【第10章】召喚された異世界でライターになりました!~学校の先生、今は育児と原稿に追われています。〜 #創作大賞2025
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第10章|種族を超えるのは、小さな手

「明日の会議の資料は、これでできたから……」
ドラグノス卿の城で作業していた時のことだ。ふと、隣の部屋から小さな声が聞こえてきた。
「おとうさま、どこにいるの?」
扉の隙間から覗くと、そこには小さな竜の子どもがいた。体長は1メートルほど。震えながら、涙を流している。
「……どうした、フィル」
驚いたことに、優しく声をかけたのはドラグノス卿だった。
「おとうさま」って、ドラグノス卿のこと!? お子さんがいたなんて知らなかった。普段の威圧的な態度とは別人のような柔らかさで、子竜ーーフィルに話しかけている。
「窓がガタガタ鳴って怖いのです……またあの嵐が来たらどうしよう……」
ドラグノス卿は、やさしく、小さな竜を抱きしめた。
「……大丈夫だ。父はここにいる」
よそものが見てはいけない、やわらかくて温かいものを盗み見てしまったような……でも、ほっこり癒されるような。そんな気持ちになる。
ドラグノス卿も人の親、もとい「竜の親」だったのね。となると、発熱して納期を後ろに倒してもらったときの反応も、なんだか納得がいった。
いけないいけない。覗き見はよくない。私は自分の職務に戻ろうーー
「ーーそこにいるだろう」
ドラグノス卿の声が響き、思わずビクッ!と体が揺れた。
バレたか……。観念し、扉から顔を出す。
「すみません……」
「……いま見たことは、忘れろ」
「お邪魔してすみません。いや、でも、あの、素敵だと思います」
「ふん。人の子にえらそうに言われたくないわ」
でも、その声に怒りはなかった。
「あれ? あなたは誰?」
フィルがこちらに気づいて問いかけてくる。どうやら人懐っこい子のようだ。
「こんばんは。お父様の記録を書いている筆導士です」
ドラグノス卿は低く唸ったが、フィルは興味津々で私を見つめていた。
「筆導士? 文章を書く人? すごい! ぼく、お話が大好きなんだ」
「そうなの? 私にも同じくらいの年の子どもたちがいて、その子たちもお話が大好きだよ。ハルトとミオっていうの。もしかしたら、いいお友達になれるかも」
「ええ! 『お友達』? お友達って、あのお友達? 物語に出てくる? ぼくにお友達ができるの!? すごいや!」
フィルの目が輝く。
ドラグノス卿は、「残業でお迎えギリギリの時間になってしまった18時過ぎ、頑なに隣の公園に寄りたいと言われ従わざるを得ないときの親」と同じ目をしながら、言った。
「……フィル、あちらにいっていなさい」
「でも、おとうさま……」
「……筆導士の子どもたちとは、また別の機会に会わせよう」
予想外の言葉に、私は驚いた。フィルもまた、意外な展開だったのか、素直に、大喜びで自分の部屋に戻っていった。

「……フィルくん、素敵なお子さんですね」
ドラグノス卿は驚いたような表情を見せた後、深くため息をついた。
「……我が妻は、5年前の大戦で命を落とした。フィルは、彼女の最後の贈り物だ」
ドラグノス卿は窓の外を見つめた。空には2つの月が輝いている。
「竜族は、普通千年以上生きる。彼女は若すぎた。私が彼女を戦場に連れ出さなければ………」
「……どうかご自身を責めないでください」
思わず言ってしまった。口を出すべきではなかったのかもしれない。でも。夜、自分の子どもたちを寝かしつけた後に感じる感情を、卿の目にも見たのだ。
ドラグノス卿は長い間黙っていた。そして、ゆっくりと言った。
「あれは時折ああして、怯えて私のところにやってくる。とくに、強い風に敏感でな。妻が死んだのは、嵐の日だったからだ。何度大丈夫だと言っても治らない。ーー私は親として不十分なのかもしれん」
「とんでもない。愛情を持って接しているのが伝わりましたよ」
「ーー威厳など、子どもの前では無力だ」
ドラグノス卿はしばらく黙っていたが、突然言った。
「お前。今週末、子どもたちを連れてこい」
***

