見出し画像

『AEDっていうんだって』第2章

~2002年春~


春の光が、窓から部屋いっぱいに差し込んでいる。外では小鳥が鳴き、乾いた風が木の葉をやさしく揺らしていた。

けれど、わたしの心はまだ、冬のままだった。

あれから3年。ここアメリカの空気は、日本よりも少し乾いていて、少し広くて、そしてなぜか、少しだけ軽かった。

病院では、医師が静かに言った。「病気を根本的に治すことは、今はまだ難しい。だけど、ここでは“もしものとき”に備える体制が整っているよ」

言葉の意味をすぐに理解できたわけじゃなかった。でも、廊下の角、ロビーの壁、保健室の扉の前……あちこちで見かける赤い箱の存在が、その“備え”の正体を、わたしに教えてくれた。

それが、AEDだった。

自動体外式除細動器。心臓が痙攣して、全身に血液を送れなくなったとき、電気ショックでリズムを戻す機械。

わたしの病気は、「もしも」がいつ来るかわからない。だからこそ、AEDが“そこら中”に置かれているこの国に引っ越した。

学校の保健室の前。駅の改札の横。スーパーマーケットの出口。図書館のロビー。

赤い箱が、まるで目に見えない命の守り神みたいに、そっとそこにいた。

だけど。

「AEDがあれば大丈夫」って、誰かが言っていた。「これさえあれば安心」だって。

でもわたしは知っている。AEDは、命をつなぐ機械であって、病気を治す魔法じゃない。

心臓が痙攣したとき、一時的に戻す手段はあっても、その痙攣が起きる原因そのものは、まだここに残ったままだ。

だから、どれだけ赤い箱を見つけても、わたしの不安がゼロになることはなかった。

それでも、わたしはここに来た。未来があるかもしれない、この国へ。少しでも長く、生きるために。

そして、遠く離れたあの子が、手紙をくれた。

封筒には相変わらず雑な字で、宛名が書かれていた。文面も、少し前と変わらない。

「そっちはどう?AEDいっぱいある?」
「アメリカって、やっぱマックばっかり?」
「心臓、無理してない?走ってない?(←走れないって言ったじゃん)」

そんな感じだった。

子どもっぽくて、無神経で、ちょっと面白くて。でも、不思議と、あたたかかった。

わたしの孤独を、ほんの少しだけ、溶かしてくれた。

日本からの手紙には、いつも彼の純粋な好奇心があふれていた。

「AEDって、どんな機械なの? どうやって使うの?」

そんな質問に、わたしは何度も何度も答えた。

しかし、彼が知らないことがたくさんあった。

その頃の日本では、2001年になってようやく、飛行機の中で客室乗務員さんがAEDを使っていいってことになったばかりで、ほとんどの人はAEDのことなんて知らなかった。

学校や駅やスーパーにAEDが置かれるなんて、まだまだ遠い未来の話。ほんとに、「夢のまた夢」って感じだった。

わたしは彼に伝えた。「AEDがもっと多くの人に知られて、使えるようになってほしい。そうしなければ、助かる命が助からないまま終わってしまうから。」

彼は返事を書いてくれた。「ぼくもがんばるよ。AEDのこと、みんなに伝えるよ。そして医者になって、君もみんなも助ける。」

その言葉が、わたしの小さな希望だった。

彼の手紙には、たびたび「未来」という言葉が出てきた。未来には、AEDがどこにでもある世界が来る。未来には、わたしの病気が治る薬ができる。未来には、彼が医者になって、わたしを治してくれる日が来る。

未来、未来、未来――

それはとても心強い響きだったけど、同時に、とても遠くて、つかめないもののようにも感じた。

春の空は高くて、どこまでも青くて、でも、そこに手を伸ばしても、何にも届かないみたいだった。

アメリカに来てからわたしの病状は、ゆっくりと安定してきていた。専門の医師たちはとても熱心で、最新の検査もたくさん受けた。運動はやっぱり制限されたままだけど、毎日無事に朝を迎えるたびに、「生きてる」と実感できた。

彼にも、そんな日々のことを綴っていた。「今日は病院でMRIを受けたよ」「ドクターが、心臓のリズムはだいぶ落ち着いてるって言ってくれた」「桜じゃないけど、マグノリアの花が満開でね。すごく、きれいだった」

「桜じゃないけど、マグノリアの花が満開でね。すごく、きれいだった」

彼からは、「マグノリアって何? 食べられるの?」なんて、ちょっとずれた返事が届いた。

わたしは笑った。

その手紙の最後には、こんなことも書いてあった。

「そっちの給食って何が出るの?」

わたしは答えた。

「ピーナツバターサンドとか、ハンバーガーとか。」

数日後、また彼から手紙が届いた。

「うわ、絶対甘いじゃん。やっぱオレ、味噌汁のほうがいいからアメリカ行けないわ」

読んだ瞬間、むっとしてこう返信してやった。
「軽く言うけど、私の気持ちなんかわかんないよ。
こっちは甘ったるいピーナツバターで胃がもたれて、それでも生きてるんだ。味噌汁のある国で好き嫌いで選べる君が羨ましい。
そういう言葉を聞くと、ほんとにむっとする。
でも、それ以上は言わない。わかってくれなくても、いい。」

