第166話 本音の絶叫と己の翼
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何もかもから自由になる為に、やり始めた事と親にために溜め込んだ本音とは?
2月6日(木)朝の出かける前でした。
「お母さん?私、家でてくから!」
「出てく?!」
「もう透析後に一宮の自宅まで帰り続けるの無理!」
透析はフルマラソンくらい疲れる。
それを家族は理解していない。
そんな疲れ果てた体で、電車を乗り継いで自転車をこいで帰ってくるなんて、、慢性心不全も併発している私には命懸けだ。驚異的な事を続けていた。
自分を一刻も早く楽にしてあげないと、心が枯渇する一方だと思い、バタバタと動き始めた。
「お母さん死にそうだから、そばにおってほしいんだわ」
「透析後にしんどい体で電車乗り継いで帰ってくるの無理なの!お母さん私の事愛してる?!私への腎臓移植断った後も居てあげたでしょ!!!!」
ボタボタ涙を流しながら絶叫した。
「私は増子(名古屋市中村区の増子記念病院)の近くに住むから!もう無理!限界なの!!!」
今年の4月で透析歴は34年をむかえる。
1度も腎臓移植しないままで、血液透析を続ける為に何度も手術を繰り返し耐えに耐えてきた。
「無念。無念。」
どこまでも自分の感情を優先させようとする母。
名古屋へバタバタと出かけ、就労移行支援事業所で顛末をポロポロと泣きながら報告した。
「よく言えましたね。それでいいと思います。岸さん犠牲になってきてましたから。」
「遺産放棄手続きもしようと思います。」
「そうですね。身軽になって。」
2月15日(土)9:00
「これ、電気料金の支払い行ってきて。お母さんもう行けれないから。買い物も行けないし。」
とんでもない事は重なるものだと理解していても、楽になりたいのに足に50kgの重りが付いている様だ。
急遽、妹と話して近場の病院へ母を連れていく事にした。
母の血液検査と胸部レントゲンを済ませ、診断は血液検査にもレントゲンにも問題点はなく、老化と思われるので地域包括支援センターへ。
介護保険制度を利用する手続きやら色々説明をされ、ぐったりとして帰宅した。病院にいる間に名古屋での予定は電話でキャンセルした。
軽くお昼ご飯を食べ、ベッドに入るも自分の頭の中には洗濯・買い物・夕ご飯が渦巻いていた。
妹は午後から職場の人と会うらしく出かけた。
兄は朝から出かけていた。
横になるのを諦め、買い物へ行って洗濯しご飯を炊いて、洗濯物を干して、母に微塵切りにした小松菜を入れた雑炊を作り、お椀を温め盛り付け母に手渡した。
そして今19:20。
次は自分の透析食を作って食べないと。
食べないとフルマラソンな血液透析を耐えられない。食べて動かないと体力は低下し、更に整形外科通いが増える。
何としても腎臓移植まで体を保たなくては。
移植しても楽しめない体では、移植した意味が無くなる。
自分の翼を信じて、飛びたて!!!
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