【第7章】召喚された異世界でライターになりました!~学校の先生、今は育児と原稿に追われています。〜 #創作大賞2025
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第7章|書いて、育てて、生きていく

魔導ペンダントが鳴ったのは、納期の2日前だった。
胸元で揺れる石が、震えるように赤く点滅している。これは異世界の通信機であり、私が「遠隔締切タイマー」にもしている代物でもあった。
「まさか、ドラグノス卿からの修正依頼……?」
が、次の瞬間、魔導ペンダントに映し出されたのは、保育所の管理精霊からの通信だった。
我が家の兄弟ーーハルトとミオは、今月からギルドの保育所に通い始めた。慣らし保育も終わって、さぁいよいよフル登園!となって1週間なのだが……。
ああ、こんなところまで現代日本と同じじゃなくていいのにぃ。……なんて、言っていられない。観念して、保育所からの通信を取る。
「ミオくんの体温が通常より2単位高く、軽度の魔熱の兆候が――」
魔熱。それは現実世界のインフルエンザのようなもので、悪化すると高位魔導師でも命を落とすことがある。
慌てて原稿を保存し、魔導板を閉じた。執筆していた「精霊王との対話記録」の原稿は、まだ6割ほどしか書けていない。
――締切まであと少し……どうする?
――今日は夜通しで原稿を仕上げて……
――いやいや、まずはミオでしょ、落ち着け私。
頭の中フル回転でこのあとの展開を組み立てながら、保育所に向かった。

保育所につくと、ミオは大きなベッドで汗をかきながら寝ていた。
看護精霊の診察によると、初期症状のうちに治療すれば大事には至らないとのことだった。安堵と同時に、疲労が押し寄せた。
今日の夕飯は、ミオのために作ったおかゆのあまり。もちろん、子どもたちが手をつけた食べ物の残りは食べない。少々もったいないけれど、これは「保育園の洗礼」対応の鉄則。子どもの感染症を、兄弟や親がもらったら一大事である。
ハルトにも別メニューを作り、「ごはんだよ」と声をかける。何度呼んでも、部屋のすみでだまって絵を描いていた。
具合の悪いミオの対応にかかりきりになっているのが面白くないのかな。でも、ミオの看病もあるし、このあとやらないといけないタスクも山積みだし、ここで時間をロスしているわけにもいかない。
「ハルト! 聞いてるの?! 早く来て!」
思わず語調が強くなる。なのに、ハルトは沈黙を貫き、頑なに座り込んだままだ。
いつもなら、もっと優しく声をかけてあげられた、かもしれない。ハルトも具合悪いのかな?と気遣えた、かもしれない。でも、今日はもう、いろいろと限界だった。
「ご飯食べないのね! 来ないならもう片付けるよ!」
ビクッと肩を震わせて、慌ててハルトがやってきた。
「食べる」
「じゃあなんでもっと早く来ないの!」
「〜〜〜!!! い、い、いま、いこうと思ったのにママだって仕事仕事って、ハルと全然遊んでくれないくせに!」
わぁあああ、と、ハルトはボロボロと泣き始めた。
ハルトがこんなふうにわんわん泣くことは滅多にないので、ぎょっとする。そして、自分に余裕がなく、強く言いすぎていたことに気付かされた。
「ご、ごめんハルト……ママ……」
と、そのとき、魔導ペンダントが赤く光った。なんだなんだこんなときに! 後回しにしようとしたが、ちらと見えた送り主はドラグノス卿だった。【要修正】の文字が見え、反射的にメッセージを開く。
要修正。あまりに凡庸。ドラゴンの鱗を貫く原稿にせよと申したはず。修正稿、明日の第二の月が昇るまでに提出されたし。
添付されていたのは、真っ赤に染まった原稿。メール越しにドラグノス卿の怒りが伝わってきて、空気が震えた。
……こんなにたくさん指摘されるの初めてだ……。「調子に乗るな」と、ほほをひっぱたかれた気持ちになり、思わずため息がもれる。
「……こわいよぉ……」
ミオの声に、ハッとダイニングに顔を向けると、 ハルトとミオがこちらを見ていた。いけない、私、また仕事を優先してる。と、我に返ったときには遅かった。
「ママ、おしごと……?」
心配そうなミオ。
「……ぼくやっぱりごはんいらない。もう寝る。おやすみなさい」
ハルトはぼそぼそとそう言うと、1人で寝室に向かって行った。
「ハルト……ごめんね……」
背中を追うけれど、目の前でぱたんと扉が閉まる。足元には、ハルトがさっき描いていた絵が落ちていた。
ーー絵の中の私たちは、笑顔で、桜の下でお弁当を食べていた。
パパ ママ はると みお

向こうの世界では、春になるたびに家族でお花見に行っていた。レジャーシートを敷いて、お弁当を広げて。どんなに忙しくても、必ず時間を見つけていたのに。
こっちに来てからと言うもの、仕事と家事、育児、慣れない世界への対応。目の前のことにかかりきりで、子どもたちを置いてけぼりにしてた。
反省の言葉を反芻しつつ、ミオにおかゆを食べさせ、薬を飲ませてから寝かしつける。
9割がた寝落ちているミオが、うっすらと目を開けて、言った。
「……ママ、しごと、してていいよ」

冷えたおかゆを鍋から直にスプーンですくって食べながら、夜のタスクをリストアップしていく。保育所の支度、納期の原稿、修正稿のチェック、メールの返事……明日ミオは登園できないだろうから、家事も前倒してやっておこう。それから……。
ーーそういえば、こっちにくる前の晩もこうやって、ミオの残したおかずを食べてたなぁ。
ふと、あのときの私と、今の私が、重なった。
「なんで私は、こんなにも両方をやろうとしているんだろう?」
働くことを辞めれば、きっともっと楽になるのに。
……でも、捨てたくない。
“わたし”は、“誰かの母”である前に、“自分自身”。
でも、“母であること”は、確かに“自分自身の一部”でもある。
どちらかを“犠牲”にするのは、どちらの自分にも嘘をつくことになる。
「ママ、しごとしてていいよ……」
小さな我が子からの言葉を思い出し、思わず泣きそうになる。
でも、泣いている場合じゃない。
今夜は、間に合わせなきゃいけない。
息を大きくついてから、椅子に座り直す。手元にあった水をぐいと飲み干すと、魔導板を開いた。
書け。
書け。
母としての不安を抱えたままでも、
眠気と戦いながらでも、
誰にも評価されなくても――
私は、書く。
“生きるように、書く”
“書くように、生きる”
誰かの言葉に勇気づけられたことがあるなら。
言葉で救われたことがあるなら。
その“恩”を、私は書くことで返したい。
これは、戦いではない。だけど、私にとっては“生きること”そのものだ。
母であっても、ライターであっても。
どちらも本気でやる。
どちらも、誇りを持って。
続く
次回:第8章|寝て、治して、また書くために
お楽しみに。
召喚された異世界でライターになりました!~学校の先生、今は育児と原稿に追われています。〜

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