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雷舞ノ巫女(ライブノミコ)第36話「月へ掛ける梯子」

【物語あらすじ】
神の声が届かない時代に、歌だけが神域へ届いてしまった。
現代アイドルと八百万の神々が交差する物語、第36話。

▶第1話から読む


高天原たかまがはらの水鏡に映る、人の世の熱。

巫女雷音。
KiraKira☆Re:bellion。
レンアイカグヤ。

三つの動画が、タイムラインを揺らしている。

その隣に、まだ何も映していない空白があった。

コードリリカル。
投稿動画なし。

アマテラスは、その空白をしばらく見つめていた。

「沈黙しておるのう」

楽しげな声だった。

けれど、軽くはない。

思金神おもいかねのかみは水鏡に浮かぶ数字を追いながら、眉間に皺を寄せている。

「上位三組の伸びが尋常ではございません。人の世の熱量は、今や祭りの太鼓ではなく、指先で測られるのですな」

スサノオが鼻で笑った。

「いいじゃねえか。祭りってのは、広がってなんぼだろ」

「広がる速度が早すぎるのです」

「昔だって、面白い祭りがあれば村中が走って見に来ただろ。今は村がでけえだけだ」

思金神は言い返そうとして、やめた。

それもまた、一理ある。

水鏡が揺れ、巫女雷音の動画が浮かぶ。

曲名は「錆びない祈り」。

暗いライブハウス。
雷のような夜魅の声。
その裂け目から立ち上がる、陽菜の祈り。

だが、アマテラスが見ていたのは、歌の巧さではなかった。

二人の声が、どちらかを従わせていないことだった。

夜魅の雷は、陽菜をかき消していない。
陽菜の祈りは、夜魅の激しさに怯えていない。

互いに譲らず、互いを消さず、同じ場所へ立っている。

タキリビメが、静かに言った。

「あの子は、まだ自分の声を信じきれていません」

タキツヒメが頷く。

「けれど、隣の雷を怖がらなくなりました」

イチキシマヒメは、少しだけ微笑む。

「雷のあとに、祈りが立つ。よい響きです」

アマテラスは、陽菜の姿を見つめた。

「陽菜は、三女神の器として育ち始めておるのう」

三女神たちが、静かに頭を下げる。

「じゃが、あれは器の力だけではない。夜魅という雷があって、はじめてあの祈りは人の胸まで届いておる」

スサノオが腕を組む。

「雷が道を作って、祈りがそこを通ったってわけか」

「うむ」

アマテラスは目を細めた。

「人の世の歌は、面白い。ひとりで完結せぬ」

水鏡が、次の光へ移る。

KiraKira☆Re:bellion。
曲名は「TOKYO星雲」。

星の部屋から始まった小さな動画は、人の世で奇妙な広がりを見せていた。

真似できそうで、真似できない。
けれど、真似したくなる。

美沙の動きは、画面の向こうにいる者たちの身体をざわつかせていた。

思金神は観察している。

「高度な身体制御でありながら、見る者には容易に見える。奇妙ですな」

「そこがいいんだろ」

スサノオは楽しそうに言った。

「祭りの踊りだってそうだ。ひとりが踊る。隣が真似する。気づいたら、広場ぜんぶが踊ってる」

「模倣を誘発する構造、ということですか」

「難しく言うなよ。楽しいから広がる。それだけだ」

アマテラスが、ふっと笑った。

「なるほど。現代の祭りとは、こうして火が移るのか」

「火じゃねえ。嵐だ」

スサノオが水鏡を見る。

「美沙は、身体が先に分かってる。理屈より先に、風の通り道を見つけるタイプだ」

「おぬし、気に入っておるな」

「おもしれえからな」

「まったく。分かりやすいのう」

アマテラスは笑った。

けれど、その笑みはすぐに、別の静けさへ向かう。

水鏡に、レンアイカグヤの動画が映った。

曲名は「月に咲くマーガレット」。

かわいらしい名だった。

けれど、その映像には宇宙が映る。

月の裏側。
クリスタルパレス。
眠るカグヤ。
そして、宇宙服を脱いだ如月蓮。

高天原に、静かな空気が落ちた。

ツクヨミが、静かに見つめる。

蓮がカグヤの頬に触れる。
カグヤが目を覚ます。
月の宮殿に、二人の歌が満ちていく。

アマテラスが、少しからかうように言った。

「のう、ツクヨミ」

「なんだ」

「おぬしの器、月に降り立っておるの」

思金神が、すぐに口を挟む。

「アマテラスさま。正確には、あれは作られた映像でございます。実際に月面へ到達したわけでは」

「分かっておる」

アマテラスは、柔らかく遮った。

「わらわの言いたいことは、そういうことではない」

思金神は口を閉じる。

アマテラスは、水鏡の中の蓮を見つめた。

その歌は、月を眺める歌ではなかった。
月にいる誰かを、迎えに行く歌だった。

「あの娘は、己の歌で月への梯子を掛けた」

アマテラスの声は静かだった。

