見出し画像

noteさま、ガス欠のわたしたちのために、この街にもミュート機能をください。

 三十七歳、春。
 四年間で四度目の休職となってしまった。
 過去に二回の、心に大きなモヤがかかるような「会社に行けない」という恐怖ではなく、ただただ身体を持ち上げることができない。
 病院にひとりで行くこともできず、初めて付き添いを頼んだ。その後の約一ヶ月は近くのコンビニまで歩くのがやっと。毎日、窓から外を眺めて、ギリギリのところで自分と世界が繋がっていることを確かめた。まるでラプンツェルみたい、と笑いながら。

 それほどまでにどうしようもなく具合が悪いと、「何も考えずにいよう」とか「生きることに全振りしよう」と、わたしの場合は開き直れたのだけれど
 少しずつ具合が良くなるにつれて、コンビニまで行ける日も増えた。駅前まで歩ける日が増えた。それはあくまで「増えた」というだけで、体調にはムラがあるってわかっていたのに……今度は、コンビニにも駅前にも歩けない日が来ると、なんだかもう、すべてに取り残されたみたいになった。寂しい、苦しい、情けない、悔しい、ぜんぶが色水みたいに混ざり合って、泥になる。
 その濁りを取り去る唯一の方法が、「頑張って乗り越えようとせず、何も考えずゆっくり休むこと」と言われてしまったので、抗うことも許されない。
 頑張ることは苦しい。けれども、頑張ってはいけないことも苦しいと知ってしまった。
 泥水に泥舟。流れているのか、滞っているのか、わからない……


 というような近況が数ヶ月前のわたし!

 思考が「苦しい」に取り込まれてしまうと深い所まで落ち込んでしまうので、YouTubeやアニメを見たりしていました。内容を理解することに疲れてしまう場合も多いので、YouTubeは短いものだったり、ラジオ感覚で楽しめるもの。アニメは、一度見てストーリーを把握しているものに限る!
 かんたんなゲームには取り組めたので、久しぶりにポケモンのパズルゲーム「ポケまぜ」に復帰してみたり。
 何もしないで時間ばかりあるのに、身体が動かず気分転換の手立てが少ない。落ち込む暇ばっかりあるから、適度に意識を別のところに持っていきたかった。

 あとはもう、SNSばっかり見ていました。
 あんまり褒められることじゃあないかもしれないけれど、頭も身体も、もうほとんど動かなくて、だけど眠れないっていう瞬間に、Xで短い文章を読んだり、Instagramで便利なものや美味しそうなものを見たり。
 noteのタイムラインも見たりしていました。長文を読むのは難しい日もあったけれど、誰かの日常を覗いてみたり。

 そして、誰かの言葉に傷ついたりもしました。
 じゃあ、SNSなんて見るなよ!と言われたらその通りなんですが、それが生命維持に必要な時間があった……って言っても、信じてもらえないかもしれない。もしかしたら、他の答えがあったかもしれない。でも、とにかくそのときのわたしにはそれしかなくて……言い訳だと言われても。

 言葉っていうのは凶器だと思っています。
 味覚や嗅覚が壊れてしまったときに、誰かの「美味しい」って言葉に、身勝手に傷つきました。
 もっと身近なところでいえば、ダイエットしている人にケーキの写真を見せたら、嫌な気持ちにさせるかもしれない。という可能性があることを、わたしは忘れたくない。
 SNSに限らずの話ですが、友達に「オススメの本を貸してよ」と言われたときにはとても悩んだんです。結局、せやま南天さんの「クリームイエローの海と春キャベツのある家」を選びました。忙しい友達でもきっと読みやすくて、優しい気持ちを届けたかったから。
 でも、この物語では奥さん(お母さん)が亡くなったばかり。だから、身近な死があったばかりの人には、適さないかもしれません。
 そんなことを言い出したら、キリがない。ということもわかっています。だから話さない、黙っているというのも極端すぎる。
 何よりわたし自身もたくさんの言葉に救われた命ですから、今日もこうして情けない経験を書いているわけです。


 コンビニまで歩けなかったあの日、
 わたしは、Xで友達をミュートしました。

 友達の、すごく大きな成果がたくさん流れてきたんです。
 いやもう、三十代も後半ですから。成果を上げている友達もたくさんいます! 結婚をしている人も、子育てしている人も、家を買う人も。友達が持っているものの多くを、みんなが当たり前にしていることを、わたしはできない。
 もちろん、友達のことは応援しています。
 そりゃあ、応援してるよ……でも、どうしても、「他人と比べない強さ」を、心身ともに弱った自分の身体に宿らせることが、できなくて……
 友達を見ていると、コンビニまでも行けないわたしの情けなさ、仕事ができないこと、お金を稼げないことが、もう、どうしようもなく惨めで情けなくて、
 こんな気持ちを友達に向けてしまうことがまたつらくて
 ミュートボタンを押しました。

