レンチン彼氏② 初仕事<後編>
前編はこちら↓
それから私とレン君は、テレビゲームをやった。
「うわっ! 強くないですか?!」
コントロールを握りながら、レン君がこちらを見る。
「『ふよふよ』をやりこんだ私は、そんじゃそこらのプレイヤーとは違うのよ」
「じゃあ、僕の設定は『普通』でいいですか?」
「うん。だから最初にそうしな、って言ったじゃん」
「こんなに強いと思いませんでしたから」
レン君はそう言って笑う。
私は彼の笑顔を見て、それから視線を窓の外にそらす。
夜の色が、薄くなってきている。
時計を見ると午前二時過ぎだった。
「わーい! 勝った!」
その言葉に、慌てて画面を見ると、私は負けていた。
レン君はうれしそうに笑ってから、言う。
「どうしたんですか? 手を抜きすぎましたか?」
「ああ、うん。ごめんね」
「あの」
レン君はそこで言葉を切って、それから続ける。
「なにか、悩みとか、愚痴とかあるなら聞きますよ」
「え?」
「さっきから、心ここにあらずというか、寂しそうな顔をする時があるのが気にかかっていたんです」
レン君の言葉に、私は「別に何も」と答える。
「僕は、朝には溶けます。もう二度と、あなたには会えないと思うんです。だから、ぬいぐるみにでも話す感覚で」
「ぬいぐるみって」
「あ、もちろん守秘義務もあるので聞いた話は口外しませんし」
レン君はそう言って、あっさりとこう続ける。
「僕たち『冷凍人間』は、溶けると記憶が消えるんです。すべての記憶ではなく、数日間の記憶だけですが。だから、秘密は守れるというより記憶できません」
「なんだそれ。初耳だよ」
「ここまで言う必要はないかなーと思ったんです。ただ何となく浅い会話をするだけなら、この説明は省いても良いと言われていますし」
「他の仕事が門前払いになる理由は、記憶のリセットが原因?」
「そうですね」
レン君は、そう言うと笑う。それが自嘲のように思えた。
なんかそれ、すごく悲しいな。
だからそういう仕事しかないのか。
住む家がないのは、全部忘れちゃうからか。
それならそれで、対策とかできないのか。メモとか。
でも、メモ書いたことも忘れるのか。色々と厄介だな。
そんなことをうだうだと考えて、レン君を見ると、まじめな顔でこちらを見ていた。
私と目が合うと、ふにゃりと頼りなさ気な笑みを見せる。
私は大きな大きなため息をつき、それから口を開く。
「恋人ができても、長く続かないの」
「どのくらい続かないんですか?」
「今まで最長、五ヶ月かな。大体一、二ヵ月で別れちゃうの」
「それは……愛美さんがフラれるんですか?」
「なぜ私がフラれる前提?!」
「あ、いや、すみません」
「私が、フるのよ。なんか好きな気持ちがすーっと冷めちゃうっていうか、愛せる自信がなくなるから」
そこまで言ってから私は、「最低よね」と呟く。
レン君は少しだけ笑ってから言う。
「ええ。まあ」
「そこはフォローしよう?」
「え?! でも、僕、思ってもないこと言えませんし」
「そうだろうね」
私の言葉にレン君は罰が悪そうに視線をそらしてから、自分の着ている服に視線を落とす。
「もしやこれも、元彼の?」
「うん。元彼は最長五カ月、続いたのよ。だからここにも何度か泊まりにきてたんだけどね」
「弟ではないのですね」
「うん。なんか元彼の話するの嫌だったから」
私はその場にごろんと寝転んでから続ける。
「あー。私、恋愛向いてないのかなー」
「違いますよ」
レン君がまじめな口調でそう言った。
それから彼は、私を見下ろしつつ続ける。
「まだ本当に愛せる人に出会っていないだけですよ」
レン君のその顔は真剣だけど、なんだかきれいで、ついつい見とれてしまう。
時刻は午前三時。
見とれているひまも、眠気と戦っているひまもない。
眠気と必死で戦っていたその瞬間。
ピーンポーンとインターフォンが鳴り響いた。
「お客さんですか?」
レン君が立ち上がる。
「午前三時過ぎだよ? もしかしたら私たちがうるさいってお隣からの苦情かも……」
うるさくしている自覚はなかったけれど、ついつい声が大きくなってしまったかもしれない。
そう思いながら私は玄関へ。
ドアスコープを覗くと、ドアの前に立っていたのはアロハTシャツにサングラスといったいで立ちの男。
元彼だった。
