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タイピングミスの女王の座

 権力の座というものはいつの時代も危うい。
 三日天下で有名な明智光秀は天下を獲ったと思った約2週間後(11日~13日後)に秀吉にその座を奪われている。
 なんだ、三日じゃないのか。
 なんて思ってしまったが、世界史を覗くと三日未満の天下人がいたりするので驚きだ。その人の名はルイス・フィリペ。ブラガンサ朝のポルトガル国王だった人である。

 その在位時間はなんと約20分。

 短すぎる。小学校の給食時間よりも短い。
 なぜそんな事態になったかというと、1908年2月1日、父のカルロス1世とともに馬車に乗っていたときに襲撃され、父の国王は即死。息子であるルイス・フィリペも重傷を負い、父の死から20分後、彼も息を引き取ったからである。

 つまり、父の死から自分の死までの20分間が、彼の在位時間だったというわけだ。

 即位式もしなかったので、その20分を在位期間とするか否かは意見が分かれるところらしいが、一応、ルイス・フィリペは世界で一番在位期間の短い国王としてギネスに記録されている。

 なぜ、こんな前置きをしているのかというと、私自身が以前、迂闊うかつにも、自分のことを《タイピングミスの女王》と、名乗ってしまったからだ。

 あれから一年以上の時が過ぎた。そろそろ脅かされてもいい《座》のはずなのだが、私は誰からも襲撃されることなく、日々、数多のタイピングミスを繰り返している。

 今年の二月。衆議院選が行われた影響を受けたのだろうか。私のタイピングミスは軒並み政治色が強くなった。

《今夜のねぐらはここに決め、》
 
と打ったのに、
《今夜のねぐらはここ二期目、》
 
と誤変換されていた。前回が初当選だったんだな、なんて思った矢先、

《本当はやさしい》
 
と打って画面を見たら、
《保温党はやさしい》
 
になっていた。
 保温党……随分、ぬくぬくした政党を立ち上げたものだと呆れていると、

《余計なお節介しそうになる》
 
が、
《余計なお節介思想になる》
 
になる始末である。

 保温党が、妙なイデオロギーを掲げたところで衆院選が終わると、今度はおなか空いたのか、

《快感を得ようとして》
 
と打ち込んで、モニタを見たら、
《カニ缶を得ようとして》
 
になっていた。

《KAI》と打った後、どういうわけか、人差し指が《N》を押してしまったらしい。衆院選が終わっても、なかなか物価高は止まらない。こんなご時世、得られるならば、《快感》よりも《カニ缶》のほうがありがたい気はする。

 食べものにまつわるタイピングミスはまだある。

 そのとき書いていたのは恋愛小説部門に応募するための小説だった。しかし、私が恋とは無縁の生活を送っているせいだろう。

《抱きしめられたとき》
 
と打ち込んで、画面を見たら、
《出汁決められたとき》
 
になっていた。

 確かに、出汁が決まると料理は何でもうまくなるが、タイピングミスにしては、ちょっと鰹節の香りが漂いすぎている気がする。

 カニだの出汁だの言っていると、なんだか酒が恋しくなる……と思っていたわけではないのだが、
《心に浮かび上がる》
 
と打ったら
《心に浮かビアがる》
 
と誤変換された。

 グラスにこんもり浮かビアがるビールの泡を思い浮かべながら、私は愛用のポメラに、
「おまえは相変わらずだな……」
 とつぶやいた。

 ポメラとは、キングジムが販売しているテキスト専門のガジェットだ。


 ネットに繋がず作業ができるので気が散らない。軽いコンパクトボディの憎いやつなのだが、使っていると、本当に憎らしくなることがある。それほどまでに、ポメラの誤変換は謎に満ちているのだ。

《滝行をした》
 
と打ったら、なぜか
《他企業をした》
 
と変換されるし、
《完飲しないように気をつけたいと思います》
 
と打ったら、
《姦淫しないように気をつけたいと思います》
 
と変換され、ぎょっとした。ポメラの邪心を清めなければならないと思った私は

「滝行でもしてこいっ!」


 と思わずポメラに叫んでいた。

 とはいっても、やはりポメラばかりを責められない。一番多いのは誤変換よりも、私のタイピングミスだからだ。

《その日がきっかけだった》
 
と打てば
《その屁がきっかけだった》
 
となり、
《返事が来た》
 
と打てば、
《返事がこいた》
 
になっている。

 こうして書いているだけでも、鼻が曲がりそうだ。滝行をしなければならないのは、ポメラではなく私のほうかもしれない。

 おそらく、私の指はタイピングに向かないのだろう。《たぶん運動神経が鈍いせいかもしれない》と打とうとして、画面を見たら、
《たぶん運動神経が鈍いせいかもしれないお》
 
と余計な一文字が加えてしまうくらい、私は指先ひとつ満足に動かせない。

 どうやら、《I》を打った弾みで、隣の《O》に指が触れてしまったらしい。我ながら、「嘘だろ!?」と、思ってしまう。ここまでくると、ちょっとおかしい。

 本当に病気かもしれないお。(^ω^)

 などと思ってしまう。

 病気といえば、
病気を乗り越えましょう》
 
と打って、
《狂気を乗り越えましょう》
 
になっていたこともあったし、
《父が入院してるんだ》
 
と打って、
《父が吸引してるんだ》
 
になってしまったこともある。

 登場人物を無意識にダイソン化させてしまう私は果たして、この病から完治できるだろうか。まったくもって自信がない。

 しかし、そんな私もこの度、期せずしてタイピングミスの女王の座から退くことになった。つい先日、

《泥のようになった》
 
と打ったら、
《殿のようになった》
 
と表示されていたからだ。

 かねてより退きたいと思っていた女王の座を明け渡し、今日から私は

タイピングミスの殿様


 として生きていこうと思う。

 


↓画像付きのおまけ↓

 《芭蕉》ではなく《場所》と打ちたかったのに……うっかり芭蕉を召喚してしまった。

来ちゃった。


 ちなみにタイピングミスについての前回の投稿はこちら。

そのほかのタイピングミス一覧

振り返ると→風呂帰ると
久々の対面→久々の退園
我ながら思う→割れながら思う
親孝行→ぴゃ孝行
ソフトクリームまで食べ放題→削ぐとクリームまで食べ放題
自己嫌悪に陥った。→自己嫌悪にポチ言った。
美人の類→武人の類
鼻の奥がツーンとして→鼻の奥ガツーンとして

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