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序章 (夢と金に宛てて)

医者に行った。
コイツ、話聞いてないな。と思った。

前回とは違う先生で、少し話しやすい空気を出していたので幾つか話してみた。
というか、前回も話した内容も、引き継ぎとかされてないんだな。と気づいたので、少し丁寧に。

最初は幾つか頷いて聞いてくれて、
それから、相手の話を幾つか聞いた。

そしてまた話しかけている途中に、手応えのなさに気づいた。
ああ、このひとは自分の言いたいことを話したいだけで
これ以上言うことがなくなったいま、面倒くさい顔をしているんだ。と

確かに、わたしが話している”ヤマイ”と思われるそれに、実態はない。
血液検査に以上はないし、すべての骨はくっついている。
レントゲンやら胃カメラに何かが映ったとか、そういうことではない。
ただ、わたしが”ヤマイ”であると信じているだけで

わたしだって何回も、「気のせいじゃないか」とか
自分が悪いんじゃないか、って考えたよ。気が狂いそうだ。
でも、”元通り”の暮らしを望んで、ここに来た。

もちろん、”お医者さん”という職業そのものを、悪く言うつもりはない。
たくさん救っていただいたことを感謝している。

ただ、医者以前というか
接客業(お医者さんを”業”と呼んでいいか知らないけれど)として、というか
いやいや、病院で働くのはきっと大変だろうし、いちいちわたしの実態のない話を聞いていられないのもわかる

ただ、友達でも会社の部下でも上司でも
そんなふうな態度を取られたら悲しい、というような
「あーハイハイ」という聞き方だった。
少なくとも、そのように感じられた。
このひと、わたしに興味ないんだな、っていう。

興味を持ってもらいたいわけではなかった。という言葉が正しいかどうかもわからない。
ただ、ただ本当に
「仕事には半分くらいしか行けていないけれど、休職はしないほうがいいってことは、収入が半分になって露頭に迷うかもしれない」という、わたしの生き死にの切なる問題は
目の前のこのひとには、関係のないことなのだと実感した。

確かに実家に戻れば、わたしは金銭的な意味では生きながらえることができるので、”本当の不幸”ってやつではないかもしれない。
生活保護だって、もらえるのかもしれない。
ただ、ようやくたどり着いた制度”障害年金”については、「知らない」と言われて終わった。
病気や怪我によって、生活などが制限されるようになった場合、受け取ることができる可能性のある年金で、病院で書いてもらう書類が必要だ、と聞いていたので、ここで聞けばわかると思っていた。
わたしが甘かった。

このあいだ読んだ本に、日本の自殺の原因(大人の場合)は「健康問題」が1位で、その次に「生活困窮等」となっていると書かれていた。
今年、出版された本の話である。

僕らは、お金がまわらなくなったら、自殺を選び、犯罪を選ぶ。

西野亮廣 ”夢と金”

なるほどな、と思った。
そりゃそうだよな、と思った。
そして、「わたしのことだ」と思った。
稼げない身体で生きてゆくこと、そして治るかもわからない絶望の中で、「死」という単語がまったくよぎらなかったと言ったら、それは嘘だ。

しばらく経ってから、「どうせ死ぬわけだし」と「この身体が沈没するまで、できる限りのことをやってみるか」というある種の諦めの境地にたどり着いた結果、お金や社会、生き方の勉強をすることにした。
この本を読んだのも、その一環だ。

知識不足で命を落とすな

西野亮廣 ”夢と金”

いやはや、おっしゃる通りだ。
西野さんの言葉は、本当に優しい。安心感がある。
わたしなんかと比べるのはおこがましいのだけれど、自分なら「この言い方はちょっとヤバイ」「この事実を書くと、反感を買うかも」と思ってしまうようなことも、するするっと言葉にしてしまえるような印象だ。
それは、文章でも、おしゃべりでも。
ときどき西野さんのvoicyを聞いたり、Facebookの記事を読んだりするのだけれど、このひとの発信から「機嫌が悪そう」と感じたことがない。
わたしもすごく気をつけていることではあるけれど、うまくできている自信はない。

この本は、こんな終わり方をしている。

これからキミが歩く夜道を少しは照らすことができたかな? どうだろ?
またどこかで感想を聞かせてください。
キミとキミの家族の幸せを心から願っています。
頑張ってね。

西野亮廣 ”夢と金”

頑張ろう、って思った。
ばかみたいに、すなおに
この言葉を書いたひともきっと、ばかみたいにすなおに「頑張ってね」って思ってくれているんだ、と信じられた。
それは、確かな救いだった。

ああ、わたしはこのひとに殺されるかもしれない。と思った。
”このひと”というのは、さっきまでわたしの前で生返事をし、一度も視線を合わせなかった医者だ。

病気を治すには原因の特定が必要で、弱った身体でインターネットの海を彷徨い、ようやく見つけた病院だった。
説明文を見たら、わたしとヤマイのことを細かく書いてくれていて、ここならば助けてもらえるかもしれない、と藁にもすがる思いだった。