うわ、よかった先に相手を見ておいて。
私はドアの鍵もチェーンもかけていることを再度確認して、それからドアに背を向けた。
「いいんですか? お客さん」
不思議そうなレン君に、私はうなずく。
「うん。午前三時に人の家を訪ねてくる非常識な人、相手にしないほうがいいよ」
「それもそうですね」
「じゃあ、『ふよふよ』またやる? それとも、現世ゲームにする?」
私がレン君にそう提案した瞬間。
ピーンポーン、ピーンポーン、ピーンポーン、ピーンポーン……。
インターフォンが連打される。
「あ、現世ゲームはふたりじゃ退屈かな」
インターフォンを無視して私がそう言い終えた時、ドンドンとドアを叩く音に代わった。
「おい、いるのは分かってんだよ!」
元彼の声がドア一枚を隔てたところで響いてくる。
私は思わず耳をふさぐ。
「電話一本で別れた気になってんじゃねえよ! 俺は別れたつもりはねーんだよ!」
元彼の怒鳴り声に、私は思わず玄関のドアから一番遠い部屋の隅へ走る。
そこでしゃがみこんで耳をふさぐ。
体が震える。
レン君がオロオロして、「え、あの、」と言っているのが聞こえた。
でも、状況を説明できるほど、私は冷静ではない。
早く嵐が過ぎ去れ、と言わんばかりに身を硬くして耳をふさぐだけだ。
「おいっ! いい加減にしろよこのブス! 早く開けろクズが!」
元彼の怒鳴り声に、私は布団をかぶろうとする。
その時、レン君が玄関に行くのが見えた。
レン君は何を思ったのか、玄関のドアを開けようとしている。
「レン君、開けちゃダメ!」
そう叫んで、私も玄関に走る。
レン君はドアを開け、元彼をにらみつけた。
それから元彼の胸倉をつかんだ。
ものすごい力らしく、元彼は慌てていた。
レン君は、それから力いっぱい叫んだ。
「愛美さんのことを、ブスだとかクズだとか言うなあああああ」
廊下に響いた声に、お隣さんどころか、その隣の人まで何事かと家から出てきた。
私はチャンスだとばかりに大声で言う。
「このアロハでサングラスの男に、乱暴されそうになったんです!」
タイミングよくレン君が元彼から手を離す。
「警察を呼ぼうか?」とご近所の人が言う。
その言葉に、元彼は「覚えてろよ!」と捨て台詞を吐いて逃げて行った。
迷惑をかけたご近所さんにお詫びとお礼を言い、私は再びレン君と部屋に戻った。
本日何杯目かわからないアイスコーヒーを飲みながら、落ち着いたところでレン君に切り出す。
「元彼への愛が冷めたってのは本当。でも、気に食わないことがあると私の物を壊したり、突き飛ばしてきたりして乱暴なの。それで別れた」
「なるほど。控えめに言って最低な元彼だったんですね」
「うん。最初は、出会った頃はそんな人じゃなかったんだけど、でも、まあなんてゆーか、最初から変に威圧的なところはあったかも……」
「それで別れたってことですか。でも、元彼は別れた気ではないみたいですよ」
「他に女がいるってのは分かってた。だから、もうここには来ない思ってたんだけど、その女にも愛想つかされたんでしょ」
「なるほど。控えめにいってクズ男ですね」
レン君はうんうんとうなずきながらアイスコーヒーを飲む。
その横顔が、すごく愛しい。
さっき元彼に言い返してくれた場面が、頭の中で何度も何度も再生される。
うれしかった。
それに、すごくかっこよかった。
「ありがとう。怒ってくれて」
「そりゃあ、僕は今日限りとはいえ、愛美さんの彼氏なんですからね。怒るに決まってますよ」
それから自分の服を見てつぶやく。
「そんなにクズ元彼なのに、ジャージは取っておくんですね」
「ああ、それは……。あんなクズとの付き合いでも楽しい時はあったから」
私は視線をジャージに向けて続ける。
「それに、そのジャージ、高かったのよ……。元彼、ちゃんとしたブランドじゃないと着ないって言って。お金出すのこっちなのに」
「わかりました」
レン君はなんだかキリッとした表情で言った。
それから、私をまっぐす見て続ける。
「僕がこのジャージを着れば、元彼の思い出に上書きされますよね?」
「それはまあ、そうだけど」
「だから、僕が着て、何か楽しい思い出を作りましょう」
「もう十分、今日は楽しいよ」
「本当ですか?」
「うん。本当だよ」
「でも、まだまだ僕の実力はこんなものじゃないんらよ、子猫たん」
二回も噛んだ。
