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一人で来たの? #5 もっと知らない世界

#5 もっと知らない世界

「せっかくサウスウィングまで来たんだ、いろいろ案内しよう」

 サチは統一政府の話をトリに聞いてからかなり落ち込んでいた。統一政府を知らなかったショックと、いろいろな物が変わってしまったこと、特に自分の名前がアルファベットと数字になってしまっていたことが一番のショックだった。

ゴーン ゴーン ゴーン
カン カラン カララン カン カラン

「あ、ウェディングベルだ」トリが言った。「見に行ってみようか?」
「うん」
 サチはあまり気乗りしなかったけど、綺麗なウェディングドレスを着た幸せそうな花嫁さんを見れば少しは気が晴れるかなと思ってそう答えた。

 サウスウィングに8階と9階は無く、7階から9階にあたるぶち抜きの空間は教会になっていた。空間を自然そのものとみなして木や草が植えられ、天井は青空の映像が映し出されている。その中に高い三本の尖塔を持つ教会が建てられていた。建物の中とは思えないほどに光に満ち溢れ、石畳には涼やかな木漏れ日が揺れている。

「わあ、気持ちいい」サチは草木が生い茂る匂いの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。なんだか懐かしい場所に戻ってきたみたいだ。
 教会の正面には立派なレリーフのドア。そのドアがゆっくりと左右に開き、参列者が次々に出てきた。みんな手に手に花びらの入ったカゴを持っている。
「もうすぐ新郎新婦が出てくるぞ」トリがサチに耳打ちした。

 まず新郎が姿を現した。白いタキシードに身を包んでいる。
 ゆっくり、ゆっくりと階段を降りながら新婦をエスコートする。
 参列者のわあっという歓声とともに花びらが舞い踊った。みんなおめでとう、おめでとうと口々に祝福している。
 でもサチには新婦の姿が見えなかった。
(え、どこ? どこ?)
 サチはトリと一瞬顔を見合わせた。花嫁さんの姿をひと目見ようと参列者の隙間からのぞくと、そこにいたのは一匹のパグ犬だった。小さなパグ犬が頭にベールを被り、レースとチュールでできたケープを着せられていた。首輪とリードはクリスタルで飾られ、新郎がそのリードをエスコートしていたのだ。

「えっ、犬?」

 サチは思わず声に出して言ってしまった。
 何人かの参列者がサチをギロッと睨んだ。
(いけないっ)
 サチは両手で口を押さえたけどもう遅い。

「サチっ、こっちに来てっ」
 トリがサチの手を引っ張り、逃げるように通用門から外に出た。そこはもう光が降り注ぐ空間でもなんでもなく、白っぽい普通の廊下だった。
「君っ、なんてこと言うんだよっ」
「だってあの人、犬と結婚式挙げてた」
「そうだよっ、それがどうかした? ああ…… そうか、君はこういうことも……」
 トリは何かを察したように言った。
「あのね、これも統一政府になった時から変わったんだよ。ああ、焦った」
「これも……?」
「そうだよ。えっとね、人間以外の動物と結婚したがる人っていうのはかねてからいたんだよ。でもそれはあくまでも冗談、と思われていたんだ。本人はいたって真面目だったとしてもね。でも統一政府になるタイミングでこれも正式な結婚と認められた」
「犬と人間が?」
「そうさ」
 サチは開いたままの口が塞がらない。

「まずその前にだな、人間と人間なら性別・年齢関係なく婚姻が認められるようになった」
「年齢関係なく、って赤ちゃん同士でも?」
「赤ちゃん同士でも。この二人が結婚したがっていると周りの人間が思ったらもうそれで成立するんだよ」
「そんなバカな……」
「言ったろ? “個人”が出来ることの幅がとっても広がったって。赤ちゃん同士がお互いを見ながら楽しそうに笑っていたら、この二人は結婚したがっている、周りはそう考える。二人が愛し合ってる証明は出来ないけど、愛し合っていないことの証明はもっと出来ない。結婚制度の説明をして、それに対して拒否の意思を示さなかったらそれで成立」
「……」

