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雷舞ノ巫女 (ライブノミコ) 第18話「声を隣に置く勇気」

神社を出たあと、夜魅はまっすぐ家には帰らなかった。
気づけば、足はいつものライブハウスへ向かっていた。

夜魅はステージの縁に座る。
足はぶらんと宙を揺れ、指先だけが意味もなくマイクスタンドをなぞる。

静かだった。
まるで夜魅の迷いごと飲み込むように、音ひとつ返さない。

(アタシ、なにしてんだよ)

こんな声は、誰にも聞かせたことがない。
ロック姫の顔でもなければ、強気の夜魅でもない。
ただ、少女の面影が沈むような小さな影。

声を出そうとして、喉が詰まった。

そしてぽつりと、自分でも驚くほど弱い声が落ちた。

「デュオってさ…なんなんだよ…」

その瞬間。

「いい質問だな」

飄々とした声が入り口から降ってきた。

北村オーナーだ。
薄い灯りの中、缶コーヒー二本と、年季の入ったコートの影を連れて歩いてくる。

「ロック姫が、そのへんに落ちてる石ころみたいな悩みしやがって。まぁ、可愛いけどな」

夜魅は顔を背けた。

「可愛いとか言うな…」

「言うよ。そういう顔してるからだ」

オーナーは夜魅の横に座り、
缶コーヒーを一本、無言で差し出した。

受け取りながら、夜魅は小さく言う。

「…アタシ、バンドが全部だったんだよ。声も居場所も…ぜんぶ」

缶が震える。
夜魅の手が震えていた。

「なのに…隣に声を置くとか…わかんねぇよ…。隣って、なんだよ…」

北村はしばらく黙った。
静かな箱の中で、夜魅の呼吸だけが揺れている。

そして――
まるで心のど真ん中にだけ届く声で、ぽつりと言った。

「夜魅。バンドは帰る場所だ。どこに行っても、お前の背中を支える家族みたいなもんだ」

夜魅は瞬きをした。
その言葉は、想像していたよりずっとあたたかかった。

「だけどな――」

北村は夜魅の横顔を見ず、ステージの方を見たまま続ける。

「デュオは旅先で見つける相棒だよ」

夜魅は息を止めた。

オーナーの声は、低く、静かに熱を帯びていく。

「楽器じゃねえ。役割でもねえ。お前が歩く道に、自然と影が並ぶ相手。バンドじゃ埋まらない隙間に、そいつの声がそっと収まる」

夜魅の胸がきゅっと締まった。

「隣に置くってのは、自分の声を半分明け渡すってことじゃない。むしろ逆だ」

北村は夜魅を見た。

「そいつが隣だと、自分の声が一番強くなる。だからデュオになるんだ」

夜魅の瞳がわずかに揺れた。
胸の奥に押し込んでいた何かが、少しだけ光を漏らす。

「…陽菜だっけ?あの巫女っ子だろ?」

オーナーはにやっと笑った。

「言ってねぇだろ、名前」

「言わなくてもバレバレだ。お前、いま少女みてぇな顔してるぞ」

夜魅は一気に耳まで赤くなった。

「してねぇよ!」

「してるって。バンドの連中でさえ見たことない顔だ。みんな嬉しそうに言ってたぞ。夜魅のデュオ、楽しみだなってな」

夜魅は目を見開いた。

「みんな…」

「お前が不器用で、真っ直ぐで、誰より仲間思いなの、知ってんだよ。裏切りだなんて誰も思わねぇよ」

夜魅の視界がじんわり滲んだ。
泣いてはいない。
でも胸の奥の何かが溶けていく。

北村はそっと立ち上がった。

「行けよ」

短く、迷いを断ち切る声。

「デュオってのはな、やりたいじゃなくて、気づいたらそうなってるもんなんだよ」

夜魅は胸の奥をぎゅっと押さえた。

(そうか…)

隣に置いても苦しくない声。
むしろ、自分を強くしてくれる声。

(…陽菜なんだな)

北村は扉に向かいながら、最後にひとつだけ言った。

「お前の隣、もう埋まってんだよ。気づけ。馬鹿」

夜魅は笑うしかなかった。

「…オーナーって、ほんとキザ」

「大人ってのは、キザでできてんの」

扉が閉まった。

静寂だけが残りその静寂の中で――

夜魅は深く息を吸い、

(行かなきゃ)

と、小さく呟いた。

翌日の夕方。
空はまた、昨日と同じように群青へ沈んでいく途中だった。

夜魅は神社の階段を上りきったところで息をついた。
昨日よりも風は暖かいのに、胸の奥だけが落ち着かない。

(また来ちゃったよ、アタシ…)

自分に呆れながら、でも足は止まらない。
参道に差す光は昨日よりも淡く、どこか柔らかい。
まるでまた来ると思ってたよと笑っているみたいだ。

夜魅は一度深く息を吸い、神楽殿の方へ歩き出す。

格子窓から漏れる声。
昨日と同じ――いや、昨日よりも軽やかだった。

陽菜の声だ。

「…………」

胸がきゅっと縮む。

(何だよ…昨日会ったばっかりなのに…またこの声、聞きに来てんのかよ)

格子に触れようとして、手を引っ込めた。
今日は覗かない。
ちゃんと、正面から来たかった。

小さな呼吸を整えた、その瞬間――

神楽殿の扉が、すっと開いた。

白い袖が揺れ、陽菜が顔を出す。
驚いたように瞬きをして、

「あ…、夜魅さん?」

夜魅は一瞬だけ逃げたくなった。
でも――昨日の北村の言葉が背中を押す。

“お前の隣、もう埋まってんだよ”