「いや、そのキャラ、もうやめたほうが」
言葉が出なかった。
だってレン君の唇が当たっていたから。
レン君はゆっくりとわたしから顔を離して、それから数秒後。
ぼんっと音がしそうなくらいに顔が真っ赤になる。
「レン君、顔が真っ赤だよ」
「えっ? 溶ける!」
「ええっ? 自分の体温で?!」
「あ、大丈夫っぽいな?」
「やだもー、驚かせないでよ」
私がそう言って笑うと、レン君も笑った。
私とレン君は、そのまま二人で並んで座りながら、たわいもないお喋りをした。
すっと一緒にいたい。
でも、それは叶わない。
レン君みたいな人なら、ずっとずっと好きでいられるって確信できたのに。
レン君だって私を傷つけるような人じゃないって、わかるのに。
でも、今日でいなくなっちゃうのなら。
今日の記憶が消えちゃうなら。
意味がないよね。
そう思うのに、レン君とつないだ手をほどくことはできなかった。
彼の手は、冷たくて心地良い。
いつの間にか眠ってしまった私はハッとする。
レン君は消えてはいなかった。
だけどもう、窓の外は明るくなっていた。
そろそろお別れの時間が近づいてきたんだ。
レン君はぼーっと窓の外に視線を向けている。
まだお互いに手を握ったままだ。
レン君の腕を見て、ふと思い出す。
それから引き出しからミサンガを取り出した。
縁結び神社のものだ。
「腕出して」とレン君に言う。
彼の腕にそれをしっかりと結びつけながら私は続ける。
「記憶が消えても、このミサンガで何か思い出すかもしれないから」
「良い考えですね」
レン君がニッコリ笑ったところで、外の景色は完全に朝になっていた。
こんなに朝が憎らしいと思ったのは初めてだ。
「そろそろ、ですね。なんだかちゃんと接客ができたのか不安です。むしろ、色々とお世話になってしまって、ごめんなさい」
「そんなことないよ。元彼追い払ってくれてありがとう」
「あんなに力があったことに、僕も驚きました。火事場の馬鹿力ってやつですかね」
「頼もしかったよ。それに一緒にいてすごく楽しかった」
「僕も、とっても楽しかったです。最初のお客さんが愛美さんで良かった」
レン君はそう言うと、穏やかに微笑んだ。
私も彼ににっこりと笑った。
この暖かい春のような幸せな時間。
私は、こういう時間を求めていたのかもしれない。
レン君が普通の人間だったら、それで本当の恋人だったら、『続かない』なんて嘆くことはなかったんだろう。
暴力に怯えて浮気に傷つくこともなかったんだろう。
どうせ今日の記憶がレン君から消えてしまうなら、私のこの本音を伝えても良かったかもなあ。
「そんな言葉を交わして、かれこれ丸三日が経とうとしていますが」
私の言葉に、レン君は申し訳なさそうに俯いている。
「いや、なんか、溶けませんね? なんででしょう」
「溶けてほしいわけじゃないよ。ただ、不思議なだけで」
「僕、昼間の光に当たるといつも溶けるんですが、溶けませんね」
「この部屋、涼し過ぎるのかなあ」
時刻は既に午前五時。
つまり、彼は溶けずに昼間を生き抜いたのだ。
しかも三日間も。
一応、『冷凍コーポレーション』に電話をして聞いてみたけど、担当者だという中年男性がこう言った。
『あーあ、たまにいるんだよ、そういうの。何かしらで体質変化しちゃうんだか知らないけど、理由は不明で。それはもううちとしてハズレだから。クビ』
電話を切ると、私は内容をレン君に伝えた。
「え?! クビ?!」
「問題、そこ?! 体質変化なら喜びなよ!」
「でも、体質変化って急にするものなのでしょうか」
レン君が顎に手を当てた途端、右手のミサンガが視界に入る。
私が三日前に彼の腕にきつく結んだ縁結び神社のミサンガだ。
「そういえばこれ……縁を繋ぎとめる効果があるって……」
私の言葉に驚いて、レン君はミサンガに視線を落とす。
「縁って、愛美さんと」
レン君はそう言うと私を見る。
「もしかして、私と縁があるのは嫌?」
「いいえ、めっそもうない!」
レン君はそう言って首と両手を大きく左右に振る。
それからわざとらしく前髪をかきあげた。
「君と運命の赤い糸でつながっていることは、最初からお見通しだっちゃよ」
「ラ〇ちゃんか」
私がそう言うと、レン君は顔を真っ赤にして笑う。
彼の腕のミサンガが、ほわっと光ったような気がした。
<おわり>
