レンチン彼氏① 初仕事<前編>
あらすじ
愛美は、もうすぐ27歳で彼氏なし。そんなある日、軽い気持ちで冷凍コーポレーションという会社の「レンチン彼氏」という商品を購入する。
冷凍の箱をレンジで温めてでてきたのは、本物の人間。
彼らは、「冷凍人間」という種族で、朝になり気温が上がると溶けてしまうが、夜になり涼しくなると再び元通り人間の姿になるという変わった体質だった。
愛美は、突如現れた男性をレンと名付ける。
レンは、溶けてしまうと同時に、冷凍コーポレーションに強制的に戻される。その上、その日の記憶も失ってしまうという。
だからこそ、一晩だけの彼氏として愛美のそばにいてくれる。
楽しい時間を過ごすうちに、愛美はレンに惹かれていくが……。
レンチン彼氏① 初仕事<前編>
顔見知りになりつつある宅配のお兄さんが、「ありがとうございましたー」と立ち去っていく。
私はその背中を見送ってから、腕の中にあるずっしりとした荷物に視線を落とす。
送り状の品名は、『鮮魚』と記入されていた。
なんかネットで注文したっけ? それとも実家から? でも冷蔵便でくるって。鮮魚って。
頭に疑問符を浮かべつつ、送り先の住所を見て、ようやく思い出す。
冷凍コーポレーション。
「そうだ、注文したんだっけ。アレ」
私はようやく荷物を注文した経緯を思い出し、荷物を開ける。
白い無地の箱の中に入っていたのも、箱だった。
その箱はちょうどお弁当箱くらいの大きさで、「随分と小さいなあ」と思わず呟いてしまう。
思ったよりも小さい箱を、恐る恐る手に取り、眺めてみる。
箱の正面にはポップな雰囲気の書体でこう書かれてあった。
『レンジで3分チンするだけ! レンチン彼氏』
事の起こりは、一週間前にさかのぼる。
私は高校時代からの友人の里夏(りか)を誘って、縁結び神社に行った。
社務所に並ぶのはお守りや絵馬だけではなく、ミサンガも売られていた。
『ここのミサンガって縁を繋ぎとめる、ってことで人気なんだって。あ、ピンクかわいい』
私の言葉に里夏は、『へー』とあまり興味がなさそうだった。
ミサンガを購入すると、里夏が唐突にこんなこと言い出す。
『ねえ、愛美(まなみ)さ、別に普通の男の人にこだわること、ないんじゃない?』
『ん? どういう意味?』
『うちらもう二十七歳だから、周りはみんな婚活なんか始めちゃってるけど、私は正直興味なくて』
うれしそうに話す里夏を見て、てっきり二次元にでもハマったのかと思った。
しかし、彼女が次に紡いだ言葉は意外なものだった。
『レンチン彼氏って、知ってる?』
家に帰ってから、すぐにスマホで『レンチン彼氏』を検索。
最初は里夏がおかしなものにハマっているのかと心配したのだけど。
ネットの情報を集めていくにつれ、最近密かに話題になっている商品だと知った。
そして、レンチン彼氏を製造している『冷凍コーポレーション』のサイトに行き着いたのだ。
ちなみに製造しているのは、彼氏以外にも彼女、兄、弟、姉、妹などさまざまなラインナップがあった。
サイトの説明によると、レンジでチンするだけで、人間が現れるらしい。
何かの比喩ではなく、本当に人間が――もしかしたら生粋の人間ではないのかもしれないが、レンチンで出現する。
理想の彼氏がそこに立っているらしい。
サイトにはそう説明されているし、ネットの噂にも同じようなことが書いてあった。
色々と怪しさ満点ではあるが、好奇心が勝ってしまい、彼氏のラインナップを見る。
写真付きで紹介されていた男性陣は、みんな二十代半ばくらいで、かわいい系、俳優系、塩顔、強面などなど。
顔や背格好を含めれば、かなりの種類があった。
さまざまなタイプのイケメンを眺めていたら、自分も欲しくなってくる。
ああ、私みたいな惚れっぽいのは、こういうサイトを見るべきじゃないんだよなあ。
でも、どうせ、お高いんでしょう?