その週末、ハルトとミオは初めてフィルと出会った。先に話しかけたのは、初めての「お友達」を指折り数えて楽しみにしていたというフィルの方だった。
「こんにちは! ぼく、フィル! 友達になってくれる?」
「うん! ぼく、ハルト! こっちは弟のミオ」
「……こんにちは」
子どもたちは、あっという間に打ち解けた。
「ねえ、かくれんぼしよう!」
広大な城の庭で、三人は嬉しそうに駆け回った。ドラグノス卿と私は、少し離れた場所から見守る。
「あれは普段、同年代の子どもと遊ぶ機会がない」
ドラグノス卿が静かに言った。
「ーー日々、竜族の王子として、厳しい教育を受けさせているからだ」
「そうだったんですね。……私にはこちらの世界のことも、竜族のことも、詳しくないですけど……でも……きっと、どの子どもにも、他者とのつながりは必要です」
「……そうかもしれないな……」
その日以来、定期的に城に招かれるようになった。時には私たちの家にフィルが遊びに来ることもあった。
そんなある日のことだ。
フィルが泣きながら訪ねてきた。
「もうすぐ、成長式なんだ……。でもぼく、全然上手くできなくて、おとうさまにも怒られてばかり。もう時間もないのに、どうしよう」
成長式とは、竜族の子どもが初めて完全な竜の姿になる儀式だ。竜族のみで執り行われる伝統的なもので、竜の尊厳と権威を示す大事な場。
今回の成長式には、ドラグノス卿からの依頼で私も「記録員」として同席することになっていた。
「大丈夫だよ、フィル」
ミオが翼をさすった。
「ぼくたちがついてる!」
「……君たちは竜族じゃないのに、ぼくのこと、応援してくれるの?」
「族? ……とか関係ないよ。ねぇ?」
「うん、そんなの、当たり前だよ」
ハルトも元気よく言った。
フィルはもともと大きな目をもっと大きく見開いて、心底驚いた様子だ。
「ありがとう、2人とも。ぼくがんばるよ」
***

成長式の日。
竜族の聖域に集まった貴族たち。ドラグノス卿はその中心に座している。
私は記録をつけるために、全体を広く見渡せる、やや高い位置にスペースを作ってもらっていた。
儀式が始まると、フィルは空高く舞い上がった。竜の体が、魔法の炎に包まれる。
そこへ。ゴウゴウと空気を鳴らしながら、大風が吹きつけてきた。
「どうして!? 予報では今日は、風ひとつない晴天だったはずなのに」
炎の真ん中からは、大きな竜となったフィルが現れるはずだったのにーー途中で炎が不安定になり、フィルの叫び声が聞こえた。
「わあああ、こわい!こわいよ!」
嵐のような突風に、フィルは完全に飲まれてしまっている。
儀式が失敗すれば、フィルの命が危ない。竜族の長老たちは「干渉できない」と言い、動こうとしない。
ドラグノス卿を見るとーーじっ、と我が子を見つめていた。あの目を私は知っている。「子を信じて、見守る目」だ。
その時。
「フィル!!!」
会場のはじっこ、階段の上から子どもの声が響いた。……あれ? 聞き覚えのある、この声は……。
「大丈夫だから! ぼくたちがいるよ!」
間違うはずがない。そこには我が子、ハルトとミオがいた。なんであの子たちがこんなところに。貴族たちからもざわめきが起こる。
「なぜ人の子がいるんだ」
「誰が入っていいといった!」
「つまみだせ!」
成長式は由緒正しき竜族の儀式。そのため、会場内は原則「竜族以外立ち入り禁止」ーー。
ど、どうしよう。
慌てる私をよそに、子どもたちは2人で階段に並び立っている。
「フィル、がんばれ!できるよ!」
「フィル!がんばーれ!がんばーれ!」
力の限りの声を張り上げて、フィルを応援する2人。あの子たち、こんなにたくさんの竜たちの前で、あんなに堂々と……。
そんな2人の声が届いたのかーーフィルの炎が少しずつ安定してきた。すると。
「…………れ」
「………ばれ」
「……がんばれ」
会場からもぽつぽつ、声が上がり始めたではないか。
「かんばれ」
「あとすこし」
「そうそう、その調子」
気づけば貴族たちも、フィルを応援している。
「がんばれ」
「がんばれ」
会場の心がひとつになってーーそして、ついに輝かしい大きな竜が姿を現した。
「成功だ!」
会場は、熱い拍手と声援に包まれた。
「フィル!すごい!おめでとー!!!」
ハルトとミオも大興奮。その場で何度も飛び跳ねている。
会場のみんなにお礼を言うかのように、フィルは青空を大きく、のびのびと飛び回る。2つの太陽に照らされた鱗はキラキラと光り、まるで大きな虹のようだった。
***