まあ、知らんよな。
わたしの身体が動こうか、どうか。
だってさっきまで目の前で、あんまり病気っぽくない顔で話していたし。
そっちの態度があんまりだったから、わたしもなかなかひどい態度で接してしまって、もう悪循環だ。すまん、わたしも悪かった。
そもそも、身体のどこにもエラーと断定できるものがなくて
ただ、わたしが「苦しい」と言っているだけで
いやはや、それも気のせいかもしれない
でも、耐え難い痛みがわたしの中には、まだあるんだって
やっぱり、それも気のせいか。
偏頭痛や生理痛と一緒で、付き合って生きてゆくしかなくて、いちいち仕事など休んでいる場合ではないのかもしれない。
それが月に数度ならまだしも、週に何度もっていうのは、やっぱり気合いとか根性が足りないのかもしれない。

まあ、どうでもいいよな。
初めて会った縁もゆかりもないオンナが、野垂れ死のうが、どうでも。
35歳、2年間フルタイムで働けなくなったくらいで、貯蓄が尽きるような生き方をしてきたのが悪いって言われたら、何も言い返せない。

結局わたしの人生はわたしのもので、わたしがなんとかしなくちゃいけない。
次の病院を探すか、実家に帰るか、
幸か不幸か、いや幸せであろう
最近は、どれほど体調を崩していても、頑張って出社さえすれば平気な顔をして働けるようになった。
じゃあ、頑張ればいのか
いつまで

そういうことをずっとひとりで考えてきていた。
ひとりで考えなければいけない、と思っていた。
家族と呼べるひとたちも別の個体かつ、金銭的に余裕があるわけではないことはわかっている。
母親には、ずいぶんと迷惑をーーーー迷惑とは言わないだろうけれど、申し訳ない気持ちで援助をしてもらった。それももう、限界だ。
金銭的にも、わたしの心も

知識不足で命を落とすな

キミとキミの家族の幸せを心から願っています。
頑張ってね。

結局のところ、苦しい状況というのは、これからも続いてゆくのだろう。
わたしは選択を繰り返す。
ただそれは、特別な不幸というわけではなく、ありふれた不幸なのだ。
各々の”特別な不幸”が、ありふれている世界なのだ。
そしてそれは、自分の痛みを軽視することではなく、ぐいっと、ぐいぐいっと飲み込んで、何百回も吐き出したい気持ちを、なんとかすりつぶして
それから「どーしたモンかね」と、少しだけ落ち着いて空を仰ぐ。

新宿の空

最近、むかしのことをよく思い出すなァ、と思っていた。
それもそのはず、10年前に関するエッセイを書いたのは昨日だ。
書いた内容っていうのはすぐ忘れてしまうのだけれど、記憶だけがこびりついているようだった。
あのころも、新宿の空を見ていた。
「東京の空は白いね」という歌詞を書いたことを、思い出す。

その涙は 誰のために流したものだろうか

こんな歌詞も書いた。
当時はそういう書き方をしていることが多かったのだけれど、「誰のために」なんて言いながら、聞く人への”余白”を用意しつつ、わたしの中ではきっちりとした答えがあった。

わたしは、誰かのために泣かない

これは、その意志だった。
強い、強い意志。
十余年も前に放たれた、まばゆい光だった。

いやな気分が、少しだけやわらいでゆく。
うそだ、遠ざかってゆく。それだけだった。それが精一杯だった。

わたしは、わたしのためにしか泣かない

そうであるのならば、わたしのための涙は、さきほどの「いやな思い」とか、「その思いを発生させた相手」のために流されるべきではない。
見上げれば、今日も東京の空は白い。
だいじょうぶ、涙はこぼれ落ちていない。
ただ、悲しく、腹がたった事実はあったけれど

わたしは、何に泣くか決められる

そう思ったら、少しらくになった。
少なくとも、あんなヤツの言葉で死ぬわけにはいかんのだ、と深く息を吸った。

与えられた状況で、困難に生きていかなければいけないような錯覚(とある種の事実)はあるけれど
まだまだ、自分で選べることも多い。
わたしは、今日泣かない。
むかしの言葉も、自分を救ってくれる言葉も思い出した。
わたしは、なにを信じるか”選べる”
それを、希望にできる。
何度呑まれても、思い出してくれることを願っている。
あとは頼む、未来のわたし。

その涙は 誰のために流しただろうか

この曲のタイトルは、”序章”と言う。

まだまだ序章、というと少し違う気もするけれど(だって、この歌詞書いてから10年以上経ってしまった)
何度でも序章に戻れる
そう思えば、わたしは何度でも立ち返り、”選べる”

その左手が 物語の行方を描くのだ

わたしはここからもう一度、物語を紡ぎ、描いてゆくのだろうと
いま、その道を”選ぶ”ことにした。





(多謝)


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