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住めば都のノイジーアパートPartⅠ~ぼくはミュージシャンになった~

これまで数々の個性的な物件に住んできた。

焼き肉屋と焼き鳥屋のダブルスモークに襲われる物件もあれば、三畳のスペースにベッドや机が詰め込まれた囚人スタイルの物件もあった。

そんな愛すべき謎物件の中でも、今回は最高クラスの物件。

若き日のわたしは、就職氷河期のなかでも一番ヤバイ年に会社を辞めてしまい、就職先がなく、東京を離れざるを得なくなった。

「こういうのを都落ちと言うんだな……」と自嘲気味に思ったものだ。

そして会社員人生、最初のドン底となる「神戸奴隷編」へと突入することになる。あの地獄の日々は別の記事に譲るとして、今回は物件の話だ。

チラ見せします……

◆ ◆ ◆

東京から神戸への引っ越しとなると、物件を探す余裕がまったくない。
日帰りで物件を決めた。

時間の制約があるなか、2、3件見て、駅近の「ワンルーム、家賃4万円」の物件を選んだ(以降、「川ビル」と呼ぶ)。

そいつは長細いビルで、道路の端にへばりついていた。その道路がまた変な構造をしていて、立体交差と言えばいいのか、ビルの2階の位置までせりあがってくる(わたしの部屋は4階)。

それなりに交通量があり、道路の音が気にならなくはなかった。
だが、贅沢は言えない状況だったし、なにより時間がなかった。

いよいよ引越しの日。不安を抱えながら、ひとりボストンバッグとともに川ビルにやってきた。他の荷物は明日配送される。

……がらんとした古びた部屋にひとり。

完全に想定外のことだった。

外の音が、うるさすぎる!


下見をしたときは、こんなにうるさかっただろうか。

部屋に入って1時間も経っていなかったが、あまりのうるささに、これは耐えられないと思った。

完全な失敗だ! わたしは絶望的な気持ちになった。

何か方法がないかと藁をもつかむ思いで不動産屋に電話をした。不動産屋の回答はこうだった。

「今、部屋に家具が搬入されていない状態だから、余計にうるさく感じるんですよ。家具が入ったら少しマシになるんじゃないですか」

本当だろうか。
少しマシになった程度で耐えられる気がしないのだが……。

◆ ◆ ◆

翌日、トラックが到着し、多くはない家具を配置する。
テレビをつけてみると、たしかにマシになった気がした。

ひと晩たって、外の騒音に慣れたことも大きいだろう。
とはいえ、過去最高にノイジーな環境であったことは間違いない。

ぶろろ、ぶろろ、ぶろろろろーーー!!


悪魔のような状況だった。
ところが、その後、わたしの反撃がはじまる。

当時、会社員としてのキャリアが崩壊してしまったこともあって、わたしは真剣にミュージシャンになりたかった。作曲をしたかった。

そして恥を忍んで告白するなら、Mr. Childrenのようになりたかった。かつて名盤「深海」で自分を救ってくれた存在にわたしは憧れた。年齢的にも自分の可能性に賭けてみる最後のチャンスだと思った。

そう考えたときに、このアパートの環境は最高だった。
まず細長いビルなので隣室がない。上下の部屋は、外がうるさすぎて、爆発でも起こさない限り音は届かない。

つまり、この最悪なマンションは、見方を変えれば「個人スタジオ」だったのだ。

わたしはアコギを全力で鳴らすことができた。全力で歌っても廊下にさえ響かない。作曲ソフトや録音マイクを購入し、簡単な作曲環境もつくった。
自称名曲がいくつか誕生した。

そのときの曲がこちらですね

だが、現実は甘くない。わたしは結局、Mr. Childrenになることはできなかった。(「Mr. Children」のMの字にも達してない)

それでもミュージシャンのハードルを全力で下げて、「ギターや打ち込みで作詞・作曲ができる」ことをレベル1としてもらえるなら、わたしは「ミュージシャン(レベル1)」になることができた。

この先何の役に立つかわからないが、わたしがみゅーじしゃん(恐れ多いのでひらがなにしました)になれたのは、川ビルのおかげだ。

――これで終わりでもいのだが、川ビルの奇跡はこれに留まらない。

奇跡としか言いようのない出会いがあった。
ほぼ「君の名は。」だと思ってもらっていい。PartⅡに続く。

※PartⅡは「注目note」に選んでいただきました

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焔ふぁい|FIREの精霊 クリエイターであり続けたいー! が、整体に行かないと死ぬ。ポンコツゆえ、ポンコツゆえ、300円よろしくお願いしまーーす!