儀式の後、ドラグノス卿は私たち家族を呼び寄せた。
「ハルトぉ!ミオぉ!ありがとー!!!」
フィルは元のサイズに戻り(成長式を終えた竜は、魔法でサイズを変えられるらしい……知らなかった……)、わんわん泣きながらハルトとミオと抱き合っている。
「人間の子どもたちの声がフィルの支えになるとはな……」
ドラグノス卿は唸った。
「成長式に他の種族が入り込むなんて、竜族の歴史でも初だ。ついでに、厳かな儀式があんなふうに大騒ぎになったのも初。前代未聞だ」
「だって、友達を助けるのは当たり前のことだよ!」
ハルトが真っ直ぐに言った。その言葉に、卿の目が驚きで見開かれた。ミオも訳知り顔で続ける。
「友達がいっしょーけんめいにしてたら、ガンバレするよね、フツー」
「フツー」
ドラグノス卿は、くくっと小さく笑った。そして、小さな声でつぶやく。
「そうか……これが『友を想う気持ち』か」
いや、待て待て。
なんだかいい雰囲気のところ申し訳ないが、私には1つ、腑に落ちていないことがあった。
「ところで。ハルト、ミオ」
母の低い声に、ぎくっ、と肩を揺らすハルト。
「なんであなたたちはあんなところにいたの? ママは今朝、確かに2人とも、保育所に送り届けたはずなんですけど」
ニコニコ笑顔でやってきたのはミオだ。
「あのねママ!すごいの!行きたいなって言ってたら、保育所まで迎えにきてくれたんだよ。それで、フィルのやつ見ていいって」
「……誰が……?」
「ド」まで言ったミオの口を、ハルトがあわててふさぐ。
「ミオ!!!だめ、ないしょって言われたでしょ!!!!!」
……察し。
未就学児の口に、戸は立てられぬ。
全部ドラグノス卿の思う壺だったってわけか。……いや、あの様子だと想像は少しばかり越えた、のかな?
振り返ると、ドラグノス卿はすでに退散したあとだった。まったくもう。しかし今日はお祝いの場、あれこれ詮索するのも野暮というものだ。
「ド……ドーナツが食べたいな〜、食べる人〜」
そうてきとうに声をかけると、竜と人の子どもたちは大きな声で返事をした。
「はーーーーい!!!!!」
ーーこの年をきっかけに、竜族の成長式に他種族も招待してよくなり、さらに子どもへの応援も可となるのは、まだもう少し先のお話だ。
続く
次回:第11章|読まれることで、つながっていく
お楽しみに。
召喚された異世界でライターになりました!~学校の先生、今は育児と原稿に追われています。〜

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