悪口とシンバル
他人の悪口をほとんど言わなくなった。特に、困ってはいない。わたしの経験の中から共通のものを探すと、テレビのときに近い現象だ。
テレビを観ることが習慣になっていると、なくてはならないもののように思えるが、いざ生活からテレビをなくしてみると、それはそれで困らない。
引っ越しを繰り返しているうちにテレビや冷蔵庫を持たなくなった話
なぜ悪口を言わなくなったかというと、奥さんの不思議な性格によるところが大きい。奥さんは他人の悪口をめったに言わない。
それだけなら、たまにそういう人いるよねで済むのだが、あの人はもっと魔球みたいな動きをする。
たまに、職場の人に対する愚痴を持ち出すとする。すると、わたしの味方をするどころか、知りもしない職場の人の味方をする。
「悪口を言うなんてひどい! あたなが仕事のことをわかってないんじゃないの(略)」
不思議としか言いようがない。
よって、悪口を言うと事態がややこしくなるので、言わなくなった。(悪口というか、愚痴なんですけどね……)
たまに「職場の話を全然しないから、つらまらない」と言われるが、全力で無視している。
◆ ◆ ◆
悪口を言わない生活をずっとしているので、ビフォーアフターがはっきりわからないが、「悪口を言う=脳が怒りのモードになる」だから、スイッチをオフにしておいたほうが健康的なのは間違いない。
ちなみに、奥さんはものすごく怒りっぽい。

悪口を言わないことと何か関係してるのかな。不思議だ。
ともかく、まったく悪口を言わない家庭だ。
悪口の効用とはなんだろう。
ある集団が一致団結するための手段ではあると思う。
どういうサイズの集団であれ、共通の敵がいたほうが仲良くなれるので、悪口を言い合うことで関係を強化する。
ただまあ、悪口以外にも話すことなんていくらでもあるはずなので、それ一本鎗だと、コミュニケーション能力のない人、性格に歪みのある人、知性のない人……、あたりを疑ってしまう。
◆ ◆ ◆
以前、勤めていた(株)サイコパス・コンサルティングでのこと。ランチに寄ったお店で、たまたま同じ会社の人とテーブルが隣になったことがある。顔を知っているくらいの女性二人組。
職場の別の女性の悪口をずっと言っていて、「あの人の靴が汚れている」を延々と繰り返していた。
はじまりも「あの人の靴」。わたしが席を立ったときも「あの人の靴」。よくその話題でループできるなあ。別に聞き耳を立てていたわけではないが、シュールな演劇みたいだった。
サイコパスな人たちが集まった、ちょっと特殊な職場だった。
本人たちが有意義ならそれでいいと思うのだが、ときに巻き込まれることがある。
また別の会社の話。数人で飲みに行ったときに、ここにいない同僚(複数)の悪口を言い続けて、同意を求めてくる人がいた。本当に困る。
わたしは悪口NGなんて思想はないから、悪口が出てきてもいいのだけど、せめてユーモアを入れてほしい。こちらは会話を楽しみにきている。
そのときの話はこちらの記事に書いています。
あと、相手をよく見て。わたしは悪口の対象者(複数)のことが嫌いじゃない。場の空気的に、強く否定しにくいし、かといって同意もできないから、苦痛だけが募る。
普段から他人の悪口ばかり言っていると、コミュニケーションの手札が少なくなって、ドラムでいえば、クラッシュシンバルばかり叩いているような人になるのだと思う。どうイメージしても、いい演奏にはならない。

(スティックが変じゃない……?)
やっぱり、できることなら悪口は封印して、スネアやハイハットを使いながら、いろいろな小技を磨いた方がよいのではないだろうか。多彩な技が使えるからこそ、クラッシュシンバルが格好良く響く。
◆ ◆ ◆
ここまで読んで、お気づきになったかもしれない。
クラッシュシンバルばかりって、ゴリ〇じゃないんだから。あなたもけっこう悪口を言っているのでは……。
そう、ふだん悪口を言わないからといって、言えないわけではない。
むしろ、凝った悪口を言うことができるんだ。

【あとがき】下書きの中で発見したけっこう前の記事。「悪口とシンバル」。なんだ、これ? ぜんぜん内容の想像がつかない! ……なるほど、そういう話か。作者が思い出せなかったくらいだから、意外感は抜群なのでは? よし、そのまま行こう!
そうやって仕上げた記事ですw
悪口に頼らない豊かな生活を求めています。

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