 Xのミュートが気づかれることは、あまりないようです。
 こんなわたしだけど、友達とは友達のままでいたかった。
 わたしが勝手に、いま見たくないだけだから
 ダイエット中のケーキと同じだから……

 タイムラインは、いろいろな情報が流れてくるのがおもしろい。
 でも、時折見たくないものがある。
 自分の体調がいいときに、ミュートした友達のポストを見に行ったりすることはあります。
 元気かな?って、思える余裕があるときにはそうします。
 でも、苦しくて眺めているときに急に、大きな成果を見てしまうと苦しくなる……というのは身勝手だと思います。でも、身勝手に自分を守ることがいけないとは思えない。わたしはわたしを許したい。


 noteさま、この街にもミュート機能をください。

 身勝手なことだとわかっています。
 でも、働けないときにお仕事を頑張っている人がタイムラインに並ぶとキツいです。でも、わたしはnoteのタイムラインが好きです。noteのことをひとつの街みたいに思っていて、ここでの暮らしは心地いいです。この街で、感謝しきれないほどの出会いがたくさんありました。
 救われることと傷つくことって、どうしてこんなに隣り合わせなんだろう。

 ごめんなさい、つらすぎてnoteのフォローを外した方がいます。
 すごく頑張っている姿が眩しくて、見ることができなくなってしまいました。
 相互フォローだったのにそれが外れて、嫌な思いや悲しい思いをさせてしまったかもしれません。でも、日頃から気軽に連絡を取るような友達でもないので「ちょっとしんどいからフォロー外すね!」なんて、言えるわけもなく……いや、もちろん親しくても言えないでしょう。言える余裕があったら、きっと素直に応援できたはずです。
 もう、その人とは二度と話せなくなるかもしれない。そんな覚悟を勝手にして、「フォロー中」のボタンを押しました。
 勇気を出してこんな言い方をしますが、「二度と話せないのはまずい」という相手のフォローを外せません。

 日頃はnoteアプリでタイムラインを見ていますが、「非表示」を押すと投稿がスッと消えるのではなく、「非表示」という表示でマスキングされます。
 それはそれで、「非表示」を押してしまったことへの罪悪感と、もともと書いてあった内容を考えちゃったりして、ちょっと嫌です。
 わたしがアプリのアップデートをサボっているからかもしれませんが、noteのアプリを再度立ち上げるとさっき非表示にした記事が、また表示されてしまうこともあります。


 SNSのフォローって、するのは簡単だけど、外すのは難しい。と思うのは、わたしだけでしょうか。
「この人おもしろそう!」というSNSでの出会いは、フォローするのも外すのも気楽なように思います。でも、実際にお会いして「SNS教えてください!フォローしますよ」という場合。
 あなたを知りたくてフォローしたけれど、わたしとSNSの使い方が違うな〜と思うときがある。見るのしんどいな〜という投稿が多かったりする。
 正直、その人自身に苦手意識を持ってしまうこともありますが、お会いして話すと気が合う。という方もいます。だから純粋に、SNSの使い方が違うってこと! 友達関係を壊したいわけじゃない。でも、「知り合い」と認識している人から相互フォローが外れてるって気づいたら「なんかしちゃったかな!?」って思うのが主流だと思うけど、この感覚は一般的ですか?

 Xは、ミュートやグループ分けの機能があるので、防衛手段が多く助かっています。
 noteには防衛手段がない分、タイムラインに平等に表示される良さがある。それが、この街のいいところなのです。だから、身勝手なのはわたしのほう。noteのタイムラインを見なけりゃいいってだけです。

毎日更新されるので、フォローもリフォローも気兼ねなくどうぞ

 最近、プロフィールにこんな言葉を書き足しました。
 わたしの作品を「いいな」と思ってフォローしてくれても、次の作品が好きかはわからない。わからないのに「次」が毎日くる。場合によっては、相手のタイムラインをわたしで埋め尽くしてしまう場合もある。
 そして、「毎日投稿」というのは、狂気であり凶器だとも思っています。
 もうすぐ、毎日投稿2000日を迎えます。「やめられなかっただけの日々」と自分では思います。この2000日のうち、最初の400日を越えたあとは、ずっと闘病記録になってしまいました(最初の200日は会社をクビになって無職だったので、なかなかズタボロな日々です)。
 心身が健全でないということは、友達を素直に応援できなかったり、何かを「辞める」「変える」という大きな決断をするのが難しかったりします。ちょっと頑張ればできるたこと、ちょっと落ち着けばわかることが、わからない。みたいなね。弱ってる、ってことです。

