雷舞ノ巫女 (ライブノミコ) 第1話「神在月に、人の世の光が揺れる」
あらすじ
神の声が人の世へ届かなくなった時代。けれど、少女たちの歌だけは神域へ届いてしまった。伊勢の女子高生・天野陽菜は、歌に祈りを宿す「神の器」として選ばれ、八百万の神々が見守るアイドルの祭典へ巻き込まれていく。雷のように歌う一条夜魅、朝の光を宿す姉・光、人間とAIの境界に立つ蓮とカグヤ、絶対王者プリンセスオーパーツ。神話と現代アイドルが交差する舞台で、陽菜は「巫女」とは何か、自分の声は誰に届くのかを知っていく。
十月、神無月。
全国の神々が出雲の地に集い、人の世の行く末を定める「神在月」の会議が、終焉を迎えようとしていた。神議殿の奥、玉座に座す天照大神の表情は、いつもと違い、わずかに憂いを帯びている。
「アマテラス様……よろしいので?」
アマテラスの隣に控える思金神が、静かに声をかけた。
「うむ……」
アマテラスの視線は、虚空に浮かぶ光の塊に向けられていた。それは、人の世の「信仰」を数値化したものだった。かつては太陽のように輝いていたその光は、今や鈍く、か細い。
「人の心が、我らから離れていく。信仰の光が薄れ、このままでは神々の力もまた……」
神々の間で、ざわめきが広がった。
「まさか……このワシの威光もか?」
武神であるタケミカヅチが、不満げに剣の柄を叩いた。
「戦の神だの、豊穣の神だの……人が求めるのは、もはやそんな古めかしい力ではないのだ」
宗像三女神の次女、イチキシマヒメが艶やかに微笑み、場を扇で仰ぐ。
「人々は今、『輝く個』を求めている。人の世で最も熱いとされる、あの『愛度瑠』とやらこそが場図り、新たな信仰の形になりつつあるのだわ」
長女のタキリビメが、妹の言葉を遮るように厳かに告げた。
「愛度瑠の場図とやらが、我らの信仰を凌駕したというのか? 愚かしい」
末妹のタキツヒメが、不安げに女神の間を行き来する。
「争いでは、解決になりません……」
そのとき、アマテラスがゆっくりと立ち上がった。
「ならば……ならば我らも、人の世の光を借り、この力を示すほかない」
アマテラスの言葉に、殿内に静寂が訪れる。
「我ら神が、人の世の『愛度瑠』をプロデュースし、その美を競い合ってはどうだろうか。人の魂を磨き、輝かせ、新たな信仰の形を創造する。それができれば、我らは再び、人の世の光の中心に立てるはずだ」
荒ぶる海の神、スサノオが身を乗り出した。
「面白ぇ! 神の威光を借りて人間がどこまで輝くか、見物してやるぜ!」
ツクヨミは、口元に不敵な笑みを浮かべる。
「ふふ……これはただの遊びじゃない。人の魂がどこまで光を帯びるか、楽しみだね」
こうして、神々の思惑と人間の運命を交えた奇跡の祭典、愛度瑠具乱布里(アイドルグランプリ)が幕を開けようとしていた。
翌日、東京。
千代田区にある古い神社の境内で、一人の少女が箒を握りしめていた。 彼女の名は、天野 陽菜(あまの ひな)。 高校一年生。祖父が宮司を務める小さな神社の巫女見習いだ。
「はぁ……」
陽菜は大きなため息をついた。 昨夜から続く、わけのわからない胸騒ぎ。何かが始まる予感が、身体の芯から湧き上がってくるようだった。
「陽菜、どうした? もう終わりかい?」
祖父の天野宮司が、優しげな声で陽菜に声をかける。
「おじいちゃん。なんか、胸がドキドキして……。変な予感がするの」
「それはな、神々の気配だ。今頃、出雲でなにか大きなことが決まったのかもしれん」
宮司はそう言って、穏やかに笑った。
その瞬間、陽菜の耳に、遠くから聞こえてくるような、不思議な歌声が響いた。 それは、まるで風の音に紛れた、囁きのような歌声だった。
『求めよ……、見出せ……、そして輝け……』
「え……?」
