雷舞ノ巫女 (ライブノミコ) 第14話「神々の黄昏、歌が生まれる夜」
高天原。
夜明けとともに、雲海の上に黄金の光が広がる。
神々の都は静寂に包まれていた。
けれど、その静けさの底では、人の世界のざわめきが微かに脈打っていた。
「また一つ、風が動いたようね」
タキリビメが扇を指先でくるりと回す。
彼女の手のひらには地上の配信映像。
銀座のホテル。
無数のカメラフラッシュが乱反射し、三人の人間が、まるで儀式のように並んでいた。
九鳳院咲良。
白鳥雫。
そして、プリンセスオーパーツのリーダー、天堂凛。
「これほどの影響力、まるで新しい神話の誕生だわ」
イチキシマヒメが扇を静かに閉じる。
「アマテラス様。人の美というのは、ここまで神々の領域に迫るものなのでしょうか?」
アマテラスは穏やかに目を細めた。
「美しさとは、本来神のための言葉ではない。それは人が痛みと憧れの狭間で、ようやく手にする光じゃ。そして、あの凛という娘はそれを理解しておる」
タキツヒメが不思議そうに首をかしげる。
「凛…? あの者、心を揺らしていましたね。けれど、何に?」
アマテラスの唇に、かすかな微笑が宿る。
「天野光。わらわの器にして、人の奇跡そのもの。凛はその光を見てしまった。自らが守ってきた美の殻を超える、まっすぐな光を。それゆえに、心が震えたのだ」
タキリビメは目を丸くする。
「まさか、アマテラス様の器に…恋を?」
アマテラスは小さく首を振る。
「恋か、憧れか、それはまだ名のつかぬもの。だが確かに、凛の心にひびが入った。そのひびこそが、人を人たらしめる。光は、そこからしか入らぬ」
一瞬、風が止む。
雲の上に漂う沈黙。
イチキシマヒメが目を伏せ、呟いた。
「なるほど、崩れぬ美の象徴が、初めて揺らいだのですね」
アマテラスは頷く。
「そうじゃ。美とは、壊れゆくものを恐れぬ心のこと。凛はいずれ、それを知る。そして――天野光がその扉を開くであろう。」
スサノオがあくび混じりに口を開く。
「へぇ、神様の器が人の女に恋されるってか。おもしれぇじゃねえか」
ツクヨミは横目でそれを見て、口元に穏やかな弧を描く。
「だがその光は、夜をも照らす。人の心が神を動かし、神の器が人を導く。輪のように、世界が回り始めている」
そのとき、タキツヒメがふと立ち上がった。
風の音に耳を澄ませる。
「アマテラス様、地上のもうひとつの器も動き始めています。私たちの陽菜が」
アマテラスは静かに目を閉じた。
まつげの影が頬に落ち、金の光がその輪郭を縁取る。
「知っておる。夜魅という影と出会い、光を選ぶ覚悟を磨いておる。絆とは、誰かと歌うための力ではない。共に揺らぎ、共に輝くための祈りじゃ」
タキリビメが呟く。
「まるで、巫女のように…」
アマテラスは微笑んだ。
「いや、あの子は巫女ではない。祈りそのものなのだ。あの声は、まだ小さいが、いずれ風を変える」
三女神は互いに目を合わせ、頷いた。
その瞬間、海の底から微かな風の音が立ち上がる。
まるで、厳島の社が呼吸をしているように。
アマテラスがゆるやかに口を開いた。
「さあ、始まるぞ。光の器と、美の象徴。そして、人の絆が交わる時。天も海も、また新しい唄を求めるじゃろう」
雲の切れ間から差す光が、地上をやさしく撫でた。
天野光の笑みが凛の心を震わせ、陽菜の中に眠る巫女の鼓動を呼び覚ます。
そして世界は今、再び、音を取り戻そうとしていた。
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