えの時間だってことくらい、かな……。
私が頭を悩ませているのは、王国史上初の「詩の大会」に使う審査員挨拶文と、受賞者講評を書く依頼だ。名誉ある依頼であるうえに、この世界での「文学」に触れる機会でもある。喜んで引き受けた。
しかし、資料を読み込み始めると、奇妙な感覚に襲われた。
「これは……」
こちらの世界の文学観は、日本とはまったく異なる。表現方法、リズム、比喩……全てが新鮮で、正直、理解しがたい。
特に「魔力詩」と呼ばれるジャンルは、言葉自体に魔力が宿り、読むと視覚効果や感情の変化が起きるという。
「どうやって講評すればいいの?」
焦りが胸を締め付ける。今まで自信を持っていた「言葉の力」が、ここでは通用しないのではないか。
夜遅くまで資料と格闘したが、納得のいく文章は浮かんでこない。翌朝、疲れ切った表情で朝食を作る私を見て、ハルトが心配そうに尋ねた。
「ママ、大丈夫?」
「ごめんごめん、ちょっと難しいお仕事があって…」
「ママなら、できるよ! ね!ミオ」
「ママ、がんばーれ!」
その純粋な信頼に、かえって胸が痛む。
「できるかどうか、わからないの」とは、言えなかった。
3日間、必死に取り組んだ。でも――なにも、書けない。書こうとすればするほど、自分の無力さを感じる。異世界の文学を理解し、評価するなんて、そもそも無理なのではないか。
そう思ったら突然、涙があふれ出した。今まで何度も、困難を乗り越えてきた。でも、今回ばかりは違う。言葉を扱うプロとして、この壁は高すぎる。
「私には無理なんだ…」そうよぎった瞬間、
「ねぇ、もうやめたら?」
頭の中で、もう一人の自分がささやいた。
「だって、子育てもあるし、体力だって限界でしょ?」
「そもそも、なんであなたが書いてるの?」
「あなたの言葉なんて、誰も必要としてないかもよ?」
「所詮『転生者』…この世界の文化を本当には理解できないよ」

その声は、どこか懐かしい。
かつて、教員時代に感じていた、“ちゃんとできていない”という罪悪感と、そっくりだった。
――あの頃も、保護者対応に追われて、教材準備が間に合わず、持ち帰っては深夜まで作業して。それでも、教室に立ち続けた。
――あのときと、今の私。何が違う?
私は、目を閉じた。
***
私は魔導ペンダントを手に取ると、ギルドの編集担当・リリスに連絡を入れた。
「実は、例の詩の講評が、うまく書けていなくて……」
返事が来るのは、思いのほか早かった。
『レオニスに相談してみたらどうかしら?』
―—断る理由はなかった。
レオニスに事情を説明すると、彼は意外そうな顔をした。
「魔力詩がわからない?」
「どう評価していいのか……言葉の感覚が違いすぎて」
レオニスはしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「なんつーかさ~、……ちょっち自分を過小評価しすぎじゃね?」
「え?」
「筆導士ちゃんの強みってなんだと思う?」
「……言葉の力?」
「それも正解だけどさ~、もっと大事なことあるんだよね〜」
レオニスは、窓から夜空を見つめながら続けた。
「『二つの世界を知る者』ってとこじゃん。日本っていう異なる文化から来た視点と、この世界で生きる感覚、その両方持ってるんだってこと、もっと出してもいいんじゃね?」
「でも、それが私の弱点……この世界の文化を完全には理解できない…」
「弱点は、強みにもなるっしょ?」
レオニスは私の肩に手を置いた。
「新しい視点で既存の文化を見れるってさ。それこそが、文学批評に必要な資質じゃね?」
「でも……」
「『魔力詩』は確かに難解だよね〜。でもさ、ずっと『国語の先生』として言葉に関わってきたわけじゃん。言葉がどう人の心を動かすかーーそれは世界が違っても変わんないっしょ」
なにかが胸の中で解きほぐれていくような感覚があった。
「そしてなにより」
レオニスは続けた。
「ハルトンとミオミオ、2人の子の『母』としての視点もあんじゃん。感情を理解して、共感する力っていうの?それって文学を読み解く上で最も重要な資質だと思うんだよね〜俺は!」
涙が頬を伝う。
「自分の弱さを認めることも、時には必要!完璧である必要なんてないじゃん!大事なのは、自分らしさだよ」
***