「ならば、降り立ったのじゃ」

ツクヨミは、しばらく水鏡を見ていた。

やがて、小さく頷く。

「……そうだな」

その一言だけだった。

けれど、その場にいた神々には、それで十分だった。

蓮は、月に行った。

ロケットではなく、歌で。
肉体ではなく、憧れで。
カグヤを迎えに行きたいという、あまりにも人間らしい願いで。

ツクヨミは低く呟く。

「人は、不思議なことをする。月に手が届かぬと知りながら、手を伸ばす」

スサノオが笑った。

「それが人間だろ」

「そして、届いたことにする」

「違うのう、ツクヨミ」

アマテラスが言った。

「届いたことにするのではない。届く形を作るのじゃ」

高天原に、静かな沈黙が落ちた。

その沈黙は、否定ではなかった。
理解の前に訪れる、ほんの短い間だった。

思金神が、低く言う。

「人の世の創造とは、なかなか侮れませぬな」

「侮っておったのか?」

スサノオが笑う。

思金神は咳払いをした。

「確認でございます」

「便利な言葉だな、それ」

アマテラスは、ふふ、と笑った。

だが、その笑みはどこか遠いものを見ているようでもあった。

「わらわは、神が人の世の光を借りるつもりで始めた」

神々の視線が、アマテラスへ集まる。

「人の魂を磨き、輝かせ、新たな信仰の形を創造する。そうすれば、神は再び人の世の光の中心に立てると思っておった」

最初の夜。

高天原で、アマテラスが告げた言葉。

それを覚えていない神はいない。

だが今、水鏡に映る少女たちは、少し違って見えた。

神のために歌っているわけではない。
勝つためだけでもない。

誰かに届きたい。
誰かと並びたい。
誰かを迎えに行きたい。

その想いが、たまたま神域に届いてしまっている。

アマテラスは、ゆっくり息を吐いた。

「愛度瑠とは、ただ美しい偶像ではないのじゃな」

思金神が尋ねる。

「では、何でございましょう」

アマテラスは、すぐには答えなかった。

水鏡には、もう一度、コードリリカルの空白が映っている。

投稿動画なし。

その空白だけが、妙に強い。

タキリビメが、静かに言った。

「あの空白にも、気配があります」

タキツヒメが続ける。

「出さないのではなく、満ちるのを待っている」

イチキシマヒメは、わずかに微笑む。

「潮のように」

水鏡の向こう。

天堂凛が、三組の動画を見ていた。

咲良と雫は、すでに準備を整えている。

けれど、投稿はまだされない。

凛は焦っていない。

それどころか、少し楽しそうだった。

まるで誰かが打ち上げた花火を見て、自分たちの番を待っている少女のように。

けれど、その瞳の奥には、王者の光がある。

アマテラスは、静かに呟いた。

「人が作った、崩れぬ偶像か」

思金神が言う。

「彼女たちは、神の器ではありません」

「分かっておる」

「にもかかわらず、人の世では最も神に近い存在として扱われております」

「そこが面白いのじゃ」

アマテラスは、水鏡から目を離さない。

「神に選ばれずとも、人は神話を作る」

スサノオが腕を組んだ。

「気に入らねえか?」

「いや」

アマテラスは微笑んだ。

「見てみたい」

高天原の空が、少しだけ明るくなる。

「神の器たちが歌い、器でない者たちがそれに応える。あるいは、器でない者たちのほうが、神に近い場所へ届くかもしれぬ」

思金神は、慎重に言葉を選んだ。

「それは、神々の威光を揺るがす可能性もございます」

「威光など、揺れてよい」

アマテラスは、あっさり言った。

「揺れぬ光は、いつか人を焼く。ほどよく揺れるから、朝日は美しいのじゃ」

ツクヨミが小さく息を吐く。

「太陽の神が、それを言うか」

「言うとも」

その時、水鏡が大きく揺れた。

人の世で、新しい通知が走る。

まだ空白だった、コードリリカルの欄。

そこに、ひとつの予告が浮かび上がる。

《コードリリカル》

公開日。
締め切り最終日。

形式。
生配信。

場所。
非公開。

思金神が、目を細めた。

「生配信。失敗の許されぬ形式を選びましたか」

ツクヨミは静かに言う。

「欠けぬ者たちが、何を欠かせるか」

アマテラスは、水鏡を見つめた。

その表情は、太陽神のものだった。

けれど、どこか一人の観客にも見えた。

「よい」

アマテラスは笑った。

「見せてもらおうではないか」

水鏡の向こうで、東京の夜が静かに光り始めていた。

人と神の絆を歌で結ぶ。

その言葉の意味が、まだ変わり始めたばかりだった。


※40話で完結予定です

次の話へ 第37話「コードリリカル」

前の話へ 第35話「タイムラインがざわめく日」

全話まとめ


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