「それでも書いているのはエライ」と言ってくれる人が多く、とても嬉しいです。
 でもきっと、noteの街の中には「毎日更新ができなくて苦しんでいる人」もいると思います。自分ができないことを、隣の人が平気な顔してやっているように見てたら苦しく思うと思う。つらいって思っていいと思う。
 書きたいときに書けばいいんです。わたしは「書きたいとき」がわからなくなっちゃうから、毎日書いているだけ。あとは、病気で息してる自分を許す言い訳を探しているみたいなもので……

「毎日更新は最高です!」「何でもいいからアウトプットをしましょう」と、推奨する人も多いです。でも、わたしはそうは思いません。個人的に書く内容のNG設定は少ないですが、書くときに大切にしていることがあります。それが大切にできないならば、書かないほうがいい。という意味で、何でもいいとは思っていません。
 わたしは「毎日noteを書いていたらこんなに素晴らしいことがあった!」という記事を見て、何度も落ち込みました。
 だからわたしがnoteで得た喜びの声だって、今日も誰かを傷つけているかもしれない……

 そんなことを言ったらキリがない。わかっています。
 だからどうか、わたしのリフォローは気兼ねなくお願いします。相互であってもどうか、心配しないでください。いつでもリフォローできる前提でフォローしてください。運営しているメンバーシップに関しても同じ気持ちです。
 もし、もしとても有難いことに「またタイムラインにいてくれたら嬉しいな」と思ったら二度目だって三度目だってフォローは嬉しいです。
 タイムラインに並んでるとウザいけど、ときどき気になって見ちゃう!というのも有り難いです。いいなと思ったら、ドシドシいいねを押してください!


 わたしが感じている、「友達のフォローを外すのは気まずい」という考え方が、そもそも一般的かどうか自信がありません。でも怖くて、友達のフォローを外せないです。
 友達を辞めたいんだったらいっそブロックでもいいけれど、どこかで会ったら笑って話したい。でも、SNSのあなたの発言が今のわたしには毒になるときがあります。

 取り急ぎ、どうかあなたが、わたしのアカウントのフォローを気兼ねなく外してくれることを願っています。
 もしかしたらどこかで気づいて落ち込むかもしれませんが、それはわたしの問題で、まずはあなたがあなたの快適さを追い求めるべきです。
 わたしもわたしで、「君は今ちょっとしんどいだろうなァ」と笑ってかわせる人間になりたいですが、やっぱり日頃から親しく連絡をしている相手にフォローを外されたことに気づいてしまったら、こちらからは連絡できないかもしれません……
 というような考え方の人間なので、気づかれるリスクが少なく自衛できるミュートは有難いのです。

 18才でmixiの招待を受け、初めてスマホを持ったのは大学生のとき。
 というわたしと、あなたのSNSについての考え方は違うかもしれません。この話題における年代の違いは大きいような気がするのと同時に、個人の感覚の差も大きいのでしょう。

 時代も「頑張ること」よりも、「生きやすさ」を重視するようになってきたように思います。
 ひとりひとりが何に傷つくかが違う以上、何が行きやすいかも違う。
 相手を思いやることが、追い詰めることもある。なーんて考え方が、いちばん自分を追い詰めるでしょう。
 最近は、友達の言ってくれた「聖人君子はいない」という言葉に救われました。
 相手を信用することと、期待しすぎることは違う。
 いろいろなことを「そういうときもあるよね」って乗り越えられたら……いいですよね!
 それができたら苦労しない、と思った夜がわたしにもありました。自分の痛みを、持て余すばかりで、どうすべきかもわからなかった。だからどうか、理想のあなたでいられない瞬間を責めないで欲しい。ガス欠です。休んでください。

 ガス欠のわたしたちのためにどうか、noteにもミュート機能があると嬉しいです。

 2025年7月21日 松永ねる

※あくまで、個人の意見です。ミュート機能が実装されたらわたしは嬉しいですが、noteさんにはnoteを守り、成長させるために大切なことを選んで欲しいです。ただ「友達の投稿を見たくないと思ってしまったとき」の、わたしとあなたを許したくて書きました。大丈夫だよ。わたしも、そういうことある。実は結構、ある。


▼「ガス欠です」と言ってもらえて安心しました。この安心を、次の誰かに伝えたくて、今日も書いています。

▼ガス欠のおくすり

▼優しい物語の感想文


▼タロット占いやってます。大切な人には話しづらいこと、まだ整理できてないもやもや。気兼ねなくお聞かせくださいね。(サンプルと感想はこちら)

▼わたし宛のお便り(なんでもどうぞ)とご支援

▼欲しいものリストから送っていただいた本で、感想文書いています


いいなと思ったら応援しよう!

松永ねる スタバに行きます。500円以上のサポートで、ご希望の方には郵便でお手紙のお届けも◎