雷舞ノ巫女(ライブノミコ)第35話「タイムラインがざわめく日」
【物語あらすじ】
神の声が届かない時代に、歌だけが神域へ届いてしまった。
現代アイドルと八百万の神々が交差する物語、第35話。
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デュオグランプリ一次審査。
その日は、朝からタイムラインが賑やかだった。
大手レーベルが主催するコンテストではない。
地上波の大型音楽番組でもない。
特設サイトひとつから始まった、神主催という怪しすぎるグランプリ。
それなのに、空気感は熱い。
理由は、はっきりしている。
プリンセスオーパーツから、九鳳院咲良と白鳥雫のデュオ、コードリリカルがエントリーしている。
その事実だけで、業界の温度が変わった。
「ここでコードリリカルに爪痕を残せば、名前が売れる」
「プリオパの二人に勝てなくても、近くまで行けば見つかる」
「いや、食えるなら食う」
そんな熱が、プロとアマの境目を溶かしていった。
有名アイドルグループからの即席デュオ。
プロの最前線で活動する歌唱派ユニット。
地方ライブハウスからの挑戦者。
双子のアマチュアデュオ。
ダンス動画で数字を持つインフルエンサー同士のコンビ。
歌唱力だけで殴りに来るような男女ペア。
どの動画にも熱があった。
勝ちたい、見つかりたい、上へ行きたい。
それぞれの願いが、画面の中で光っていた。
けれど、その流れを最初に変えたのは、一本のライブ動画だった。
《巫女雷音/錆びない祈り》
投稿された瞬間、サムネイルだけで目を引いた。
暗いライブハウス。
ステージの中央に立つ天野陽菜と一条夜魅。
動画が再生される。
最初に来たのは、夜魅の声。
重いギターリフ。
地を蹴るようなドラム。
雷が落ちる直前の空気みたいな緊張。
夜魅は笑わない。
媚びない。
ただ、真正面から画面を睨み、歌い出す。
その声が一気に視聴者の首根っこを掴んだ。
次の瞬間、曲調が変わる。
雷鳴の裂け目から、陽菜の声が差し込んだ。
白い声。
けれど弱くない。
祈りの形をしているのに、芯に熱がある。
夜魅のメロディと、陽菜のメロディ。
どちらかが支えるのではなく、どちらも前へ出る。
サビが来ると思った場所で、サビは来ない。
かわりに、二つの旋律がぶつかり、すれ違い、また戻ってくる。
戻ってくるのに、最初とは違う。
コメント欄が動き出した。
《え、サビどこ? でもずっと聴ける》
《夜魅ちゃんの声、雷じゃん》
《陽菜ちゃん、祈りなのに強い》
《巫女雷音って名前、ここで完成してる》
再生数が伸びる。
いいね数が、順位表を駆け上がる。
けれど、タイムラインは落ち着かない。
次に投下された動画のタイトルは、妙にレトロで、妙にかわいかった。
《KiraKira☆Re:bellion/TOKYO星雲》
サムネイルには、星野美沙と一ノ瀬星。
背景は夜の部屋。
リングライト。
小さなシンセ。
配信用のスマホスタンド。
派手なステージじゃない。
なのに、動画が始まった瞬間、画面の中に小さな都市が生まれた。
シンセベースがゆるく跳ねる。
80年代のシティポップみたいな音が、夜の街灯のように流れる。
そこへ星と美沙の声が乗る。
軽い。
甘い。
でも、どこか計算されている。
そして美沙が動いた。
最初は、誰でも真似できそうだった。
肩を少し遅らせる。
視線を外す。
戻す。
笑う。
それだけ。
それだけなのに、なぜか目が離せない。
次の瞬間、コメント欄の空気が変わる。
《今の動き、真似したい》
《いや簡単そうなのにできないやつ》
《美沙ちゃん、重心どうなってる?》
《星ちゃんDJじゃん。部屋なのにクラブになってる》
《TOKYO星雲、タイトルダサかわで好き》
画面の右下には、さりげなく小さな文字が出ていた。
《Buzz-Kata》
誰かがそれを拾う。
《バズカタって何?》
《型?》
《統計で作った振付ってこと?》
《なにその物騒なかわいさ》
美沙は踊る。
星は音を回す。
二人の動画は、配信ライブのようだった。
けれど中身は、拡散するために組まれた小さな兵器だった。
