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【初恋保管係】~忘れるためじゃない。いつか笑って返してもらうために~ 最終話 ありがとう(中編)

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最終話(前編)


最終話 ありがとう(中編)

 
 店内には、雨音だけが静かに響いていた。

 梓はノートを胸に抱えたまま、しばらく動けなかった。

「座ろうか」

 悠真が静かに言う。

 梓は小さく頷いた。

 二人は店の奥にある小さな丸テーブルを挟んで向かい合う。

 梓は深呼吸を一つすると、ノートの続きを開いた。

 そこには日付も題名もなかった。

 ただ、一人の男性の想いだけが綴られていた。


『紗枝へ』

『もちろん、この文章を君が読むことはない』

『だから、君へ宛てた手紙をブログという形で残します』

『誰にも気付かれなくてもいい』

『ただ、君が幸せなら、それでいい』


 梓は思わず目を閉じた。

 まるで目の前で誰かが語りかけているようだった。

 ページをめくる。


『あの日、君は笑っていた』

『でも、本当は泣いていた』

『そんな君を見ていながら、何もできなかった』

『だから思った』

『もし、初恋を預けられる場所があったら』

『君は少しだけ楽になれるんじゃないかって』


 梓の目から涙が落ちる。

 母は一度も、この人の想いを知らなかった。

 それでも、この文章に心を動かされ、お店を始めた。

 不思議な縁だった。    



「父はね」

 悠真が静かに口を開く。

「母とは結婚したけど、一度も紗枝さんを悪くは言わなかった」

「むしろ」

 少し笑う。

「『大切な思い出をくれた人だ』って」

 梓は驚いて悠真を見た。

「そんなこと……」

「うん」

「だから母も全部知ってた」

「知ってて、『昔の大切な思い出なんだから』って笑ってた」

 梓は胸が熱くなった。

 誰も憎んでいない。

 誰も恨んでいない。

 ただ、叶わなかった恋を、それぞれ胸の奥で大切にしまっていただけだった。

     

 さらにページをめくる。

 そこにはブログを終えた日のことが書かれていた。


『今日、商店街で一軒の小さなお店を見つけた』

『入口には、小さな木札』

『初恋保管係』

『思わず笑ってしまった』

『本当にできたんだ』

『あの日、ブログに書いた名前』

『紗枝が始めたのかどうかは分からない』

『でも、もう十分だ』

『僕の願いは、誰かに届いた』

『だから今日でブログを終わります』


 梓はページをめくる手を止めた。

「お母さんは……」

 声が震える。

「最後まで、このブログの人が誰か知らなかった」

「うん」

 悠真も頷く。

「父も、最後まで、自分から名乗らなかった」

「どうして?」

 その問いに、悠真は少しだけ考えてから答えた。

「父は言ってた」

『会わなくても十分だ。

 店があるなら、それで願いは叶った』

 梓は何も言えなかった。

 切なかった。

 でも、とても優しい恋だった。    



 ノートの最後のページ。

 そこには、たった一行だけ書かれていた。

『ありがとう』

 それだけだった。

 長い手紙の最後は、その一言だけ。

 梓は涙を拭った。

 そして立ち上がる。

 棚の一番上から、母の日記を持ってきた。

「これ……お母さんの日記」

 悠真も静かにページを開く。

 最後のページには、こう書かれていた。


『ブログを書いた人へ』

『あなたがいなければ、この店は生まれませんでした』

『だから私は、今日も誰かの初恋を預かります』

『いつか、この言葉があなたに届きますように』

ありがとう


 悠真はゆっくり目を閉じた。

「届いたよ」

 静かに呟く。

「父に、ちゃんと届いた」

 梓は涙を流しながら微笑んだ。

 三十年という時間ときを越えて。

 二人はようやく、

 お互いの「ありがとう」を届けることができたのだった。


                      後編へ続く。 

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