そう思いつつ、値段を確認。
……安い。
これが冷凍食品であれば、一食でそんな値段とか貴族だよと思うところだが。
冷凍とはいえ、彼氏が出てくる。
注意書きには、一晩で消えますと書いてあるけれど。
むしろ一晩でこれは安いよね、という結論に達して、ポチってしまった。
ご購入ありがとうございました。
画面に表示された文字を見た瞬間、我に返る。
なんだか取り返しのつかないことをしてしまった、かも。
こうして、取り返しのつかない『鮮魚』が今日、私の元に送られてきた。
冷たい箱を持ったまま、どうしたらいいの、と呟いていたら、箱の中が幽かに動いたような気がして、「うわあ!」と驚く。
その拍子に箱が手から離れ、床に落下。
ごとん、という鈍い音がする。
「死んでないよね?」
私は恐る恐る箱に手を伸ばす。
箱は、動くことも、うめき声をあげることもなかった。
ホッとしたと同時にようやく脳みそが冷静になる。
こんな小さな箱に、人間が入れるわけがない。
大の男を弁当箱サイズに収納できる技術があるのなら、もうとっくに何かに利用されているだろう。
もっと大騒ぎになっていたり、大手企業が人間輸送とか始めたりしていてもおかしくない。
怪しげな民間企業が、そんな魔法みたいなこと、できるはずがない。
つまり、これはあれだ。
「ただの冷凍食品なのかも。本当に魚なのかも」
私はそこまで言ってから、「彼氏ならぬカレイとかな」と親父ギャグを決める。
一人で笑ってから、小さくため息をつき、それから箱をテーブルの上に置く。
箱をあけずにレンジで三分。
できあがるのを待つ間にパッケージの説明を読む。
レンチン彼氏は、夜に解凍してください、とか、朝になると消えています、などと書かれてある。
残り三十秒を切ったところで、レンジから煙がもくもくと出てきたのが見えた。
「え?! なに?! 壊れた?!」
狭いキッチンを覆う真っ白い煙。
前が見えない。
チン、という音がするものの、レンジの場所すらわからない。
消火器、という単語が脳内に浮かんだ瞬間。
煙が少しづつ減っていく。
窓を開けたわけでもないのに、煙がどんどん晴れ、そしてようやくクリアになった視界には。
男性が立っていた。
しかも、素っ裸だった。
あの箱をレンジの中に入れたという認識がなかったら、変態の強盗だと判断して家から飛び出すだろう。
男は、ウィンクをしてからこう言う。
「やっと会えたね。こえ、子猫ちゃん」
あ、噛んだ。
レンジから登場したのは、切れ長な瞳が印象的な線の細い、王子様のような雰囲気の外見の男性。
パッケージの写真通りだ。
だけど素っ裸なのはいただけない。
男性にTシャツとジャージを用意して、ソファに座るように促す。
「これ、どう見ても男もののTシャツだね、俺以外の男を家に連れ込んでいたなんて悪い子猫ちゃんら」
「それ弟のだから。そしてまた噛んだね」
私の言葉に、男性は急に両手で顔を覆った。
そしてくぐもった声で言う。
「だって、工場長からそういうキャラのほうが受けるって聞いて……。俺、これが初仕事なんだよ」
「は?! 冷凍彼氏って使い回しされるの?!」
「あ」
男性はしまった、という顔をしたがもう遅い。すべて聞いてしまった。
私の視線に気づいた男性が、無理やりつくった笑顔を浮かべて言う。
「そんなに見つめて俺に惚れたか? やけちょ、火傷するぜ」
「ねえ、あのさ、そういう板についていないキャラはやめたほうがいいよ」
「でも、女子はこういうの好きだろ?」
「別に」
「あれ? そうなの? 工場長はそのほうがモテるし、仕事も増えるって言ってたんだけどな」
ぶつぶつと呟く男性に、私はため息をつく。
「ってゆーか、その工場長が間違ってる気がする」
「そうか。そうだよな。五十歳の独身彼女いない歴イコール年齢って言ってたから、あまり良いアドバイスはもらえないな」
「それは絶対にアドバイスをもらっちゃいけないし、アドバイスできることなんてないだろうに」
私はそこまで言うと、キッチンに戻ってアイスコーヒーのボトルを冷蔵庫から取り出す。
グラスを二つ手に持ったままで、聞く。
「アイスコーヒーでいい?」
「あ、おかまいなく」
なんだかやけにかしこまった様子の男性の分のアイスコーヒーをグラスに注ぎ、リビングへ戻る。
「冷凍君さ」
「え?」
「君の名前。どこにも書いてなかったから冷凍君でいい?」
「レンです」
「ああ、名前はあるのね。レン君さ、なんでこんな仕事してるの?」
私の質問に、レン君はグラスを受け取り、それから黙りこむ。
「別に言いたくないならいいんだけどね」
「『冷凍人間』って知ってますか?」
レン君がそう言い終えると、グラスの中の氷がとけ、カランと音を立てる。
「え? 冷凍、人間?」
「そうです。俺は、冷凍人間という種族なんです」
「普通の人間じゃないの?」
「ええ。暑さに異様に弱く、昼間は活動できません。朝になると溶けてしまいます。まあ溶けると言っても一時的なんですが」
「え、溶けるって……」
「冷凍人間は、溶けた瞬間に工場に強制的に戻されるんです。どういう仕組みかはわからないんですが」
レン君はそこまで言うと、グラスに口をつけた。
「溶けるとまた人間に戻れるの?」
「はい。熱が加わった時にうまいこと人間に戻る冷たさ、というのがあるらしくて、溶けるとその加工をされて、またパッケージされます」