ピーナッツバターサンドに関しては言いすぎちゃったかもしれないけど、彼からの手紙には、相変わらず彼らしい調子で、いろんなことが書かれていた。

クラス替えで隣になった子が変な笑い方をする話とか、体育のドッジボールで2連続で当てた瞬間の自慢話とか。

読んでいると、少しずつ――少しずつだけど、ほんの少し日本が近く感じるようになった。

それでも、現実は変わらなかった。

学校にはAEDはなかった。街でも見かけない。誰も知らない。日本でAEDの話をしても、ほとんどの人が「なにそれ?」と首をかしげるという。

一方で、アメリカでは、AEDという言葉が少しずつ“日常”に溶け込みはじめていた。

わたしの通う学校にも、AEDは設置されていた。廊下の壁に、赤いボックスが埋め込まれていて、横に英語で「AED」と書かれていた。

何度か、それを見上げた。

そのたびに思った。

あの子の学校にも、これがあればいいのに。

あの子が住む町のスーパーや駅や公園にも、当たり前にあればいいのに。

そうしたら、誰かの“終わり”が、“続き”に変わるかもしれないのに。

そう願いながら、わたしは手紙を書き続けた。

桜の代わりに、マグノリアの花の話を。

味噌汁の代わりに、ピーナツバターサンドの話を。

彼とわたしの時間は、手紙の往復という、細くて、でもしっかりとした糸でつながれていた。

だけど――
ときどき、どうしようもなく寂しくなることがあった。

あの教室の匂い。下駄箱のざらついた床。冬になると凍る水道の蛇口。

雪だけじゃなくて、桜並木の通学路も通りたかった。
ふざけあいながら帰りたかった。

「日本に帰りたいな」
そう思ったことが、一度や二度じゃない。

心臓のことを考えたら、たぶん今の環境の方がずっと安心だってわかっているのに。

それでも、心が向かうのは、あの国だった。

そして、また彼から手紙が届いた。


──ぼくは、その手紙を読んだ。

彼女の手紙の中に、「AEDはね、あちこちにあるよ。学校にも、図書館にも。あと、バス停の近くにもあった!」って書かれていた。

それを読んだとき、ぼくの中に、遠い記憶がぶわっと蘇った。

小学生のとき、ニュースで流れた映像。
「心臓病に関する市民公開講座」ってやつだった。

スーツ着た人たちが真剣な顔でなにか語ってて――

その後ろのスライドに、一瞬だけ見えた、あの言葉。

「AEDを、使わせてください。お医者さんじゃないぼくにも。そうしないと、あの子が死んじゃうかもしれないんです」

それ、ぼくの字だった。

汚い字。間違えた漢字を二重線で消した跡も、そのまんまだった。

手紙を出したときは、「どうせ誰も読んでくれないだろうな」って思ってた。

でも、その言葉が、誰かの耳に届いてた。
届いて、映されて、光を浴びてた。

あの日のぼくは、あのニュースを見ながら震えてた。
誰かがちゃんと読んでくれたって思って、ちょっと泣きそうになってた。

――でも。

今の現実は、どうだろう?

中学生になった今、もう一度学校の保健室の先生に聞いてみた。

「AEDって、ありますか?」

「なにそれ? ああ、テレビで見たことあるような……ないわよ。あれは病院の道具でしょ?」

やっぱり、変わってなかった。

あのテレビの中で、ぼくの言葉が映ったことも。
彼女の命がかかっていることも。
この国の人たちには、まだちゃんと届いてない。

あの時のニュースの最後に、「今後は一般市民による使用の是非が問われていくでしょう」って言ってた。

“今後”って、いつの話だったんだろう。

彼女が生きてるうちに、間に合わなかったらどうするんだろう。

彼女は、こんなことも教えてくれた。

「アメリカではね、2000年にラスベガスのカジノにAEDが設置されたの。
それがすごく効いたみたいで、警備員が使ったら救命率が59%に上がったんだって。
しかもね、3分以内に使えたときは、74%の人が助かったんだよ」

ぼくは思わず「本当に?」って何度も読み返した。

さらに彼女は続けてた。

「その結果を受けて、クリントン大統領が“全米にAEDを!”って宣言して、
一般市民による除細動、つまりPADっていうんだけど、それを国の方針として推進することになったの。
国は2500万ドルも予算をつけて、連邦施設にAEDを設置して、講習のための助成金も出したんだよ」

街じゅうに“赤い箱”が並ぶ未来。
それは、彼女の住む世界では、もう始まっている未来だった。

ぼくの国は……?

AEDは、知ってるだけじゃ足りない。
あるだけでも、足りない。

使えるようにならなきゃ、意味がない。

「なんで日本は遅れてるの?」

彼女はそんなふうに言わなかったけど――
たぶん、言えなかっただけだ。

ごめん。

でも、もう一度ちゃんと伝える。
小学生のときみたいに、手紙を書こう。
今度は、もっと強く、もっとたくさんの人に。

「AEDを使わせてください」じゃない。

「AEDを使える国にしてください」

彼女が次の春を迎える前に、間に合いますように。


第3章へ続く


いいなと思ったら応援しよう!