見出し画像

雷舞ノ巫女(ライブノミコ)第39話「太陽のリズム」

【物語あらすじ】
神の声が届かない時代に、歌だけが神域へ届いてしまった。
現代アイドルと八百万の神々が交差する物語、第39話。

▶第1話から読む


巫女雷音の一歩目が、静かに響いた。
演奏が低く立ち上がる。

夜の海が、能舞台の下で揺れていた。
朱の社殿の灯りが水面に砕け、きらきらと星の光と混ざっている。

ライブ会場のような歓声はない。

けれど、能舞台を囲む回廊には、限られた観覧者たちが静かに座っていた。神職。関係者。抽選で招かれたわずかな人々。

そして配信画面の向こうで、人の世が見ている。
そのさらに上で、神々が見ている。

逃げたい震えは、もうなかった。

陽菜はマイクを握り直す。

最初に落ちたのは、夜魅の声だった。

雷だった。

荒くて、強くて、まっすぐで。
その声は潮の上を走り、朱の柱にぶつかり、跳ね返ってくる。

初めて夜魅を見た夜、陽菜はライブハウスの扉の外にいた。
あの声の中に入ったら、自分は消えてしまう気がした。

でも今は違う。

夜魅の雷は、陽菜を消さない。
道を作ってくれる。

陽菜は息を吸った。

自分の声を、その道へ置く。

祈りは、弱くなくていい。
震えていてもいい。

夜魅の旋律と、陽菜の旋律がぶつかる。
混ざらない。
溶けない。

でも、離れない。

雷と祈りが、互いを見失わないまま戻ってくる。
戻ってくるたび、少しだけ形を変えている。

最後の音が海へ抜けた時、陽菜は自分の胸が熱くなっていることに気づいた。

歌い終えた。
でも、終わった感じがしない。

夜魅が小さく息を吐く。

「悪くなかった」

「はい!」

陽菜は思わず笑った。

次に舞台へ立ったのは、KiraKira☆Re:bellionだった。

「TOKYO星雲」。

星が配信機材を操り、美沙が舞台の中央で肩を回す。
曲が始まると、夜の厳島に都会の灯りがにじんだ。

ゆるく跳ねるシティポップ。
少しレトロで、少し甘い音。

その中で、美沙が動いた。

肩が遅れる。
視線が外れる。
戻る。
笑う。

簡単そうに見える。
けれど、陽菜には分かった。

あれは、簡単ではない。

星が作った座標の上を、美沙の身体が迷わず走っている。
型なのに、踊り。
計算なのに、自由。
真似したくなる。
でも、真似できない。
それは、星と美沙だけの革命だった。