帰り道、レオニスの言葉を反芻した。
「2つの世界を知る者……」
確かに、日本の文学と比較するからこそ見えてくるものがある。また、母親として子どもの心情を理解するからこそ、登場人物にも共感できる。
家に戻り、もう一度資料を開く。
今度は違う視点で読んでみた。「理解できない」と思っていた表現も、子どもに絵本を読み聞かせる時の気持ちで読むと、少し見え方が変わる気がしてきた。
素直な気持ちが自然と湧き上がってきて―—気づいたら、魔導板に夢中で文章を書きつけている自分がいた。
「魔力詩『月の涙』を初めて読んだとき、私は戸惑いました。言葉が光り、感情が直接心に流れ込むような体験は、私の知る詩とは違ったからです」
率直に自分の感想を書く。そして、日本の詩と比較しながら、この世界の文学の独自性を浮き彫りにしていく。
「私自身、子どもに絵本を読み聞かせるとき、言葉が世界を創り出していると感じる瞬間があります。『魔力詩』とはまさにその純粋な形なのではないでしょうか」
夜が明ける頃、なんとか文章を書き上げた。完璧とは言えないかもしれない。でも、これは間違いなく「私の言葉」だ。

数日後、リリスが興奮した様子で報告してきた。
「講評、大反響ですわ!」
「本当!?」
「文学を『異世界からの視点』『母親の目線』で評価したことが斬新だ、というコメントが来ているようですわよ」
信じられなかった。苦しんだ末の文章が評価されるとは。
「なかなか書けなくて、悩んでいた文章なのに……」
「その正直さが、文章にも表れていて、それが逆によかった、という可能性もございますわーー完璧である必要なんてないのです。だいいち、子育てしながら、異世界で頑張っている……それだけでも素晴らしいことですわ。もっと胸を張っていらしてよろしくてよ……少なくても、私はそう思いますわ」
――どうして、こんなにも「ちゃんとやらなきゃ」と思うんだろう。
“いい母でいなきゃ”
“プロのライターらしくなきゃ”
“期待に応えなきゃ”
その「~なきゃ」で、自分を縛っていたのは、誰より私自身だったのかもしれない。
「あ、でもね」
脳内反省会を開催していたら、リリスが不意にこちらを振り返ってきた。
「あなたから素直に『わからない』って連絡いただけましたこと、嬉しゅうございましたわ。いつもでしたら、お1人でなんとかなさろうとするのに」
――あの頃も、保護者対応に追われて、教材準備が間に合わず、持ち帰っては深夜まで作業して。それでも、教室に立ち続けた。
――あのときと、今の私。何が違う?
「今の私には、仲間がいる」
「今の私は、誰かに頼ることができる」
それが、あの夜の答え。
「1人でなんとかしなきゃ」って思う私を、私は手放せた。
―—書けない夜が、無駄になることはなかった。
―—苦しみも、自信のなさも、誰かの胸に届く言葉になる。
『時に言葉にできない夜もある。書けない。伝えられない。そんな時は、ただ自分を許してあげればいい。完璧でなくていい。弱くてもいい。それでも、書き続ける。子どもたちのために、そして自分自身のために』
翌朝、魔導板にそんなふうに書き込むころには、不思議と心が軽くなっていた。
気取った比喩も、煌びやかな言い回しもない。
でも、たしかに“今の自分”にしか書けない言葉が、そこにあった。
続く
次回:第10章|種族を超えるのは、小さな手
お楽しみに。
召喚された異世界でライターになりました!~学校の先生、今は育児と原稿に追われています。〜

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