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レンチン彼氏③ 夏祭り<前編>

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 予想の三倍、いや十倍は似ていて、すごく驚いた。
 目の前の男性は、それぐらいに「彼」に似ていたのだ。
 一瞬、十年ぶりの再会をしたのかと思ったぐらい。
 目の前の男性が全裸でなければ、もう少し再会の気分を味わえていたのに……。
 それにしても、キッチンに充満した煙で身体がよく見えなかったことは救いだった。
 変態の彼は、私を見て一言。
「なんか着るもんねーのかよ」
 その言葉にハッと我に返る。

 私は、とんでもないことをしているのではないか。
 レンジの中から出てきた男性は、全裸。
 なんのイリュージョン?
 それとも変態で勇敢な泥棒?
 いや、ちがう。
 レンチンの彼氏を、買ったのだ。
 なにそれ、どうかしてる。
 もう一人の私が脳内でツッコミを入れる。
 どうかしてるもなにも、目の前には変態ならぬレンチン彼氏が存在しているのだ。
 はあ。とため息をつきながら適当な服を引っ張り出してくる。
 寂しいからって。
 ヤケになったからって。
 冷凍彼氏なんてものを買うべきじゃなかったのかもしれない。
 
 事の起こりは二週間前。
 高校時代の二つ上の先輩が結婚をすると聞いて、久しぶりに二人で飲むことになった。
 騒がしい居酒屋で、いい感じに酔っぱらった先輩は、こんなことを言ったのだ。
「あのね、私と彼氏……今は婚約者だけど。彼と出会ったのは本当は合コンじゃないんだよね」
「そうなんですか? じゃあ、どこで?」
 先輩は、「初音ちゃんには言ってもいいか」と呟いてから、こう続ける。
「レンチン彼氏って知ってる?」
「え、レンチン……彼氏? なんですかそれ?」
「ああ、うん。知らないよね」
 先輩はそう言って一人でうなずいてから、レンチン彼氏とやらの説明をしてくれた。
 冷凍コーポレーションが商品として発売しているレンチン彼氏。
 レンジでチンしてできあがる人間。
 冷凍人間という未知の存在。
 朝になったら溶けて記憶が消えるけど、姿は元に戻る。
 意味が分からない。
「先輩、だいぶ酔ってますねえ」
 私はそう言って枝豆を口に入れた。
「じゃあ聞くけど、レンみたいなイケメンで性格も良い男がさあ、合コンに来ると思う?」
「合コンには来るんじゃないですか?」
「それで私みたいな女を彼女に選ぶと思う?」
「愛美先輩はフツーに綺麗ですって」
「お世辞でもうれしいよ」
 そう言って笑った先輩は、前よりずっときれいだった。
 これも愛の力なんだろうな、と思った。
 愛の力。
 その時ふっと頭に浮かんだのは、翼の顔。
 初恋の男の子を思い出すなんて、私も酔ってるのかな。
 ノンアルだけど。

 先輩と飲んだ次の日、実家に帰った。
「あんた暇なら買い物行ってきてほしいんだけど」
 まだ残してくれている自分の部屋でダラダラしていると、母が入ってきてそう言ったのだ。
「んー。ちょっとまって」
「はー、あんたは二十五歳にもなって、スマホでゲームばっかりして……。実家に帰ってくるって言うから彼氏でも連れてくるのかと思ったわ」
「そんなこと期待してたんだ」
「そうよぉ。ほら、碧山さんとこの息子さん、翼くんだっけ」
 急に初恋の相手の名前が出てきて、どきりとする。
「翼がどうかしたの?」
「結婚するんですって」
「えっ?」
 私は上半身を起こした体制のまま固まった。
 それ以降の母の言葉は、耳に入ってこなかったのだ。

 翼とは幼稚園から中学まで一緒だった。
 彼を異性として好きだと気づいたのは、中学を卒業したあと。
 高校は別々だった。
 でも、この町に翼がいる限り、どこかで偶然会って、それで気持ちを伝えるチャンスくらいあるだろう。
 そう思っていたら、十年経過していた。
 思いが伝えられないどころか、翼には相手がいたのだ。
 そして結婚をするらしい。
 そんなこと、信じたくなかった。

 失恋のショックで実家を出て、それからどうやって自分のアパートまで帰ったか覚えていない。
 ただ、夜に愛美先輩にメッセージでレンチン彼氏のことを聞いたのだけは覚えてる。
 本当にヤケだった。
 一晩とはいえ、私だって彼氏いるんだぞって気分になりたかった。
 できればレンチン彼氏と一緒にいるところを、翼に目撃されたかった。
 それで翼がどう思うかなんてわからない。
 何も思わないかもしれない。
 でも、私に彼氏がいたらショックを受けるかもしれない。
 それで初めて私を好きだったことに気づくかもしれない。
「俺、結婚早まったかも」って翼が思ってくれれば、それで私はざまーみろって笑える。
 そんな、ささやかな復讐がしたかった。

「は? 今から出かけるの?」
 レンチン彼氏は、私が出した適当な服装に着替えると、そう言って右眉を上げた。
 なんだか翼が私の服を着ているみたいだ。
 年齢も私と同じか、二~三歳上なだけっぽく見えるし。
 余計に初恋の相手と重ねて見てしまう。
 まあ、この服、正確には私の兄の服だけども。
 前より太った兄が、「捨てるのもったいない」と言ってくれたTシャツとパンツ、捨てなくてよかった。

