雷舞ノ巫女 (ライブノミコ) 第13話「三人のプリンセス」
「オーパーツ」 “out-of-place artifacts”
本来あるべき時代や場所には存在し得ない、謎めいた遺物。
現代の技術や常識では到底説明できない未来の美が、なぜかいま現れてしまった、そんな奇跡の名残り。
プリンセスオーパーツは、その象徴だ。
アイドルという文化の果てに現れた、到達不可能と思われていた理想像。
彼女たちは「人が触れてはならないほどの憧れ」とも噂される。
誰よりも高く、遠い光。
美しさは、時に世界の論理を狂わせる。
見る者の心に禁忌のような甘美な痛みを残す。
その中心に立つのは――
エゴイストプリンセス・天堂凛(てんどうりん)
光を纏うリーダー。
すべてを統べる理想の偶像。
孤高で冷たいほどの純粋さ。
誰よりも手の届かない輝きを知っている。
「美しさは、誰にも届かない夢であるべき。それが、わたしの信仰。」
カルマプリンセス・九鳳院咲良(くほういんさくら)
戦略の女王。
知性と運命の糸を操り、グループの鼓動を支配する。
時間すらも計算で操る冷静さ。
「偶然は美しくない。世界は、必然の法則で動いている。」
ナルシストプリンセス・白鳥雫(しらとりしずく)
愛と残響の鏡。
静けさの奥に、誰よりも深い自己愛と孤独を抱え、その祈りが全ての感情を美に変える。
「愛を覚えて、喜びを知る。それが、わたしの歌。」
三つの光が重なったとき、プリンセスオーパーツは「人間が神を超える美」の伝説そのものとなる。
王女のような誇りを胸に、誰も踏み入れたことのない聖域から、いま、地上に降り立つ。
完璧で、決して崩れない偶像。
けれど、その美しさの奥底には、守るべき夢を抱いた、傷つきやすい少女たちの素顔がある。
そしていま、その三人が、堂々とスポットライトの中に立っている。
東京、銀座の超高層ホテル。その一室、きらめくシャンデリアの下。
報道陣、業界関係者、配信スタッフ、SNSインフルエンサー。
この日、招かれた者しか入れない場所に、異様な熱気が渦巻いていた。
「まもなく、プリンセスオーパーツの記者会見を開始いたします」
司会の声が響き、会場の空気が一段と張りつめる。
壇上では、三脚の椅子が整然と並び、そこに座る三人の少女を照らすスポットライトがゆるやかに揺れていた。
その光の中で、天堂凛はほんの一瞬だけ、視線を遠くへ投げた。
まるで、記憶の奥に残るあの夜を思い出すかのように。
***
時は少しさかのぼる――
ハロウィンナイトフェス、終盤。
会場の最上段、関係者すら気づかぬ暗がりに、三人の影がひっそりと並んでいた。
「やっぱり、話題になるだけのことはあるわね」
九鳳院咲良が、冷静な分析眼でステージを見つめる。
「データだけでは掴めない空気がある。みんな、何かを掴もうとしている」
白鳥雫は、少し柔らかく微笑む。
「こういう場所にこそ、まだ原石が眠ってるのね。私たちも、昔は――」
「見て」
凛の小さな声が、ふたりの会話を断ち切った。
ステージが暗転し、ひと筋の光が落ちる。
その中心に、白い衣装の少女、天野光が立っていた。
声が響いた瞬間、空気が変わった。
照明も風も、まるで彼女に呼吸を合わせるように。
雫が息を呑む。
「綺麗、だけじゃない。空気が震えてる」
咲良が眉をひそめる。
「理屈じゃ説明できない…現象ね」
凛は、息をすることを忘れていた。
胸の奥が、痛いほどきらめく。
その光を見た瞬間、心臓が太陽のリズムで打ち始める。
胸の奥に張りついていた氷が、ゆっくりと溶けていく。
言葉も理屈も届かない。
ただ、美しいとしか思えなかった。
(どうして…? こんな気持ち、知らなかったのに)
まるで、恋をしてしまったような、甘く眩しい痛み。
自分の理想が、ステージ上で命を持ったような錯覚。
それが、崇拝にも似たときめきを生んでいた。
(…なに、これ。胸が痛い。どうして、こんなに苦しいの)
(顔に出さないで。咲良にも、雫にも気づかれたくない)
凛は姿勢を崩さず、ただステージを見つめていた。
光の歌声が会場を包み込むたび、心の奥で何かが震える。
その震えは、恐怖でも嫉妬でもない。
もっと、ずっと柔らかい。
温かくて、触れたら壊れてしまいそうな感情。
(こんな気持ち…。私が憧れるなんて)
ステージが終わり、拍手が嵐のように響く。
その中で、凛だけが静かに息を整えていた。
指先がかすかに震えている。
「…咲良、雫」
小さな声で名前を呼ぶ。
咲良が振り向き、雫も不思議そうに首をかしげた。
「天野光…」
凛はその名を、まるで祈るように口にする。
「彼女は一体、何者なの?」
その瞳はまだ、ステージの余韻を追っていた。
まるで、恋をしたことを誰にも知られたくない少女のように。
***
「天堂さん、マイクをどうぞ」
司会の声が、現実へと彼女を引き戻す。
フラッシュの光が降り注ぎ、今、目の前には数百の視線。
凛はゆるやかに微笑み、マイクを取った。
あの夜、心を奪われた少女の光を胸に秘めたまま。
「それでは」司会の女性が、会場のざわめきを制する。
「現役ナンバーワンアイドルグループ、プリンセスオーパーツの皆さんにご登壇いただきました。今回、デュオグランプリご参加のご意志について、まずはひと言お願いいたします」
