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「困ってない」その一言が教えてくれた、車椅子の息子のまっすぐな強さ

以前の話。
バリアフリーをテーマにした番組のディレクターに
「車椅子での生活で困っていること」を話す機会があった。

そのときの息子は中学3年生。
高校進学を控え、進路に迷っていた時期だった。

私は、親として現実を語った。
車椅子で通える公立高校は、ハード面で限られていること。
私立高校は設備が整っていても、支援員をつけることが難しく、
受け入れを断られることもあること。
そうした“壁”を淡々と伝えた。

けれど息子は、あっけらかんと言った。

「別に困ってないよ。」

ディレクターさんがさらに聞く。
「これから学校や仕事のこと、大変なことがあるかもしれないけど?」

すると彼は少し考えて、肩をすくめて答えた。

「うーん、仕事がなければ、自分で作ればいいし。」

その瞬間、私は固まった。
いや、正直軽く“衝撃”を受けた。

これまで私は、進行していく病気に対して
「大変だろう」「嫌なことも多いだろう」と
どこかで“母親の脚本”を頭の中に描いていたのかもしれない。

でも息子は、その台本をスッと取り上げて
「いや、それ、ちょっと違うストーリーなんだよね」
という顔で、新しい原稿を書き始めたように感じた。

しかもそれは、もうすでにハッピーエンドの筋書き。

驚いて、嬉しくて、
思わず心の中で拍手していた。

もうこの人、自分の人生の主役として、
そして監督として、生きているんだなと感じた。


小学生のころの彼はよく泣いていた。
「なんで自分ばっかり」と。
少しずつ歩けなくなっていく時期。
お風呂の中から、すすり泣く声が聞こえた日もあった。

あの頃の彼を思うと、今の言葉が信じられないくらい強い。


その当時、病院の親の会で出会った高校生のことを思い出す。
同じ病気を持ちながら、20人ほどの前で、
自分の経験や気持ちをまっすぐに語っていた。

私は涙が止まらなかった。
「こんなふうに、自分の言葉で生きられる子に育ってほしい」
そう願った。
それができたら、もう病気とか関係ない。
そんな人生は、誰よりも誇らしい。
あのとき、私はそんなことを思っていた。


そして今、その願いは静かに叶っている。

小学生の頃は泣いて、怒って、
何かにあたることもあった彼が
中学生になってからは驚くほど落ち着いた。
「できない」よりも「どうすればできるか」を考えるようになっていた。

私が、あの高校生の姿に憧れた日から、
いつの間にか、息子自身がその姿になっていた。


「困っていない」と言い切る強さ。
その一言の裏にある、無数の涙と
静かな葛藤を私は知っている。

だからこそ、彼の笑顔がまぶしくて、
嬉しくて、そして少しだけ…ぽかんとする。

完全に、親の想像を超えている。
気づけばもう、私は彼に教えられる側になっていた。


番組には使われなかったインタビュー。
けれど、あの日の息子の言葉こそが、
私にとって一生忘れられない“名場面”になった。

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