ウルトラウォークの生理学
人は24時間ぶっ通しで歩くようにはできていない
そもそもホモ・サピエンスは長距離移動が得意な動物である(『BORN TO RUN 走るために生まれた ウルトラランナーVS人類最強の"走る民族"』(クリストファー・マクドゥーガル著)。
江戸時代の東海道でも、旅人は1日30〜40kmほど歩いたとされる。
ロングトレイルでも、荷物を背負い、テント泊をしながら歩く場合、1日20〜30km程度を目安にすることが多い。
要するに一日30km程度ならホモサピエンスは延々と歩き続けることができるようだ。
そんな長距離移動が得意な人類にとっても、宿泊せずに100kmを歩き通すというのは、歴史を見てもあまり例はない。その意味では本来のスペックを上回る条件に挑戦しているのがウルトラウォークであると言えるだろう。
耐えられるものと耐えられないもの
筋肉とメンタルは鍛えられるが、皮膚と関節は鍛えられない
30km歩ける人なら、100km歩くことは可能だ。
とウルトラウォークのレジェンドが言うのを聞いたことがある。
おそらく、30kmを問題なく歩ける人は、筋肉と心肺機能の面では100kmに挑戦できそうだ。
しかし100kmで問われるのは筋力より、皮膚、関節、睡眠、補給、そしてトラブル管理能力である。
リタイアの多くは、鍛えられない「皮膚」と「関節」に起因する。
マメ(肉刺)
マメは単なる「皮が擦りむける」現象ではない。靴の中で足がわずかに動き続け、同じ場所に圧迫と剪断力が反復して加わることで、表皮の内部にずれが生じ、そこに液体がたまる。
いわば、皮膚の中で起こる小さな構造破綻である。
マメのできやすさは靴と足の形のフィッティングに依存する。
同じ靴ならマメはほぼ同じところにできる。圧迫されても、逆にブカブカで遊びがありすぎてもマメは出来やすい。
フィットした靴でも上述した想定外の歩行距離40kmを超えたあたりから、マメが出現しやすくなる。
また皮膚が水分(汗・雨)でふやけているとマメは出来やすい。
自分の足の形にあった靴であればマメの発生を防ぐことができるし、摩擦を軽減させるためにワセリン、テーピングは重要なテクニックだ。
マメを侮るなかれ。
庇って歩くと、フォームを崩す。
膝や腰、股関節を痛め、競技不能に陥る。
マメを作らせないことは快適なウォーキングの必須条件であるし、快適なウォーキングは完歩にグッと近づく。
股ズレ
服と皮膚の摩擦によって生じる。
これもフォームを崩す原因となる。ワセリンなどを塗ることで軽減できる。
男性の場合、乳首擦れもしばしば発生する。シャツの素材によっては乳首が血まみれになることもあるので、乳首にバンドエイドを貼るのも有用だ(もちろんニップレスでもいい。でも持ってる?)
その他の皮膚トラブル
爪に圧力がかかると、爪が赤や紫に変色したり、終了後にぽろっと爪が剥がれたりすることも。
足指に遊びがある場合で長い下り坂を降りていると爪には前から圧がかかりやすく、爪の変色・脱落になりやすいようだ。
もちろん痛い。
救いがあるとすれば、多くは競技終了後の痛みだということだ。
なので大丈夫(大丈夫か?)
足の裏の痛みもある。
足をおろした途端、足底に全身を貫かれるような痛みが走る。
これはおそらく急性の「足底筋膜炎」ではないかと思います。
この痛みはそれなりに必発する。対策はクッション性の良い靴を履くか、逆に足底のアーチを鍛えるしかない(アルトラなどのゼロドロップ系はそういう思想で作られているはずだ)。
競技に際してはわりと多くの人がロキソニンなどの消炎鎮痛剤で凌いでいる印象がある。
関節痛
マメを庇って本来のフォーム(アラインメント)を崩して長時間歩いていると歩くたびに激痛を起こし、ついには歩けなくなる。
元々変形性膝関節症、股関節症がある場合も要注意だ。
O脚、X脚など関節構造のアラインメントにそもそも問題がある場合や、歩行フォームで膝をねじる動きも痛みを引き起こしやすい(腸脛靱帯炎など)。
対策は、自分の歩行フォームについて解像度を高くすること、フォームを崩さないように心がけることだろう。
道具としては、コンプレッションタイツ、サポーター、テーピングなどだ。
眠気
長時間、徹夜で歩いていると、当然眠くなる。
眠くて歩けない(ゾンビのようになるのでゾンビタイムなどと言うようだ)時間帯をどうやり過ごすか。
ゾンビのように歩きつつ覚醒を待つか、それとも短時間仮眠するかは、人により解決法が異なっている。高用量カフェイン摂取もテクニックの一つとして共有されている。
「これ(も)、健康に良くないんちゃうん?」とも思うが、この眠気の状態は意図的に脳内麻薬(ウォーカーズ・ハイ)を作り出すための前振りなんじゃないかと僕はいぶかしんでいるのだ。
眠気は時間依存で訪れる。
ゆえにハイスピードガチ勢(16時間とかでクリアする)になるのも一考だ。
その意味では初心者ほどこの厄介な障害に直面せざるを得ないわけで、なかなかパラドキシカルだなあとも思う。
最後に
ウルトラウォークは「歩く競技」というより、「歩き続けるための管理競技」かもしれない。
筋力を鍛え、長距離に慣れることはもちろん大事だ。しかし完歩できるかどうかのポイントは足裏のマメだったり、股のこすれだったり、眠気でぼんやりした頭だったり。
人類はたしかに歩く動物である。30kmなら、たぶんかなり多くの人が歩ける。だが、100kmを夜通し歩くとなると話は別だ。そこでは、筋肉よりも皮膚、根性よりも補給、気合いよりもフォーム、そして何より「小さな違和感を小さいうちに処理する能力」が問われるだろう。
ウルトラウォークとは、人間に備わった歩行能力を、少しだけ限界の外側まで引っ張り出す遊びである。
だからこそ苦しいし、だからこそ、妙に人を惹きつけるのかもしれない。
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