静かにマイクを握る、天堂 凛。
長い髪が、会場のライトを受けて輝いている。
整った横顔、意志の強さと繊細さが同居するその瞳。
「わたしたちは、偶像という夢を守るために存在しています。美しいものが生まれる舞台であれば、私たちは立つ価値があると考えます。本物は、舞台を選ばない。どんな場所でも、わたしたちの理想を、美そのものを、証明してみせたいのです」
短い沈黙のあと、最前列の記者が手を挙げる。
「天堂さん、これまで聖域とされていたプリンセスオーパーツが、非公式とも言われる今回のデュオグランプリに、なぜ正面から?」
凛は、笑みの奥に静かな炎を忍ばせて答える。
「伝説は、いつも場違いな場所で生まれるものです。誰かが新しい神話を作ろうとしているなら、わたしたちもその場をこの目で見届けたい。そして、壊れない美を守る者として、もう一度自分自身が心を奪われる奇跡に、触れてみたくなったのです」
咲良と雫が、そっと視線を交わす。
別の記者が問う。
「現役No.1アイドルとして、格が下がると見る声もありますが」
凛は笑みを崩さぬまま答える。
「格? 私たちは格を守るために歌っているわけじゃない。この目で確かめたいの。神話を揺るがす何かが、あの夜、生まれたのなら。わたしも、その奇跡の証人でありたい」
さらに、デュオ形式についての質問。
「今回のグランプリはデュオ形式ですが、プリンセスオーパーツは三人組ですよね。どのような形で参加されるのですか?」
咲良がマイクを受け取る。知性の輝きが瞳に宿る。
「はい。今回は、九鳳院咲良と白鳥雫。わたしたち二人で、コード・リリカルというデュオ名義で出場します」
言葉を区切るたび、会場がざわめく。
「プリンセスオーパーツが、デュオに?」
「新ユニット名義で?」
咲良は、ぴしっと背筋を伸ばし、論理的に言葉を紡ぐ。
「美とは計算できるものだと、私は信じてきました。けれど、この舞台では感情が生む揺らぎ、計算を超えた瞬間のきらめきこそ意味がある。雫となら、その化学反応がきっと起こせると信じています」
雫がふわりとマイクを持ち、微笑む。
その声は可憐で、けれどどこか守られた聖域の冷たさを持つ。
「コード・リリカル、旋律の暗号。どんな曲も、どんなステージも、必ず誰かと秘密を分かち合う場所だから。本当は、ちょっとだけ怖い。咲良ちゃんと二人だけで立つなんて、はじめてだから。だけど、このドキドキやワクワク、きっと誰かの心にも届くと信じてます」
その時、凛はふと遠い目をする。
会見の熱気の奥で、あの夜の光を思い出す。
(私は、偶像という牢獄でしか生きられない。なのに、あの舞台の向こうに自由な光を見てしまった。あの子に、心を奪われてしまった…)
ほんの一瞬、誰にも見せたことのない感情が、凛の表情に滲む。
会場が、ざわめきを増す。
「プリンセスオーパーツが、正面からデュオ戦に?」
「コード・リリカル、どんなステージになるんだ?」
「でも、リーダーの天堂凛は出ないの?」
「理由は?」
「それでは、最後に今大会への意気込みをお願いします」
咲良がすっと前を向き、凛をちらりと見やる。
「この舞台に偶然はありません。すべては、必然です。私たちは、どんな場所でも美の方程式を解き明かしてみせます。雫となら、未知の答えに出会える気がしている」
雫も微笑んでうなずく。
「完璧じゃなくても、咲良ちゃんとなら、わたし、プリンセスオーパーツ、だよね?」
凛がふっと微笑み、二人を見守る。
「美は、壊れないためにある。でも人は、時々、心が揺らぐからこそ美しいのかもしれない。私は、あなたたちに託します。未完成のまま、新しい美を」
咲良が静かに、二人のやりとりを見守る。
「美の牢獄を出る勇気があるなら、どんな未完成でも意味がある。次の神話は、わたしたちが創る番よ」
その瞬間。
SNSで「#コードリリカル」「#プリンセスオーパーツ」「#デュオグランプリ」が一斉にトレンド入りし、会場の外も内も、ざわめきが止まらない。
控室に戻った三人。
雫は、ふわりと凛の手をとる。
雫
「凛ちゃん、あのとき見せた表情、きっと、もう一度あの奇跡を見つけたいんだね」
凜
「誰にも届かない夢の中に、たったひとつ、本当の光を見つけてしまったの。だけど、これはまだ誰にも、秘密」
咲良
「夢を守るための牢獄から、私たち自身が踏み出す時よ。未完成も、揺らぎも、全部美の一部なんだと、証明しよう」
三人が手を重ねる。
咲良
「三人で完成。でも、デュオでしか見えない景色もある。…さあ、新しい神話を、ここから始めましょう」
そのころ。
陽菜は自室でスマホを見つめていた。
「本物の伝説が、来ちゃうんだ」
彼女の胸に、小さな火花が灯る。
「でも、負けたくない。私も、私だけの光を見せたい!」
美沙も、星も、蓮も、夜魅も。
それぞれの場所で、画面越しにそのニュースを見つめ、静かに拳を握りしめる。
次なる戦いは、完成と未完成「偶像」と「絆」、そのどちらが奇跡を起こすのか。
そして、天野光。
その笑顔の奥に、伝説を揺るがす光が、静かに息づいていた。
夜が、静かに明けていく。
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