順位表がまた揺れた。
そして。
そのタイトルが表示された瞬間、空気が少し変わった。
《レンアイカグヤ/月に咲くマーガレット》
かわいいタイトルだった。
往年のアイドルソングみたいで、少し照れるほど甘い。
サムネイルには月が映っていた。
白い宇宙服。
クリスタルの宮殿。
眠る少女。
動画が始まると、コメント欄は一度静かになった。
蓮の歌声が流れる。
恋の歌だった。
明るくて、切なくて、少し甘い。
それなのに、奥のほうに氷みたいな意地がある。
画面の中で、宇宙服の人影が月へ向かう。
月の裏側へ降り立ち、透明な宮殿へ入る。
長い階段を昇る。
そして最上階で、眠るカグヤを見つける。
ヘルメットが外れる。
黒い髪が光にほどけ、そこに如月蓮の顔が現れた。
コメント欄が、息を吹き返す。
《え、蓮ちゃんだったの》
《月にカグヤを迎えに行くの、綺麗すぎる》
《タイトルかわいいのにMVが映画じゃん》
《カグヤ、AIなのに表情が泣きそう》
《月に咲くマーガレットってそういうこと?》
蓮がカグヤの頬に触れる。
カグヤが目を開ける。
二人が歌い始める。
人間の声と、AIの声。
息と透明。
揺らぎと完全。
その二つが重なった時、月の裏側に小さなステージが生まれた。
動画が終わったあとも、コメントはしばらく止まらなかった。
《レベル高すぎない?》
《この三組、ほんとにプロじゃないの?》
《コードリリカル出る前に大会終わってない?》
《いや、プリオパがまだ残ってる》
順位表の上位は、何度も入れ替わった。
巫女雷音。
KiraKira☆Re:bellion。
レンアイカグヤ。
その三組が、ほかのデュオを大きく引き離していく。
プロの動画もあった。
完成度の高い作品もあった。
歌が上手い者も、踊れる者も、数字を持つ者もいた。
だが、この三組には、それぞれ違う異物感があった。
巫女雷音は、祈りと雷が正面からぶつかっていた。
KiraKira☆Re:bellionは、かわいさの裏に拡散の刃を隠していた。
レンアイカグヤは、人間とAIの境目に物語を咲かせていた。
視聴者は、気づき始めていた。
これは、ただの動画審査ではない。
何かが生まれる瞬間を、自分たちは見ているのかもしれない。
その頃。
都内某所。
プリンセスオーパーツの控室では、モニターに特設サイトのランキングが映し出されていた。
咲良は、頬杖をついたまま小さく笑った。
「上位三組、予想以上ね」
雫が画面を覗き込む。
「みんな、キラキラしてる。ちょっと悔しいくらい」
「悔しいの?」
「うん。でも、楽しい悔しさ」
雫はそう言って、ふわりと笑った。
凛は黙って画面を見ていた。
巫女雷音。
KiraKira☆Re:bellion。
レンアイカグヤ。
どれも、完成された偶像とは違う。
粗さもある。
揺らぎもある。
でも、その揺らぎごと光っている。
凛は、締切日を確認した。
まだ時間はある。
咲良が振り向く。
「予定通り?」
凛は頷いた。
「ええ。投稿は最終日でいい」
雫が目を丸くする。
「余裕だね、凛ちゃん」
「余裕じゃないわ」
凛は静かに微笑む。
「舞台に立つ順番を、選んでいるだけ」
咲良が楽しそうに笑う。
「王者の入場ね」
「違う」
凛は画面の中の三組を見つめたまま言う。
「敬意よ」
その言葉に、咲良も雫も少しだけ表情を変えた。
凛は続ける。
「あの子たちは、本気で来ている。なら、私たちも一番美しい形で応える」
雫が両手を胸の前で合わせる。
「じゃあ、コードリリカルも本気の本気だね」
咲良が立ち上がり、軽く肩を回した。
「偶然は美しくない。でも、今回は少しだけ、予想外を楽しんでもいいかも」
凛は小さく笑った。
その笑顔は、画面の中の誰にも見えない。
けれど確かに、トップアイドルの顔だった。
特設サイトでは、まだ一つだけ空欄が残っている。
《コードリリカル》
投稿動画なし。
その空白が、順位表のどの数字よりも静かに光っていた。
※40話で完結予定です
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