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やさしさはめぐる

その日、わたしは絶望していた。

人から見れば些細なことかもしれない。
気にしているのは、わたしだけかもしれない。
でも、悲しくて、情けなくて、みっともなくてたまらなかった。
なにより、身体が重く痛い。

会社に着いていなければいけない時間に、引き返す。
そしてこのあとの長い一日を、痛みと絶望と共に過ごすのかと思ったら、もうどうしようもなくなっていた。

身体が痛くて会社に行けないのに、寄り道をするのはおかしい。
と言えばそうなのだけれど
「具合が悪い=寝るというのでは決してないです」と言ってくれた人のことを、都合よく思い出していた。

スターバックスに寄ろう。と思った。
会社に行けなくても、スターバックスに座ることはできる。
そして、フラペチーノを飲むと決めた。

沖縄のちんすこう
石川のほうじ茶
山梨のぶどうホワイトチョコレート

いまは3種類のフラペチーノがあって、ぶどうはこのあいだ飲んだ。
ちんすこうは人気らしく、どこでも売り切れ。
今日は、ほうじ茶狙い。
このあいだ一緒に行った友達が、「おいしいよ」って言ってた。あれを飲みたい。

入り口のメニューでお目当ての品があることを確認して、頷く。

しっかりと見て頷いたはずだったのに、ほうじ茶のフラペチーノの上には「ソールドアウト」のシールが貼られていた。
ああ、品切れかァ
あるって書いてあったのに…
帰りに確認したら見間違えだった。完全にわたしが悪かった。
でも、このときの落ち込みようときたら、ああ
重なる絶望。

2度目のぶどうに挑む気も起きず、
友達から進めてもらったゆずシトラスティーとか
エスプレッソのやつとか
そういうのを思い出すのも億劫で、「ドリップコーヒーのアイスで」と告げた。
あとはもう、もうなにも考えたくない
「トールで」と付け加えた声は、低かったと思う。

そのまま下を向いて、スマホの画面を開いてゆく。
スターバックスアプリの、Payの部分を開いてカードを呼び出す。
そこでようやく視線を上げた。

「店内で過ごされますか?」
目の前の男の子のほほえみが、ニコッとはじけた。

この瞬間の晴れ渡るような感動とよろこび
そして不穏な態度を取ってしまった自分の情けなさ、気恥ずかしさ
一気にぜんぶ通り越して、わたしは笑って頷いていた。
「はい、店内で」
「すぐにお渡しするのでお待ちくださいね」と言って、そのひとはまた笑った。

この感動を、誰かに伝えなければ気がすまないと思った。
LINEの送り先は、スターバックス勤めの友人に決まっていた。

具合悪くて休憩しようとスタバに立ち寄ったら、レジのお兄さんに笑顔でやさしくしてもらって
やっぱりスタバはいいところだと思いました♡
いつもしあわせをありがとう

この感動を誰かに伝えたかった…!

スターバックスの接客の良さについて、語る人は多い。
わたしもそのひとりだ。

ちょうどこのスターバックスの横のコーヒー屋では、塩対応をされたことがある。
あまりにも接客がつまらなそうだったので、こっちからにっこりとほほえんで「ありがとう」と言ったりしてみた。
べつに嫌味じゃなくて、「こっちから笑ったら、釣られて笑ったりしないかな?」という遊びだった。
勝率は半々くらいだったような気がする。

もちろんスタバだからとか、他のコーヒー屋だからとか、そればっかりで判断するのはよくない。
スタバの店員さんにも、日常がある。
えらそうに言うのもナンだけど、わたしはそれをよく知っている。
だって、緑色のエプロンをつけて、お店ではいつも笑っている友達にだって、悩みがある。
スタバにいるひとがみんな、いつも、善人であるわけがない。
当たり前だ。つらいことだってある。へんなお客さんもいると思う。

でも、それでもスタバには笑顔のお兄さんとお姉さんが多かった。
だからわたしは、「スターバックスが日本から撤退したら、わたしも日本を撤退する」と宣言していた。
スターバックスはどこにでもあって、いつでも安心できる場所だった。
だから、なくなったら困る。
いちばん身近で、手軽で、確実に、幸福になれる。
スターバックスは怒涛の速度で流れる街を、生き抜くためのシェルターだった。

仕事とは、こうあればいい。
最近わたしは、朝のスターバックを思い出しながら、そんなふうに思っている。

つらいこともある。
繕っていることもある。
嫌なことだってある。
いつでも笑ってろって、そりゃあむりだ。
それでも

たまにでも、一瞬でも
誰かの安心に
「来てよかった」とか「生きててよかった」とか
「明日からも生きよう」とか
そんな、明るくやさしい感情に触れられるもので、あればいい。

接客業に限らずとも、
社内で「よかったよ」「よかったね」と言われたり
取引先の人に「またお願いします」って言われたり
そういう、やさしい気持ちが、めぐってゆけばいい。
時折訪れる絶望も、なんとか蹴飛ばせるような。
そんなことを、生きる中で、仕事の中でも起こしてゆきたい。

コーヒーを飲みながら、あの朝のことを思い出している。
思い出さないと、忘れると思う。
絶望は苦しいし、仕事は大変だから。

だから、何度も思い出す。
思い出せば、働くことも、生きることも、
まあ悪くないんじゃないかって思える気がして
それがわたしには、大切なことだって。もうわかっている。






この日のことを
#私にとってはたらくとは
に、寄せて書きました。


※now playing


働くことについて考えて、こんな本を読みました。
答えを諦めずに探し続けていきたいなあ、と思える一冊です。



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