陽菜が顔を上げたそのとき、神社の空から、虹色の光が降り注いだ。 光は陽菜の身体を包み込み、彼女は思わず目を閉じる。
次に目を開けたとき、目の前に三人の女性が立っていた。 一人は凛とした美しさをたたえ、もう一人は華やかに微笑み、そしてもう一人は、静かに陽菜を見つめていた。
「巫女の娘よ……」
厳かな声が、陽菜の鼓膜を震わせる。
「我が名は、タキリビメ」
「イチキシマヒメと申しますわ」
「タキツヒメです」
三人は、陽菜の周りをゆっくりと回り、その身体を吟味するように見つめた。
「力は……ないわね」
タキリビメが、失望したように呟いた。
「歌声も、特別ではないようですわ」
イチキシマヒメが、つまらなそうに扇を閉じた。
「ただ、彼女の魂には、静かな光があります……」
タキツヒメが、陽菜の胸に手を当てる。
「貴女の魂は、まるで雨上がりの水面のよう。ただ、光を映し出すだけ……」
三人の言葉の意味が分からず、陽菜はただ、呆然と立ち尽くしていた。
「貴女は、我らの器に選ばれた」
タキリビメが、冷たい声で告げる。
「我らは、貴女を美しく磨き上げる。そして、神々のために、その身を捧げてもらう」
陽菜の頭に、強い衝撃が走る。 三女神の思念が、直接脳内に流れ込んできた。
『愛度瑠具乱布里……信仰をかけた祭典……』
『美を競い、最も輝く者が、新たな神の信仰となる……』
『そして、我らは勝たねばならぬ……!』
陽菜の身体が、思念の奔流に耐えきれず、ガクンと膝をついた。
「な……に……」
そのとき、タキツヒメが陽菜の肩にそっと手を置いた。
「貴女には、私と、そしてこのイチキシマヒメ、タキリビメの三人の『器』となってもらうのです。一つの魂に、三つの神格を宿らせる」
「え……?」
陽菜は目を見開いた。
「つまり、貴女は、私たちが求める最強の愛度瑠となるのです」
三女神の言葉が、陽菜の頭の中で、雷のように響き渡った。
「なんだか……ひどく、疲れた……」
陽菜は、自分の部屋のベッドで目を覚ました。夢だったのだろうか。
三人の女神と、神々の祭典。 だが、枕元に置かれた古い鏡が、かすかに光を放っている。
その鏡を手に取ったとき、鏡の中から、優しい声が響いた。
『陽菜……』
「え……?」
『貴女は、我ら三人の『器』となった。この鏡は、我らと貴女を繋ぐ媒介だ。私たちが、貴女を導く……』
鏡の中で、タキツヒメの顔がぼんやりと浮かび上がった。
『まずは……私たちを統合しなければなりません。貴女の魂に、三つの神格が宿っている状態……今のままでは、不安定で……』
陽菜の身体が、再び胸騒ぎに襲われる。
「どうすれば……」
『それは、貴女自身が見つけ出すのです。歌い、舞い、そして……私たちが求める『美』を、貴女の身体で表現するのです』
タキツヒメの声が途切れると、今度は別の声が聞こえてきた。
『貴様は、私たちの中で誰を、最も美しいと思う? その答えを見つけ出したとき、貴様は我らを統合できる』
タキリビメの声だった。
そして、最後にイチキシマヒメの声が響く。
『この世で最も輝くのは、私。でも、貴女の魂は、まだ光を放っていない。さあ……自分を見つけ出すのです』
陽菜は鏡を床に置いた。
「美……? 私には、そんなもの、何もないのに……」
陽菜は、鏡の中の自分を見つめた。
ありふれた、普通の女子高生。どこにでもいる、目立たない存在。 そんな自分が、神々の「器」になり、美を競い合えというのか。
次の日、陽菜は不安な気持ちを抱えたまま、学校に向かった。
夕方。
下校時に通学路の途中にある小さなライブハウスの前を通りかかったとき、中から、けたたましい音が聞こえてきた。
「なんだ、あれ……」
