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【お仕事短編】トリミングファイターさくらさん、史上最大のミッション編!

制作会社にいたときの話をもとに短編小説を書きました。お仕事に役立つこと間違いなし!(特に、編集のお仕事、デザイン・カメラのお仕事)

「タ、タンクですかね……」

さくら先輩の質問に、私はそう答えるしかなかった。さくら先輩は、あるクライアントの広報誌、ほんの小さな写真カットを指して、これが何に見えるか私に訊ねたのだ。今から私に、すべての秘密を伝えるかのような厳かさだった。

「そう、タンク。他には?」
他には!

水が入ってるのかガスが入ってるのか知らないが、工業団地にありそうな、巨大な丸いタンクだ。

「いえ、タンクがどんと映っているとしか」
「そう。その感覚が大事」
先輩は、ボツになったゲラを探してくると言って、席を立った。

ああ、申し遅れましたね。私はシノと申します。小さな制作会社の新人ディレクター。今はさくら先輩だけが命綱。

こういう小さな制作会社には、魔のプロジェクトと呼ばれるものがあります。春の、炎上三祭り。パン祭りみたいな軽い響きがするけれど、焼かれるのはパンではなく、社員たち。

今、わたしたちが話をしているA社は、祭りの火力が強すぎて、昨年のプロジェクトメンバーはほとんどが火葬されてしまった。その、焼け野原のようなプロジェクトに颯爽と舞い降りたのが、さくら先輩だった。

当社きっての美人デザイナー(前職はカメラマンだったとか)。それまでが嘘のようにプロジェクトは鎮火した。そのとき組んでいた男性ディレクターは、枕営業じゃないかと陰で言ったらしく、気の強い先輩に消去された。

A社も怖ければ、先輩も怖いから、私はドキドキなのである。

ぼんやり考え事をする私の目の前に、すっと一枚のゲラが差し出された。さっきと同じ紙面に見えるが……、タンクの写真が別バージョン?

「かっこいいじゃないですか? こっちのほうが絶対に!」タンクの端が絶妙にトリミングされ、写真に動きが出ている。写真の構図としても圧倒的に美しい。

「違ーーーう!」
「ひいい」
「それはデザイナーのエゴ。いい? わたしたちのクライアントはこのタンクを施工しているの。構図の美しさがほしいんじゃない。タンク全体が映っていることが仕事の証なの」
「でも」タンクをタンクのまま切り取って、美しさを引き出さないなんて、わたしたちの価値っていったい……。

「トリミングを制する者が仕事を制する」唐突に先輩はそういった。「わたしの武器はトリミング。この果てしない世界から、大好きなものをたくさん切り出したい。でもね、仕事でトリミングすべきものは、画像だけじゃない。デザインなんて仕事のほんの一部。もっとも大切なトリミングはお客様の気持ちなの」

なんだかよくわからなかったが、先輩の決め台詞っぽいし、このまま説教モードになってもかなわないので、私は「はい」と言った。

◇ ◇ ◇

こうして、今年のA社のプロジェクトがはじまった。炎上三祭りの異名は伊達じゃない。私はすぐに綺麗ごとを挟む余地などないことに気づいた。修正が多い。毎日のようにどこかのページのゲラが行き来する。

先方はビルを作っている会社だけあって、とにかく、物件の画像に対するこだわりが半端ない。前任のデザイナーは、あのタンクのトリミングだけで10回やり直しをしたのだと言う。

先輩、ごめんなさい、生意気言って。クライアントと延々とやりとりする身としては、こちらのこだわりを通すよりも、1回でOKが出たほうがずっとずっとありがたい。

プロジェクトは繁忙を極めたが、先輩のデザイン力というか、あえてのデザイン感もあって、なんとか終わりが見える状態にまでたどり着いた。と、思っていた。

ところが、「シノー! これはダメだー」天を仰ぐ絶望の声。
まさかあの気丈な先輩からこんな言葉を聞くなんて。私は言葉が出なかった。私はそんな変なことを伝えただろうか。

最後に残っていた冒頭の見せ場のページ。クライアントは、彼らの施工したビルが多く映った、開発中の街の写真を大きく使いたいということだった。

そんなに大変かな? 私には、もらった大きな画像をぴっと貼って、青空の部分に彼らのキャッチコピーを置けばいいだけに見える。このページさえクリアできれば、今回の案件はほぼ終わりと言っていい。

さくら先輩、このトリミングの達人には、いったい何が見えてるんだろう。

「シノ」
「はい」
「この指示を出したのは?」
「先方の偉い人と聞いています」
「じゃあ、何もしないわけにはいかないね」
「あの……、先輩は何が気になってるんですか」

