【掌編】 夜の隣人
消えたい、と思う。
何かがすごく不安というわけでもなく、ただ漠然と不安だったりする。生きていれば嬉しいことや、喜ばしいこともあるけれど、それは刹那的なもので、永続的に襲いかかってくる不安に敵うものなんてない。
お金があれば、仕事があれば、友達がいれば、家族がいれば、何かひとつくらいあれば安心できるような気がするけれど、その先には幾重にも別れた問題が発生することは、想像に難くない。だって、みんなそう言ってる。みんなって、みんなだ。どこでいつ、知り合った人でも。恋人ができた先、仕事が決まった先、夢を叶えたはずなのに、それはスタート地点だったなんて、馬鹿げている。
消える以外の正常な選択肢があるだろうか、と思う夜がある。
それは持病みたいなもので、偏頭痛とか、花粉症みたいに、必ず訪れる。あるいは、親しい隣人のような無遠慮さで。
いつものことなので、静かに過ぎ去るのを待つ。特効薬はない。少しだけ散歩をしたり、本を読んだりできればいいけれど、大抵はベッドの中でそう思う。夜に。
ロックマンみたいに、パーンッと消えられたら。と例えている人がいて、非常に共感したことは、今でも忘れることができない。そう、そうなんだよ。よくぞ言ってくれた。そして「現実はそうもいかないから」と続いていて、また強く頷いた。そうなんだよなあ……
消えることは現実的ではないから、田舎に逃げてしまおうか。と妄想する。逃げ込める家がある。もし本当に病んでしまったら、家賃を払わずに生きていける場所があるだなんて。しみじみと、有り難く思う。
けれども今すぐ帰ろうかとか、何年後かに帰ろうかとか、そういうふうにはならない。現実問題として、この家を引き払うのが面倒だ。洋服と本の断捨離すらできないのに。そういえば、更新もしたばかりで、この部屋に後ろ髪を引かれるばかりだ。もったいないなんて、人生で一番無駄な感情なのに、一番支配されているかもしれない。自分の凡人具合が情けないのに、安堵する。
同時に、今の暮らしを愛している自分もいる。不安を打ち消せないにしても、救いはある。朝に飲むコーヒーも、ベランダの隙間から見える空にも。自分で選んだカーテンも。ここはわたしのお城、いちばんの安全地帯。それなのに、ベッドにうずくまる。
人生はどこであっても、不安と救いがある。わかっている。
消えることも逃げることもできない、と今宵もきちんと諦める。もう、仕方がないんだ。不安もなくならない。不安は、誤魔化すしかない。わかっている。
せめて、せめて身軽になりたくてハンガーラックに手を伸ばす。要らない服を捨てようかと思ってはいるのだけれど、捨てるのはちょっと……と思うものが多かった。結婚式で一度しか着ていないワンピース、友達からもらったスカート、あまり着ていないものが多くて、ゴミ箱に入れるには罪悪感がある。じゃあ、売りに行こうかとすれば、車を出さなくてはいけなくて、また気が遠くなる。
えいっ、とワンピースを掴み取る。次はスカート。似合わなかったブラウス。ベッドの上に、思い出の死骸たちを放ってゆく。ひとつひとつに思い出がある。それに、まだ着られるのに別れるのは寂しい気もする。寂しいっていうのも、支配されてはいけない感情なのだ。わかっている。わかっていることばっかりだ。
こんもりと山になった洋服たちを、ゴミ袋に詰める。まあ、捨てるか売るかはもう少し考えよう。未来の自分に任せよう。
今は少し、身軽になったことを喜ぶ。これで、いざってときも実家に逃げやすくなるし、何より部屋がすっきりとした。洋服と一緒に不安も捨てられた、なんて馬鹿みたいな妄想だ。
そもそもが「消えたい」なんて馬鹿みたいな妄想だ。まぬけなわたし。
スマートフォンに手を伸ばすと、新着メッセージ。明日、11時には迎えが来るらしい。ずいぶんとすっきりとしたハンガーラックを見つめて、明日は冬物のコートを買おうと思う。せっかく捨てたのに、また買うなんてやっぱりまぬけだ。でも、買い物っていうのは未来の自分への贈り物だから。このせりふを気に入っている。本当に、そうだと思う。
明日から新しいコートと、ほんの少しだけ身軽になったわたしで、この冬も越えてゆくのだろう。飽くことなく、様々を溜め込みながら。きっと、どうにかして。
▼ロックマンのこと
▼友人で声優の、奥月ひかりに朗読してもらいました。多謝
#ひかりねる
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