「さすがに死んでる人間の結婚は認められなかったけどね」
「えっ、死んでる人?」
「そうだよ、喪った悲しみのあまり、死んだ人と結婚したがる人もいてね。奥さんを亡くした人が亡くなった奥さんともう一度結婚したいなんて言うこともあったけど、亡くなった人のUIDは永久に使用できなくなるからね、それはダメだった」
「……」
「亡くなった人同士を結婚させたいなんて言い出す人もいたほどだ。天国でも夫婦として生きていけるようにってね。僕は意味が分かんないけど」

「さっきの、犬と結婚した人……」
「ああ、その次に人間と、犬・猫・馬は結婚できるようになった」
 トリは続ける。
「人間と動物の知能は違うよね。でもその知能の違いを、“優れている”、“劣っている”と考えるのはもう古いんだ。動物は人間が決めた法律や制度は理解できないかもしれないけど、人間も彼らの法則は分からない。だけど法律や制度を超えた心の奥底で、人間の魂と動物の魂が共鳴し合ってるって気持ち、分かる人も多いんじゃないかな。
その“魂の共鳴”をもってして結婚を認めろと、そう主張する人が大勢いてね。これを言う人は本当に多かった。それで統一政府のもとでは認められたってわけなんだ。そして人間と結婚した動物は人間と同じUIDが与えられることになる。人間としての義務は無いけど、権利だけはある形でね。
でももっと他の動物とも結婚できるようにして欲しいっていう要望がたくさんあってさ、これが収拾つかない状況なんだ、困った問題だ」

「他の動物はダメなの?」
「ダメってわけじゃないけど、キリがないよ。サチが想像している他の動物って、例えばイルカとか、チンパンジーとかだろう? でもある研究者がバクテリアを研究していて、そのバクテリアをこよなく愛しているとする。そのバクテリアと結婚したいって言い出したらどうすればいいんだい? 人間と結婚した動物はUIDが付与されるんだよ? バクテリアにID?」
 トリはヒュッと肩をすくめて見せた。
「どこかで必ず線引きが必要だけど、誰もが納得する線引きなんて無理だ。それに動物で済むってことはない、その次は絶対に植物の問題が来る」

 サチはもう驚くことも、理解することも、納得することも、どうでも良くなった気がしてきた。トリはいろんなことをサチに教えてくれようとするけど、もう何を聞いても、トリの言葉が右から左へ通り過ぎてゆくだけだ。

「あと、物と結婚できるように訴えている人もいるんだけど、これも難しい問題。人としてのUIDの付与をどうするかって問題がハードルになっててね。AIで制御されるアンドロイドは動物より上か、下か、なんて議論が……」

 うつむくサチにトリが言う。
「君を楽しませようと思っているのに…… ショックの方が大きいみたいでなんだかすまないね」
「……いいです、いろいろ変わっていることを知らなかったのは私が悪いんだから」
「本当はもっともっと面白いものがたくさんあるんだ、それをサチにも知ってほしい」
 サチはトリの顔をみてうなずいた。
「他の階にも行ってみようよ、次は絶対に楽しいところに案内するから」
 キッズパッドの時刻は11時ちょうど、大丈夫、まだ時間はある。


 二人は6階に下りてきた。
(ここは、なんだろう?)
 買い物客は誰もいないけどなんだか妙な雰囲気をサチは感じた。
「ああここはいいよ、ここは飛ばそう」
トリが下の階にサチを導こうとしたけどサチはどうしても気になる。
広い空間には机や椅子や、ソファやテーブル、小さな戸棚なんかが、まとまりなくポツポツと配置してある。ところどころに岩や植木なんかもある。
(家具売り場かな……?)