彼の言葉に、私は人間がパッケージされていく様子を思い浮かべて嫌な気持ちになった。
それを買った私も私だけれど。
「その仕事は、冷凍人間の間では、憧れの職業なの?」
「いいえ、僕たちは冷凍人間だというだけで普通の仕事には就けませんから」
「別に嘘つけば……。ああ、朝になると溶けちゃうのか」
「はい。冷凍人間の中には、急に溶けなくなって普通の人間みたいに生きてる奴も稀にいますが、本当にレアケースです」
「夜だけの仕事とかできないの? それとも在宅とかさ」
「夜の仕事とかは、門前払いで。あっても低賃金でとてもじゃないけど生きていけない仕事ばっかり。在宅……か」
レン君が「なるほど」と呟いた。
見たところ、まだ二十代前半くらいだろう。
『冷凍人間』という特殊な人間だからという理由で、仕方なくこの仕事をやっているなら気の毒だ。
「在宅、良さそうですが、そもそも住む家がないので。冷凍コーポレーションは住み込みで働けるのが大きなメリットでもあります」
「そっか……」
私はそれだけ言うと、グラスに視線を落とした。
気の毒だ、なんて思っていても、私に何ができるというのだろう。
私の稼ぎでレン君を養う? それは無理だ。自分だけで手いっぱいだというのに。
しかも、溶けてしまうと、工場に強制的に戻されるなら引き止めることもできない。
しん、と静まり返ったことに居心地の悪さを感じたのか、レン君は声を張って言う。
「変な話はこれで終わり! そもそも今までの話は全部、うそうそ!」
「いや、嘘ってのは無理やり過ぎるでしょ」
「とにかく! ぼ、俺は今晩だけ君の、彼氏なんだにょ」
「新しい語尾なの? それとも噛んだの?」
「新しい語尾です!」
笑顔で言いきったよ、この子。
レン君はこほんと咳払いをしてから、私のすぐ隣に座り、足を組んで右腕を肩に回してきた。
その腕はひんやりとしている。
しかし、レン君の腕はぶるぶると震えていることに気づく。緊張しているのだろうか。
「なにしてほしい? 壁ドン? 顎くい? それとも床ドン? 豚丼?」
「最後にさらっと食べ物混ぜてきたね」
「なんか食べたいなあと思って、つい」
「じゃあ、作ってあげるよ」
「いや、いいです! お客様にそんなことさせるわけにはいきません!」
レン君が首をぶるぶると左右に振ったその瞬間。
ぐーきゅるるるるる。
腹の虫が大音量で鳴った。
これは私じゃないぞ。
レン君が顔を真っ赤にして俯いていた。
「はいはい。作るよ。むしろ作らせて」
私はそれだけ言うと、キッチンに行き、冷蔵庫の中身を確認する。
豚肉ではなく、牛肉があった。そういえば、昨日スーパーで安くなってたから買ったんだ。
「牛丼でもいい?」
私の言葉に、「はい! お願いし……君のつくったものなら何だって食べりゅよ」とレン君が返事をする。
私が適当に作った牛丼を、レン君はあっという間に平らげた。
「すごく料理上手なんですね!」
目をキラキラと輝かせ、ついでにほっぺたにご飯粒をつけてレン君が言った。
「いや、適当に作っただけだよ」
「適当にこれだけのものを作れるってのがすごい!」
「ありがとう」
なんだか照れくさくなって、私は俯いてしまう。
「良いお嫁さんになるお」
「噛むとリップサービスだってことが即バレるよ」
「そうですよね……。噛まないようにしなきゃ」
「そこじゃなくて、そのキャラをまずやめるべきだよ」
「じゃあ、どういうキャラでいけばいいと思います?」
まじめな顔でレン君が聞いてきたので、私は不意打ちを食らう。
『お客様』にそれを聞いたらダメでしょ。
そう言おうと思ったけど、彼の今後のために真剣に考えることにした。
私は少しだけ悩んでからふいに思いつく。
「弟系?」
「ああ、それはもう田中先輩がやってて」
「誰だよそれ。ってゆーかレンチン仲間とのキャラかぶりダメなの?」
「『彼氏』シリーズの中は、キャラかぶりはあんまり良くないみたいです」
「えー……。面倒。じゃあ、あ、そうだ。弟シリーズとかあったでしょ。あっちに行けば?」
私の言葉に、レン君は顎に手を当てて唸る。
「ううーん。部署異動となると、課長に頼まないといけないんですよね」
「ああ、そこは結構、きっちりしてるのね。じゃあ、それなし」
「はい。できればキャラ変でお願いします」
「ドジっ子とか?」
「ああ、考えたんですけどね! 難しくないですか?」
「ありのままでいい。むしろ今のままでできそう」
わたしの言葉に、レン君は突然、すっと立ち上がったかと思ったら。
思いきり床に尻もちをついた。
「え?! なに?! 大丈夫?!」
「いったーい! 転んじゃった!」
レン君が芝居がかった口調で顔をしかめる。
心配して損した。
「雑なドジっ子キャラだなあ」
「え? 違うんですか?」
「違うね。世のドジっ子キャラに謝罪しなきゃいけないレベルで舐めてるね」
「そうですか……」
レン君は床に座り込んだまま、しゅんとしている。
まるで怒られた子犬のよう。
その姿に少しだけ笑い、私は言う。
「そのままでいいんじゃない。別にキャラ作らなくても」
「でも」
「こうして、話し相手になってくれるだけで、それだけで楽しいから」
私の言葉に、レン君は口を開こうとして、それからやめた。
<つづく>
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