【第6章】召喚された異世界でライターになりました!~学校の先生、今は育児と原稿に追われています。〜 #創作大賞2025
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第6章|語彙力こそ異世界最強説

その日、私は武器を忘れて戦場に立った。
いや、正確に言えば、最初から武器など持っていなかった。だって私、元国語の先生で、ママで、筆導士だもの。戦場って何? 武器って何?
……なのに、気がついたら、私は“戦争”のど真ん中にいた。
***
オルド地方の中央会議。各種族の使者が集まり、恒久的な同盟を結ぶための重要な場だ。
私は、ドラグノス卿の“公式記録作家”として、その場に同行していた。
ーーが、会議は開始からわずか数分で大騒ぎになった。
「我らが民を“獣”呼ばわりするとはどういう了見か!」
「“未開の種族”と書いたのは、おまえらだろうが!」
「ちょっと待ってください、それは文脈上の比喩でして――!」
エルフ族の筆導士が青ざめながら弁明していた。どうやら先に配られたパンフレットに使った表現が、獣人族を怒らせてしまったらしい。
(まずい。会議どころじゃない……このままだと、剣か牙が飛び交う!)
いてもたってもいられず、私は飛び出した。
「ちょっと貸して!」
私は、筆導士エルフが手にしていた原稿をひったくり、場の中心に進み出る。
「みなさん、すこし話を聞いてください!」
学校仕込みの「腹から声」。そして"人の子"が場の中央に出てきたことにみんな驚いたのか、少し注意がこちらに逸れる。チャンスだ。
「“獣”という単語には、二つの意味があります。一つは侮蔑的な用法。もう一つは、野性の美しさや力強さを称える表現です」
会場が静まる。私は、深呼吸を一つして続けた。
「たとえば、“獣のような瞬発力”は、陸上選手の特性として使われます。“獣のような怒り”は、怒りの深さを強調する比喩です。比喩とは、ただの飾りではなく、“人の感情”に届くための装置なんです」
ーー黒板もスクリーンもない異世界で、まさか“授業”をすることになるなんてね……。
「だから、言葉は“使い方”がすべて。語彙は武器でもあるけど、刃の向きが大事なんです。例えるなら、斬れ味の良い刀。適切に研がれ、正しい方向に振るわれた言葉は、誰も傷つけず、真実を切り取ることもできるでしょう」
――ざわっ。
少しずつどよめきが広がる。
「あなた方が怒ったのは、“傷つけられた”と思ったからですよね。謝罪してほしいんじゃない。理解してほしい。そして、それを伝わる言葉にしてほしい」
その瞬間、空気が変わった。
獣人族の族長がゆっくりと立ち上がる。
「お前……ただの書き手ではないな」
「……私は、もともと学校の先生でした。子どもたちに“ことばの使い方”を教えてきました。今は、それをこうして別の方向に使っているだけです」
族長は鼻を鳴らし、ぐいと顎を上げた。
「よし。ならば理解し合えるまで戦おうではないか。力ではなく、言葉で!」
こうして、会議は“討論”という名の新たな戦場に移った。
***

以降の議論は、まさに言葉の応酬だった。
「“支配”と“保護”は違う。“従わせる”のではなく、“共にある”ことが同盟の本質では?」
「“開発”という言葉には、我らの森を壊す意図があるのか?」
「“調和”とは妥協か? それとも共鳴か?」
それぞれの種族が、自らの文化と言葉を通して問いを投げかけてくる。言葉が、火花のように飛び交った。
私は、そのたびに「言葉の背景」を紐解きつつ、誰もが納得できるような言葉を一緒に探した。
「上下関係を示す響きのある言葉は避けて"共存の枠組みづくり”という表現に変えてみませんか? 相手に合わせるのではなく、“対等な調整”というニュアンスを持たせることで、より正確に本意を伝えられると思います」
静かだったドラグノス卿が、「ほう」とうなった。
「人の子のくせに、なかなかやるではないか――言葉の鍛冶師だな」
鍛冶師。この世界では、武器を作る者への最大級の敬意を込めた呼び名だ。

「確かに。“語彙”は鍛えるものですものね。場に合わせて、刃を削り、光らせ、重みを調整する。そうすれば、言葉は心を射抜ける武器になります」
語彙は最強の戦術。
異世界においても、力や魔法ではなく、“言葉”で人と向き合うことができるのだと、その私は確信していた。
***
会議は、夜を徹して続けられた。
けれど、殺気は消えていた。むしろ皆が、例え話を交えながら、自分たちの思いや文化を語り合っていた。
剣も魔法も持たない私が、この世界で持ち得た最強の武器。それは、語彙。
――この世界で、私は“先生”でなくなったけれど。
知識は、語彙は、今も、誰かを救えているのかな。
「……言葉とは、灯にもなるものなのだな」
ドラグノス卿がぽつりとつぶやいた言葉が、私の心をすこしだけ、明るくしてくれた気がした。
次回:第7章|書いて、育てて、生きていく
お楽しみに。
召喚された異世界でライターになりました!~学校の先生、今は育児と原稿に追われています。〜

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