さくらは、写真を拡大した紙に、赤ペンでしゃっと丸をつけた。「これは、業界大手M社のビルディング」
「え、そうなんですか」
「たしかA社とは取引がないはず」
「…………」
「彼らは、ビルのことになると、タモリ倶楽部のようになるの」
そのたとえは私にピンとこないけど、「そのビルは、取引のないビルだから映してはいけないと?」
「確実にそうなるね。社内の最終チェックでハチの巣になる」
「トリミング、ですね……」
「そう」
「なんとかできませんか」
「わたしはビルの専門家じゃないから、この街の画像に、NGのビルがいくつあるかわからない。けどね、簡単にトリミングでかわせる状況じゃないのはたしか」
「じゃあ、どうすれば……」

さくら先輩の立ち直りは早かった。「シノは担当者に連絡をとって! 若手の担当者がいたでしょ。どのビルがNGなのか知りたい。ビルのオーナーの情報もできる限り聞いて」
「はい!」
そう言ったあと、さくら先輩は、カメラを肩にかけて出かけようとする。
「先輩は?」
「こいつで練習してくるよ。街をどういう切り取り方ができるのか、試してくる。このあと、最高難易度のトリミングをやることになるからね」外は、桜もきれいだしなー、とのんきなことも言って出ていった。

数時間後、私は絶望することになる。先方のレスポンスは早かった。写真のビルに✕がいくつも付いている。✕の横には、物件のオーナーの名前も記されている。すごいな……。よくわからないけど、タモリ俱楽部ってこういうことなのかな。

ちょうど先輩も戻ってくる。その後は、まるで上陸作成を練るかのように、上から写真をのぞき込む。「バツ……、多すぎない? だって、これもうトリミングの領域じゃないでしょ」先輩はもっともなことを言った。

私は板挟みになる。先ほど担当者から「副社長が言い出したことだからなんとかするしかない」と言われてしまったのだ。大企業あるあるだ。論理を超えた力関係の問題。解決できない矛盾は外部の会社に持ち越される。

そのとき私に天啓が降りてきた。「あ、先方のシンボルマーク! あのマークの形でくり抜いたらうまく✕のビルをかわせませんか?」
「バカー!」
「ひぃ」
「複雑な提案はしない! いい、これは生き抜くための大原則だから絶対に覚えておいて。複雑な提案をすると、もっと、複雑な要求になって返ってくるから!」
ディレクター業の深淵な何かを教えてもらった気がする。しかし、この状況はどうすればいいのー!

実は、先輩にはもうひとつ伝えることがある。「あ、あの……」恐々と口にする。「先ほど、先方に連絡をとったときにですね、明日のあさイチにほしいなー、みたいな。副社長に言われたなー、みたいな」
ぶち切れられる! 仕方ない。これまで先輩はぶち切れなかった。うん、十分優しかったよ。

先輩のリアクションは意外なものだった。「うん、わかった。シノは先に帰っていいよ。デザインは私から提出しておく」
「え」
「大丈夫、私もそんなに遅くならないから」
いえ、私も一緒にいさせてください。そう言うべき状況の気がしたが、私の頭に浮かんだワードは「無敵のトリミングファイター」

翌朝、少し早めに出社した私は、メールを開けて、驚愕の文面に出会う。「これでOKです。ありがとうございました」

いったいどんなデザインを送ったんだ。先輩が送信したファイルを開く。これって……。

「おはようございまーす」ちょうど先輩がオフィスに現れた。「どう? 大丈夫だった」
うなずく私に言葉を続ける。「昨日、外に出て、写真を撮っててね、気づいたんだよ。ビルとかいらないかなーって。桜と、青空さえあれば、日本人の感性に十分響くんだよ」
青空のようなさくらさん、曇り空の顔の私。いえいえ、ビルがいらないことはないでしょ。たしかに写真はきれいだけど。

あれ、先方に支給してもらった画像ってこうだったかな。なんかクオリティが高いような。確かめようとしたとき、先輩の送ったPDFに、2ページ目が付いていることに気づいた。

先方の支給画像に書き込みがしてある。掲載NGのビルから矢印が伸びて、A社を超えるビッグネームたちが、大きな赤字で書き込まれていた。

私は天を仰ぐ。達人がトリミングしたもの。

それは社会そのものだった。

本作は、Talesの企画、イラストからはじまるショートストーリーです。企画の都合上、noteでは課題のイラストが掲載できないので、雰囲気を似せたイラストをつくりました。

続編の制作決定でーす!

読んでくれてありがとう!
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焔ふぁい|FIREの精霊 クリエイターであり続けたいー! が、整体に行かないと死ぬ。ポンコツゆえ、ポンコツゆえ、300円よろしくお願いしまーーす!