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【初恋保管係】~忘れるためじゃない。いつか笑って返してもらうために~ 最終話 ありがとう(前編)

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前話(第四話後編)


最終話 ありがとう(前編) 

 
 春の雨が、商店街の石畳を静かに濡らしていた。

 青葉文具店。

 閉店まで、あと三十分。

 梓はレジを締め終え、小さく息をついた。

「今日は静かだったね、お母さん」

 カウンターの奥には、母・紗枝の写真。

 梓は毎日閉店前になると、こうして話しかけるのが習慣になっていた。

「今日は返却が一件だけだったよ」

 写真の中の母は、昔と変わらない優しい笑顔を浮かべている。

 母が亡くなり店を継いでから、もう五年が経った。

 返却に来る人も少しずつ増えた。

 笑顔で受け取る人。

 涙を流す人。

 恋人同士で来る人。

 夫婦になって来る人。

 そのたびに梓は思う。

 母が始めたこの店は、ちゃんと誰かの人生を支えているのだと。

 その時だった。

 カラン――。

 ベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」

 顔を上げた梓は、そのまま動きを止めた。

 一人の男性が立っていた。

 紺色のジャケット。

 雨で少し濡れた髪。

 そして、少し困ったように笑う癖。

「ゆ……悠真?」

 思わず名前が漏れた。

 男性も驚いたように目を見開く。

「梓……」

 二人とも言葉が出なかった。

 十三年。

 中学校の卒業以来、一度も会っていない。

 それなのに一瞬で分かった。

 初恋の人だったから。     



「久しぶり」

 悠真が照れくさそうに笑う。

「うん……」

 梓も笑う。

「本当に久しぶり」

 しばらく沈黙が続く。

 昔なら、この沈黙は気まずかった。

 でも今は違う。

 懐かしかった。

 まるで昨日まで一緒にいたような、不思議な安心感があった。

「元気だった?」

「まあ、それなりにね。梓は?」

「私が毎日ここにいるってことは元気な証拠かな」

 そう言って店内を見渡す。

「お母さんの店、継いだんだ」

「うん」

 悠真は優しく頷いた。

「似合ってる」

 その一言だけで、梓は少し照れてしまう。    



「今日はね」

 悠真が紙袋をカウンターへ置く。

「客として来た」

「お客さん?」

「うん」

 袋の中から、小さな木箱を取り出す。

「初恋を預かってほしい」

 その言葉に、梓は店主の顔へ戻る。

 自然と微笑む努力をした。

「もちろんです」

 木箱を受け取る。

「開けてもいいですか?」

「うん」

 梓はそっと蓋を開けた。

 中には一本のシャープペン。

 長年使われた傷。

 少し色褪せた青色。

 グリップには、小さなひびまで入っている。

 梓の呼吸が止まる。

「これ……」

 忘れるはずがなかった。

 中学二年生。

 悠真の誕生日。

 何週間もお小遣いを貯めて買った一本だった。

 本当は、

「好きです」

 そう言って渡したかった。

 でも、勇気が出なかった。

「誕生日、おめでとう」

 それしか言えなかった。    



「まだ持ってたんだ」

 梓が震える声で聞く。

 悠真は少し笑った。

「十三年、一度も捨てられなかったよ。

 芯のところは壊れたし、消しゴムもなくなった。

 でも...…」

 シャープペンを見つめる。

「これだけは捨てることはできなかった。

 だって俺の初恋の人がくれたものだから」

「!!」

 梓は何も言えない。胸が苦しい。

 そして嬉しくて、切なくて。

 涙がこぼれそうだった。     



「でも、どうして今日預けることにしたの?」

 梓が恐る恐る尋ねる。

 悠真は少し考えてから答えた。

「父が亡くなったんだ」

 その笑顔が少しだけ寂しくなる。

「遺品を整理していたら、一冊のノートが出てきた」

「お父さんの?」

「うん、そのノートを読んで」

 悠真は静かに続けた。

「初恋は終わらせるものじゃない。

 誰かに託すものなんだって思った」

 悠真は紙袋の中から、古びた黒いノートを取り出す。

「これ...…」

 梓はノートを受け取る。

 表紙には、何も書かれていない。

 ゆっくり開こうとした、その時。

 悠真が優しく言った。

「最初のページだけは声に出して読んでほしい」

 梓は小さく頷きながらページを開く。

 そこには、たった一行だけ書かれていた。

『この物語は、君には届かないラブレターです』

 梓の胸が大きく脈打った。

 そして次のページを開くとそこにはこう書かれていた。

春待ち日記

 そしてその下には小さな文字で...…

『初恋保管係』

 梓はゆっくり顔を上げる。

「悠真……そのノート...…いえ、

 あのブログを書いていた人って……」

 悠真は静かに頷いた。

「うん、父だよ。

 父が梓のお母さんに対する想いや

 ブログに書く文章などを書いていたノートみたいだ」

 店の時計が午後六時を告げる。

 長い間止まっていた時間が、ゆっくりと動き始めた。

                      (後編へ続く)

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