扉の隙間から中を覗き込むと、そこには、数人の少女たちが、熱狂的なライブを繰り広げていた。 それは、陽菜が普段聞くような、ポップなアイドルソングではなかった。 重々しいギターリフと、力強いドラム。そして、激しくシャウトする歌声。
その中心にいたのは、黒い髪をポニーテールにした少女だった。 彼女は、まるで何かに取り憑かれたかのように、激しく歌い、客席を煽っていた。 その瞳には、強い光が宿っていた。
陽菜は、その少女の姿に、なぜか胸を締め付けられるような感覚を覚えた。 「美しい……」
思わず、そう呟いたとき、ライブハウスの扉が開き、一人の男性が出てきた。
「お嬢さん、うちのライブ、見ていかないか?」
彼は、ライブハウスのオーナーだろうか。
陽菜は、とっさに首を横に振った。 「いえ……その……」
「そうか……でも、よかったら、このチラシだけでも受け取ってくれ」
そう言って、彼は一枚のチラシを陽菜に差し出した。
『地下アイドルユニット「黒翼のレクイエム」』 チラシには、先ほどの少女の姿が写っていた。
「彼女は、うちの看板ボーカルでね。すごい才能なんだ」
「そうですか……」
陽菜は、チラシを受け取ると、その場を去った。 だが、そのチラシを握りしめた手は、微かに震えていた。
その日の夜。 陽菜は、自分の部屋で鏡を手に取った。
「鏡よ……」
『どうしました、陽菜』
タキツヒメの声が、鏡の中から聞こえてきた。
「私……今日、すごく美しい人を見つけました」
陽菜は、日中の出来事を鏡に語った。
「彼女は、私とは違う。全然違う……。でも、彼女の歌は、心に響いた」
鏡の中のタキツヒメは、静かに陽菜の言葉に耳を傾けていた。
「私に……あんな風に、なれるんでしょうか……?」
陽菜の言葉に、鏡の中のタキツヒメの顔が、わずかに笑みを浮かべた。
『陽菜……貴女は、その答えを、すでに持っているようです』
陽菜は、鏡の中の自分の瞳を見つめた。 その瞳の奥に、ほんのわずかだが、光が灯っているのを感じた。
「私……」
陽菜の物語は、ここから始まった。
▶第2話「黒翼のレクイエム」
▶第3話「キラめく扉、まだ知らない私へ」
▶第4話「それぞれの光、祈りとわがまま」
▶第5話「五つの光、夜を裂いて― Before the Stage」
▶第6話「ハロウィンナイトフェスティバル ― 五つの光、舞台に集う」
▶第7話「祈りと反逆 ― 二つの光、舞う夜」
▶第8話「祈りと反逆の、その先へ」
▶第9話「月下の邂逅 ― カグヤ、そしてもうひとつの月」
▶第10話「天照らす者 」
▶第11話「夜明けを告げる光」
▶第12話「神々の絆、デュオグランプリ開幕」
▶第13話「三人のプリンセス」
▶第14話「神々の黄昏、歌が生まれる夜」
▶第15話「ツンデレボーカルは神様なんて信じない」
▶第16話「神様なんて信じないボーカルが、祈りに出会った日」
▶第17話「夕暮れの参道で、ふたりの影が寄り添うとき」
▶第18話「声を隣に置く勇気」
▶第19話「星がふたつ、星座になる」
▶第20話「ひとりで輝く月を夢見る少女 」
▶第21話「頷かない月」
▶第22話「二つの月」
▶第23話「竹の中の光 ― 月が答えを伏せる夜」
▶第24話「欠けない歌 ― 震えない月」
▶第25話「影を持つ月― レンアイカグヤ 」
▶第26話「黄昏の器 」
▶第27話「光を脱ぐ時間」
▶第28話「白の境界」
▶第29話「朝の器、夜の予兆」
▶第30話「サビのない祈り」
▶第31話「バズカタ、誕生」
▶第32話「答え合わせみたいに作りたくない」
▶第33話「月が恋を知るなら」
▶第34話「月が月を迎えに行く」
▶第35話「タイムラインがざわめく日」
▶第36話「月へ掛ける梯子」
▶第37話「コードリリカル」
▶第38話「潮の満ちる舞台」
▶第39話「太陽のリズム」
▶第40話「雷舞ノ巫女」(最終話)