逃げる道は、もうない。

「よ。陽菜」

夜魅は少しだけ顎を上げて言った。
声が震えてるのを悟られたくないから。

陽菜は嬉しそうに微笑んだ。

「来てくれたんですね!」

「別に…。近く通ったから、寄っただけ」

昨日とまったく同じ強がり。
けれど陽菜は、気づいているようにふわっと笑う。

「でも…来てくれたんですよね?」

夜魅は観念したように視線をそらした。

「ああもう、そういう言い方するなよ…誤魔化しきれないだろ…」

陽菜は首をかしげる。

「誤魔化さなくていいのに」

その言葉が、まるで祈りのようにあたたかくて。
夜魅は胸を押さえたくなる。

(ダメだ…この子、ずるい…)

しばらく沈黙が降りた。
夕風が袖を揺らし、小さな鈴の音が響く。

夜魅が口を開く。

「…陽菜」

「はい」

「アタシ、その…昨日、ちょっと考えたんだよ」

陽菜が真剣に耳を傾ける。

夜魅は靴先で地面をこつこつ叩いた。
言葉を落とさないように。

「バンドがアタシの全部で…今もそれは変わんない。でも…」

陽菜が息を呑む。
夜魅の声はかすかに震えていた。

「でも…隣に…その…置いてもいい声って、あるんだなって…昨日思って……」

陽菜の胸が、静かに震えた。

「夜魅さん」

夜魅は顔を真っ赤にしながら言葉を溢す。

「アタシ…こんなん誰にも言ったことなくて…その…はっきり言うの無理で…恥ずかしいし…」

陽菜はそっと一歩近づく。

夜魅は目をそらしたまま、小さく続けた。

「だ、だからさ…デュオになるとか…そういう言い方…陽菜から言ってくれたら…楽なんだけど!」

陽菜は胸に手を当て、優しく微笑んだ。
まるで祈りが形になるみたいに。

「はい。…じゃあ、言いますね」

夜魅は息を止める。

陽菜の瞳は夕陽を映して、澄んでいた。

「夜魅さん。わたしと…デュオ、組んでくれますか?」

その瞬間、境内の空気が震えた。
昨日までの世界から、そっとひとつ段差を越えたみたいに。

夜魅は目を閉じ、ひと呼吸置いてから――
灼けるほど熱い声で答えた。

「…………ああ。……よろしく、な」

陽菜の瞳がぱぁっと輝く。

その笑顔に、夜魅は胸の奥を押されるように視線をそらした。
ほんの一拍の沈黙。
そのあとで、夜魅がポケットからぐちゃっとした紙片を取り出す。

「…あー…そのさ。まだ早いかもしれないけど…」

紙の端は折れ、少し汗でよれている。夜魅がどれだけ悩んだか、その跡だけで分かる。

「名前…考えたんだよ、実は」

陽菜は目を丸くした。

「名前、ですか?」

「うん。デュオ名」
夜魅は観念したように小さく息を吐いた。

「…MikoRiot(ミコライオット)って、どうかなって。祈りみたいな、陽菜の声と…アタシの…うるさくて、ぶっ壊すみたいな音。反逆(Riot)じゃなくて…揺らすとか、震わせるとか…そういう意味で、さ」

強がりの殻を外した夜魅の声は、妙に幼い。
陽菜は胸に手を当て、そっとその音を受け止める。

「夜魅さん…」

夜魅は続けた。
照れも、覚悟も、全部混ざった声で。

「Mikoは陽菜。Riotはアタシ。ふたりで、世界に小さい雷鳴くらい、落とせたらいいなって…そんな…意味」

言い終えた瞬間、夜魅は横を向いた。
耳まで熱い。
この世で一番見つめられたくない顔をしている。

陽菜はその横顔を見て、ふっと微笑んだ。
まるで、灯籠の火が心の奥まで届いたようなやさしい笑顔。

「…すごく、素敵です」

夜魅の肩がびくりと揺れる。

「い、一応さ、まだ変えても…」

「でも」

陽菜はその言葉をそっと遮った。

「わたし…表記は巫女雷音って書きたいです」

夜魅が瞬きをする。

「……巫女、雷……音?」

陽菜は静かに頷く。

「夜魅さんの雷と、わたしの巫女。そして、ふたりで生まれる音(おと)。MikoRiotの響きを、そのまま日本語に流した表記です」

その説明は、夜風よりも柔らかく、でもどこまでも核心を射抜いていた。

「英語の名前もかっこよくて好きです。でも…わたしたちの声って、きっと日本の音なんです。祈りも、叫びも、どちらも――この国の響きだから」

夜魅の息が止まった。

陽菜が続ける。

「だから…巫女雷音。世界にひとつだけの名前になると思います」

夜魅はしばらく動けなかった。
自分の考えたMikoRiotが、陽菜の手で、ひとつ上の次元へ変わっていく。
それは夜魅にとって、歌を褒められるよりもずっと震える体験だった。

「陽菜。お前…ほんとすげぇな」

「えっ、わたしですか?」

「そうだよ。アタシの音…勝手に広げてくれる。なんか…ムカつくくらい、うれしい…」

陽菜は小さく笑い、そして深く頷いた。

「じゃあ――決まりですね」

夜魅はゆっくりと、でも確かに頷いた。

「ああ。今日からアタシたちは…巫女雷音(MikoRiot) だ」

ふたりの声が、夜の境内にそっと重なる。
鈴が風に鳴った。
まるで、その誕生を祝福するように。


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全話まとめ


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