”在る”動力
朝、ラジオ体操をしている。
いつもってわけじゃなくて、具合によったり、寝坊したりしたらサボって、適当に、可能な限り
もともとダイエットのつもりで、去年の今頃は毎朝必ず40分くらいストレッチと筋トレをしていたのだけれど、飽きてやめてしまった。
あれは、狂気の沙汰だった。
去年の今頃は、味覚がまだ治りきっていなくて、
食べられるものに制限が多かった。ので、ついでにダイエットをしようという腹づもりだった気がする。
唐揚げが食べれれるようになって、ダイエットは終了した。
いまはまた、細々とダイエットを再開してというか
放っておいたら5キロとか平気で太ることが証明されたので、永遠に”放っておいてはいけない”という事実を、認めざるを得ない。
いまは、「毎日、16時間の断食時間を作る(ように努めるために時間を測る)」と、「毎日、体重計に乗ること」のふたつを目標にしている。
右肩下がりにいかない体重計を見つめながら、減らないときも、がくんと減ったときのどちらも「もうよくない?」と思ってしまうので、ダイエット道は険しい。
だから永遠だって言ってんだ。
話が逸れてしまったのだけれど、とにかく細々ダイエットをしていて
ダイエットだと思うと飽きてしまうし、結果を求めてしまう。数字というのは、まごうことなき残酷である。
体重が減らないことに傷つかないために、「健康のため」と思うことにした。
もっといえば、健康なんて目に見えないものよりも、もっと鮮明に「執筆できる時間を増やしたい」と思ったら、けっこう健やかな気持ちで取り組めるようになった。
鍼灸院で教わることの幾つかは、ダイエットの過程で習ったことに似ている。
今でも、最初のダイエットのことは思い出す。
あの頃は、16時間ダイエットと毎朝ストレッチで、するっと2キロほど痩せた瞬間があった。
あのとき、わたしはお腹の筋肉というか、筋を見つけた。
胸から下を意識して歩け、みたいなことはダイエットの過程で学んでいて
いやいや、胸の下は腹ですけど?
そしてそこは脂肪の棲家なので、意識しろと言われても、太っていることは理解してますって、それだけで
あのとき、少しだけ脂肪を削ぎ落としたら、確かにあった。歩くと動く腹の、あれは筋というのか、筋肉というのか。とにかくあった。見つけた。埋もれていた。
最近は、丹田を見つけた。と、思う。
これもダイエットと鍼灸院と、どちらでも言われたのだけれど、ずっと「その名を存じ上げている他人」だった。
へその下に、「丹田があるらしい」とそればかりで、そこにチカラを入れろと言われても、ずっとうまくできなかった。
鍼灸院で、「苦しいときには丹田を意識するといいですよ」と言われて、それはわたしの稼働時間、「書ける時間の増加」に繋がるので、意識して探してみた。
しばらくずっと見つからなくて、「丹田らしき場所」に力を入れてみて、なんかパッとしない日々を過ごしていた。
それが、ある日出会った。
丹田はあったのだ。
おそらく、きっと、高い確率でそうだという、何やら実感があった。
身体のことを、あまりに知らない。ということを、わたしは鍼灸院で学ぶ。
先生も「自分もそんなもんですよ」というので、人類っていうのは世界でいちばんのミラクルで、未知のひとつだと痛感する。
そしてわたしは、からだのひとつずつを知ってゆく。
丹田を、おなかの筋を、自分の肩が巻いていること、内股が全体のバランスを損なっていること、骨盤を”立てる”こと、など
言葉が、実感へ、事実へと変わってゆく。
無知は罪、と言っていただけたことを、いまでも思い出す。
しずしずと、思い出す。
それは、投げやりな生き方への投石のように思われていたのだけれど
もっとシンプルに根本的な部分として、自分を顧みるような
知らない名前の駅には向かえないように
身体の知らない部分は動かせない
名前の知らない職業には就けないし
存在を知らない食べ物は食べられない。
知らない関数は使えないし、
名前を知らなければ、犬はぜんぶ犬なのだ。
少しずつ、解像度を上げてゆく。
”在る”ものを知り、動かしてゆくこと。
丹田に意識を、キツイときには合谷を押しながら
生きてゆくのだ
知ることをチカラに変えて
”在る”ことを動力に変えて
今世、この身体で
わたしは生きて、書いてゆくのだと、思っている。
合谷とバランスのこと
応援とおしゃべり(おきがるにどうぞ)
いいなと思ったら応援しよう!
スタバに行きます。500円以上のサポートで、ご希望の方には郵便でお手紙のお届けも◎