「サチ行くよ」

 フロアをゆっくり歩いてみると、シンとして誰もいないはずなのに、何かの気配を感じる。
 誰かの視線か、
 微かな音か。
 サチはそばにある柱に手をかけた。するとその柱はグニョっとした感触がして、サチは慌てて手を引っ込めた。よく見るとその柱にはサチの目線と同じ高さのところに目玉が二つ、横目でこちらを見ている。

「ひゃあああっ」
 サチは思わず尻もちをついてひっくり返ってしまった。
「大丈夫っ」
 トリが手を貸してサチを立たせようとするけどサチはうまく足に力が入らない。
「トリ、あれ、あれ」サチが柱を指さす。
「とりあえず立ち上がれるかい? あそこに座ろう」
 サチはトリに支えられながらフロアの隅まで連れてこられた。トリがそこにあるベンチを蹴ると、ガコッとベンチが音を立てた。
「これは本物、大丈夫。さ座って」

「トリ、さっき、あそこの柱を触ったら……」
 サチは気味の悪い柱の感触がまだ手に残っているようで、思わず右の手のひらを洋服に擦り付けた。
「そうなんだよ」
 トリは驚く様子も見せずに、サチに話し始めた。
「ここにはざっと、そうだな、50人ぐらいの人がいる」
「⁈」
「ここで、モノになり切って…… なり切ったつもりで瞑想している」
「瞑想……」

「ほら、これも」
 そう言ってトリは少し離れた所にある岩の表面をバッとはがして見せた。 そこには丸くうずくまったった男の人がいた。
「ヤメロヨ」
 男の人はそう言って、トリがはがした布でもう一度体を包み直し、ゴソゴソとうごめいていたがやがてまた岩のように動かなくなった。

「こういうことさ」トリが言う。
「他のもそうだよ、椅子も、机も、植木も、全部人間がそのモノになり切ってる」
 サチは目を凝らして見てみた。そう言えばソファも、テーブルも、なんだか形がいびつで、それに確かに息をしているように動いている。さっきの奇妙な違和感はこれだったのか。

「この人たちは何をしているの?」
「だから瞑想さ」
「なんのために?」

 トリは少し考えて言った。
「人が人でなくなるために」

「こいつらは、モノになることを望んでるんだ。人であることをやめたがってる。人としての務めを果たすことや、幸せを追い求めることに疲れて、人間をリタイアしたいのさ。UIDはね、あれは本人の希望があれば統一政府に返納することが出来る」
「IDを返しちゃうの?」
「そうだよ。でもIDを返納すると誰も人間としては扱ってくれなくなる。IDが無いとデバイスを持つことは不可能になるからね。デバイスが無いと、買い物をすることも車や交通機関を使うことも、家でムービーを楽しむことすら出来なくなる。デバイスを持てないということは、誰とも、何とも繋がれない、たった一人で、自分の体だけでそこに居るってことを意味するんだ」

「でもそれじゃ生きられない」
「そうだね、でもそもそも彼らは人として生きるってことを放棄したいんだ。人が人でなくなるってことはどういうことか、自分や家族に一体何が起きるのか、IDを返納してしまう前に、ここで擬似体験が出来る、そんなサービスなんだよ」
「サービスなんですか」
「そうさ。だから岩になり切るための布を貸し出したり、ソファになり切るボディペインティングをする。そしてここで一日中瞑想するのさ。無になるためにね。閉店時間になると彼らはシャワーを浴びて料金を払って家に帰っていく。
 IDを返すなんてバカなことする前に、ここでよーく考えろってこった」

 トリはなんだかこのサービスには嫌悪感を持ってるようだ。

「でもここはまだ静かでいい方なんだよ。フロアのもっと奥に行くと、人間をやめて動物になりたい人の擬似体験サービスがある。ここの奴らと違うのは、動物の場合はUIDを返納しなくてもいいってとこなんだ。IDを保持したままで人間をやめたいと思っている奴らがいる。
朝から晩まで動物の鳴き真似しながらウロウロと徘徊する奴らが、ここよりもっとたくさんいるんだけど、どうする? ついでに見に行ってみるかい?」

 サチは首を思いっきり横に振った。

 またしてもショックを受けてしまった。確かトリが『ここは飛ばそう』と言ったっけ、トリの言うことを聞いておけばよかったのかも。

 でもショックと同時にある考えがサチの頭に浮かんだ。
 どうやらこの新しい世界では、UIDが思ったより大事な物のようだ。UIDを持つと言うことは、この世界の中でもっともっと深い意味を持っているのかも知れない。

 トリが言っていた、私はTS78JX1H7B、タカハラサチは単なるラベル。

 私はTS78JX1H7B。

 それでいいのかも知れない。


#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門


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