「うん。電車で三十分ぐらいだから」
「今、夜の六時だぞ。どこ行くんだ?」
「地元。今日、夏祭りなの」
「なるほど。それならいいか」
 レンチン彼氏はそこでなぜか納得した。
「なんで、夏祭りならいいの?」
「いや、前に夜に出かけるって言って、自殺に巻き込まれそうになったからな……。もちろん未遂だったが。ああ、これは社員から聞いた話だ」
「へー。別に自殺なんかしないよ」
「レンチン彼氏のNGは、お客と体の関係を持つことと、お客を物理的もしくは心理的にに傷つける行為だからな」
「わかってる。その辺の規約はちゃんと目を通してるから」
 私はそこで少し考えた。
「そういえば、あなた名前ないの?」
「ああ、そういうのは客が好きなようにつけるシステムだ」
「ふーん。面倒くさ……」
「おい。一晩とはいえ彼氏の名前をつけることを面倒くさがるなよ」
「だってネーミングセンスないし」
「なんでもいい。文句はいわん」
 さっきからなんだか偉そうな翼似のレンチン彼氏に、ため息をつく。

 ってゆーか、初恋のしかももうすぐ結婚するらしい人とそっくりの男が目の前にいるって、よくよく考えたら辛いな……。
 別に翼に似せて注文したわけじゃないんだけど。
 いや、本当は翼に似ていそうな顔立ちで注文した。
 まさかここまで似るとは思わなかったんだよね。

 真っ黒な髪や黒目がちの瞳を見ていて思う。
「ヨルでいいか」
「安直だな。まあいい」
 ヨルはそれだけ言うと、鼻で笑った。
 性格は翼には似てないどころか、難アリかも……。
 
 地元に向う途中の車内で、沈黙に耐えかねた私はこんなことを口走った。
「やっぱ夏祭りといえば、カップルだよね」
「そうか?」
「だって、夏祭りに行くと家族連れか恋人同士の人しかいないじゃん」
「友だち同士もいるんじゃねーの?」
「でも、圧倒的に恋人同士のほうが多いよ」
「あんたがそれだけ祭りで恋人同士をうらやんでるってことだろ」
 そう言ってヨルは、にやりと笑う。
「その顔で性格が悪いななんか嫌だな」
「は? 性格が嫌だなって言ったか?」
「微妙に合ってる」
「あんたが、ツンデレ系を選択したんだろーが」
「人懐っこい犬系を選択したつもりが、ミスってたみたいね」
「じゃあ俺のせいじゃねーよ」
「ってゆーかヨルって、デレなさそうだよね」
「そんなにほいほいデレがあったら、本物のツンデレじゃねーな」   
 そう言ってふいっと横を向いたヨル。
 どうやらツンデレにこだわりがあるらしい。
 仕事にそれだけ真面目ということか。

「祭りで、誰かと再会したいんだろ」
 突然、ヨルがそう言った。
 彼は車窓の外に視線を向けたまま、続ける。
「地元の祭りに、俺みたいな仕事の人間を連れて行くっつーことは、おおかた元彼に今幸せですアピールでもしたいんだろ」
 ズキン、と胸が痛んだ。
 こいつ、傷口に塩ぬりつけてくるタイプ!
 私が何か言い返してやろうとしたところで、ヨルはこちらを見る。
 それからニッコリ笑って言う。
「協力してやるよ」
「ああ、うん。ありがとう」
 私はそう言ってヨルを見る。
 悪い奴ではないみたいだ。たぶん。

 電車を降りて駅を出れば、あちこちに浴衣姿の人がいた。
 なんだかドキドキする。
 でも、これはうれしいドキドキじゃない。
 今から嫌なものを見てしまうかもしれない、という予感が心拍数を上げていた。

 会場に近づくにつれ、浴衣姿の人や家族連れ、恋人同士らしき男女がどんどん増えていく。
 カランコロンという下駄の音や賑やかで楽しそうな声を聞いているうちに、私は立ち止まる。
 行ってどうするんだろう。
 そもそも翼がいるかどうかも分からないのに。
 もし、いたとしても翼は私がヨルと歩いているところを見てショックなんか受けないかもしれないのに。
 そうなると、私が翼の婚約者を見て現実を突きつけられるだけだ。
 右手がひやりとする。
 ヨルが私の手をつないでいた。
「行くぞ」
「でも……」
「俺らは夏祭りに遊びに来たんだろ? そんな泣きそうな顔すんな」
「泣きそうな顔なんかしてないし」
「してた」
 ヨルは私の顔を覗き込んで続ける。
「そんな顔してると、かわいい顔が台無しだ」
「えっ?!」
 私は驚いて、それから頬が赤くなっていくのが分かる。
 ヨルはイタズラをたくらむ子どもみたいに笑ってから言う。
「お世辞をマジに受け取んなよ」
 歩き出そうとするヨルの足を軽く蹴飛ばす。
「いってえ! おい、暴力は良くないぞ!」
「言葉の暴力はいいの?」
「はあ?! 言葉の暴力じゃなくてツンデレだっつーの!」
「そういえば何言ってもいいってわけじゃないでしょ」
 私とヨルはにらみ合う。
「よし、わかった」
 ヨルが一人頷く。
「なにがわかったの?」
「勝負だ」
 ヨルがそう言って、歩き出した。

<つづく>

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