見出し画像

タイピングミスの女王

 近頃、なんでも大げさな言い回しが流行っている。

 一時期は、ちょっとしたことにも《神》を使うことが多かったが、最近では、《一生》をよく耳にする。
 美味しい物を口にしたとき、
「これ、一生食べていられる!」
 と、若い人が言っているのを見た。どうやら、《延々えんえんと》や、《ずっと》という意味で使われているようだ。
 ハンカチ一枚洗うのに、コインランドリーに出掛けるくらい、大げさな表現に思えるが、少しオーバーなくらいが会話が弾むのだろう。

 なぜ、そんな前置きをしているのかというと、私自身が迂闊うかつにも、《タイピングミスの女王》などという大げさなタイトルをつけてしまったからだ。

 《タイピングの女王》であれば、職場でも重宝されそうだが、そこに《ミス》がつくと、途端に役立たずになる。どこから見ても、不名誉な称号でしかない。だが、そんな冗談を抜きにても、私のタイピングミスは度を越している気がする。
 こうしている今も、早速、《ミス》《ミサ》と打ち間違えた。
 なんだか教会にでもいるような厳かな気分になったが、《タイピングミサ》という、謎の儀式を誕生させてしまったことに、頭を抱えた。

 私はこれまで幾度となく、ブラインドタッチができるようになりたいと、タイピング練習をしてきたのだが、小指と薬指を無理に使おうとすると、背筋が固まる。小指で《A》やエンターキーを押せない。押そうとすると肩が斜めに傾くのだ。

 そんなわけで、私がタイピングのときに使っている指は、主に人差し指と中指。あとはスペースキーを親指で押すくらいだ。しかも、キーを見ながら打っているので、ミスがあってもすぐに気づかない。キーボードから視線を外し、画面を見てようやく、おかしなことになっていると気づく。

 その程度のタイピング能力しかないにもかかわらず、生意気にも私は、pomeraやパソコンを使って、エッセイや小説なんぞを書いている。


 ある日、小説を書いていて、

《過ぎた時間は戻らない》

 と、書いたつもりで画面を見たら、

《杉田次官は戻らない》

 に、なっていた。
 身に覚えのない人物の登場に衝撃を覚えながら、私は謎の官僚《杉田次官》にお引き取り願うべく、人さし指でバックスペースキーを押す。そして、《杉田次官》を登場させてから一時間も経たないうちに、画面を見てずっこけた。

《悪さをした男を懲らしめる》

 と書いたつもりが、

《サルサをした男を懲らしめる》

 に、なっていたからだ。
《悪さ》ならばまだしも、《サルサ》なら、別に懲らしめる必要はない。陽気に踊らせておけばいい。これは《w》と《s》を打ち間違えたことによって起こった悲劇である。

 それだけではない。
 サルサとは別の日に、喫茶店にいるシーンを書いていた。
 注文したアイスティーが運ばれ、そのグラスをテーブルに置いたところまで書き、画面に目を向けると、

《アイスティーを置く》

 が、

《アイスティーを億》

 に、なっていた。

飲み切れない。

 そんなにあったら、テーブルに置ききれないし、作るのも大変だ。町中の氷やグラスを搔き集めても足りない気がする。

 まだある。

《大きな雪崩》
 
が、
《いい気な雪崩》
 
になっていたり、
《指の温度を感じている》
 と、書いたつもりが、
《指の音頭を感じている》
 になっている。サルサだの音頭だの、私のタイピングミスはどうも踊りがちである。

 ここまで読んでお気づきの方もいらっしゃると思うのだが、タイピングミスだけでなく、誤変換によるミスも多いのだ。
 唐突に《杉田次官》が現れ、《アイスティーを億》も並べられ、《指の音頭を感じる》羽目になったのは、珍妙な誤変換を繰り広げる、pomeraの罠である。
 ここまでくると、私の胸にこんな疑念が湧き上がってくる。いい気になって、《指の温度を感じている》なんて、いけすかないことを書こうとする私にpomeraが、

「お前なんぞには《音頭》のほうがお似合いだ」


 と、言っているのではないか。
 そんな被害妄想に苛まれながら、私は唐突に訪れた夏祭り感を追い払うように、バックスペースキーを押した。

 こうして連日、私は何かしらのタイピングミスを犯しながら生きている。《てるてるぼうず》《てつてつぼうず》になっていたり、《冗談いう》が、《銃弾いう》になっている日々を送っている。

いわない。

 昨日も《強風で電車が止まる》と書いたら、《強風で戦車が止まる》になっていた。それを夫に報告したら、
「強風で止まるような戦車じゃ戦えないよ」
 と笑われた。 

 しかし、そんなタイピングミスをしながら、ふと思うのだ。

 私は《銃弾》や《戦車》が出てくるような物騒な話は書いていない。登場人物に、《サルサ》や《音頭》を踊らせることもない。
 もしやこれは、つまらない話ばかり書いていないで、たまには銃弾をぶっ放し、登場人物にサルサでも踊らせてみろという、小説の神の啓示なのではないか……。だとするならば、このクセの強すぎる神の啓示に、私はどう答えたらいいのだろう。

 そんなことを考えながら、今日も私はpomeraの前で、タイピングミスの女王と化している。

 



 
 




 


いいなと思ったら応援しよう!

花 丸恵 お読みいただきありがとうございました! サポ―トのお金は資料本や必要な書籍購入の資金にさせていただきます。

この記事が参加している募集