続いて、レンアイカグヤ。

「月に咲くマーガレット」。

曲名はかわいい。

けれど、蓮が歌い出した瞬間、陽菜は背筋を伸ばした。

それは、恋の歌だった。
憧れの歌だった。

誰かに近づきたい。
でも、近づくのが怖い。
それでも、迎えに行きたい。

蓮の声は、甘いのに頑固だった。

カグヤの声は透明だった。
揺れないはずなのに、蓮の声に触れるたび、ほんの少し色が変わる。

本当は能舞台にいる。

でも、歌が場所を変えてしまう。

陽菜には、二人が月の宮殿に立っているように見えた。

月へ梯子を掛けるって、こういうことなんだ。

そして、コードリリカル。

九鳳院咲良と白鳥雫が、能舞台に立つ。

咲良のエメラルドグリーンが、朱の柱の間で冷たく輝く。
雫のピンクゴールドは、潮風を受けてやわらかく揺れていた。

「空白のプリズム」。

二人の間には、やはり空白があった。

天堂凛が立つはずの場所。

けれど、咲良も雫も、それを隠さない。

咲良が一音を置く。

時間が整う。

雫が声を重ねる。

空間が広がる。

陽菜は息を止めた。

すごい人たちは、もっと強く押してくるのだと思っていた。

でも、コードリリカルは違った。

押してこない。
なのに、逃げられない。

欠けている場所まで美しい。

陽菜は自分が今、憧れているのだと分かった。

遠い。

でも、見ていたい。

すべての挑戦者の奉納が終わった。

能舞台に、潮の音が戻る。

けれど、まだ終わっていない。

高天原の水鏡の前で、思金神が神札を手に取った。

『続いて、シード枠。デュオ名、エターナル∞サンシャイン』

その声が、夜の海に通る。

永遠。
無限。
太陽。

夜の厳島には、少し眩しすぎる名前だった。

『メンバーは、ハロウィンナイトフェス優勝者、天野光』

橋掛りの向こうに、姉が立っている。

白い衣装が、夜の水面にやわらかく映っていた。
灯りを受けたその姿は、朝の輪郭だけを切り取って、夜の中へ置いたみたいだった。

思金神は、続く名を読み上げようとして。
ほんの一拍だけ、止まった。

『ならびに……ギャ……ギャルテラス』

高天原の水鏡の前で、スサノオが肩を震わせている。

「そこだけ詰まるなよ」

思金神は淡々と返す。

『詰まらせる名を持ち込む方にも、いささか問題がございます』

ツクヨミは静かに目を伏せた。

「耐えただけ、褒めるべきであろう」

橋掛りの前で、金色の少女がにかっと笑う。

「うむ。ギャルテラスじゃ」

金色の髪。
明るいメイク。
揺れるアクセサリー。
太陽みたいな笑顔。

ギャルという言葉が、一番近い。
でも、ただのギャルではない。

夜の海の反射まで味方につけて、そこに立っている。

「本当に、そのお名前でいいんですか?」

光が少し困ったように尋ねる。

「よい。語感が強い」

「語感……」

「それに、わらわは学んだのじゃ。現代の太陽とは、ギャルであるとな」

陽菜は、思わず瞬きをした。

現代の太陽。
ギャル。

二つの言葉が、頭の中でなかなか結びつかない。

けれど、ギャルテラスは真剣だった。

「明るく、強く、かわいく、己を盛る。沈んだ空気を照らし、隣にいる者の顔を上げさせる。なかなか奥深い文化じゃ」

光は困ったように笑う。

「少し、難しいです」

ギャルテラスは、光の手を取った。

その手つきは軽いのに、どこか神事のように静かだった。

「案ずるな。おぬしは今日も、ちゃんと朝じゃ」

光の表情が、少しだけやわらかくなる。

その瞬間。

控えの位置で見ていた凛が、言葉を失った。

光の白い衣装が、水面に映っている。
その周りを、ギャルテラスの金色が小さな朝みたいに揺らしている。

夜の海に、きらきらと光が散っていた。

凛は、思わず呟いた。

「……きれい」

それは、プリンセスオーパーツのセンターの声ではなかった。

ただ、光を見つめる一人の少女の声だった。

咲良が横目で見る。

「凛?」

雫が、少し楽しそうに微笑んだ。

「今、普通にときめいてたね」

凛は、ほんの少しだけ瞬きをした。

「……ときめいてない」

「ときめいてたよ」

「かなりときめいてたね」

咲良まで淡々と言う。

凛はもう一度水面を見た。

光の姿が、夜の海で揺れている。
揺れるたびに、胸の奥で何かがきらめく。

「だって」

凛は小さく言った。

「あの子は、朝みたいに見えるんだもん」

雫がやわらかく笑った。

「凛ちゃん、かわいい」

「今のは聞かなかったことにして」

「無理ね」

咲良が即答する。

そのやり取りの間に、ギャルテラスが光の隣で指を鳴らした。

「よし、光。バイブス上げてゆくのじゃ」

曲名が表示される。

《エターナル∞サンシャイン/トキメキ∞シャイニーデイズ》

夜の海に浮かぶ社殿には、少し場違いなくらい明るい。
でも、光が一歩を踏み出した瞬間、その名前は水面に照らされた。

きらめき。
ときめき。
終わらない朝。

その全部が、小さな光の粒になって、厳島の夜へ散っていく。

音が始まった。

光の歌は、まっすぐに四つの拍を進んでいく。

一、二、三、四。

朝の光が、均等に世界を照らすように。

そこへ、ギャルテラスの声が重なった。

同じ旋律ではない。

三つの拍で回る、別のメロディ。

一、二、三。
一、二、三。

四拍で進む光の主旋律に、三拍で回るギャルテラスの対旋律が絡んでいく。

ずれている。
なのに、崩れない。

咲良が呟く。

「これは……ポリリズム」

雫が首を傾ける。

「ポリリズム?」

「曲名じゃなくて、リズムの構造。違う拍の周期を、同時に走らせているの」

咲良の目は、舞台から離れない。

「光ちゃんは四拍で進んでいる。でも、ギャルテラスは三拍で歌って、三拍で踊っている。しかも同じ旋律じゃない。対旋律を重ねている」

「ぶつからないの?」

「普通なら散らかる。でも、あのギャルは三拍のまま光ちゃんを包んでいる」

凛は、まだ水面を見ていた。

光の足元で、きらきらと反射が揺れている。
ギャルテラスの金色が、その周りを回る。

まるで、光の周りに太陽が輪を描いているみたいだった。

「……ずるいな」

凛が小さく呟く。

咲良が聞き返す。

「何が?」

凛は、舞台を見つめたまま答えた。

「こんなの、ときめかない方が無理だよ」

雫が少し笑う。

「さっき認めなかったのに」

「今は認める」

凛の声は静かだった。

けれど、その目は真剣だった。

十二拍目。

二つの周期が重なった瞬間、光が一段強くなる。

水面が、ぱっと明るく弾けた。

陽菜は、思わず目を細めた。

すごい。

姉の歌は、いつも朝みたいだった。

でも今は違う。

朝が、太陽に持ち上げられている。

どこまでも高く。
どこまでも遠く。

ギャルテラスが、くるりと足を滑らせた。

能舞台の板の上に、金色の光が弧を描く。

「よし、光。ここからシャイニングステップじゃ。眩しくても、目ぇ逸らすでないぞ」

「はい」

光が頷く。

次の瞬間、ギャルテラスの足元が跳ねた。

強く踏むのではない。
軽く、明るく、でも逃げ場のない正確さで、裏拍を射抜いていく。

一歩目は、光の歌から半歩遅れる。
二歩目は、歌の隙間へ差し込まれる。
三歩目で、太陽の輪を描くように戻ってくる。

四拍でまっすぐ進む光の歌を、三拍の円で包み込み、ずれながら高く持ち上げる。
合わないはずのリズムが、合わないまま美しく回る。

咲良が息を呑む。

「十二拍目で噛み合うたびに、光ちゃんの出力が跳ね上がっている」

雫が言う。

「綺麗。でも、少し眩しすぎる」

凛は、光を見つめたまま頷いた。

「うん」

水面の光が、また大きく揺れる。

凛の声が、少しだけ低くなった。

「きらめきすぎてる」

光の声が、さらに伸びる。

ギャルテラスが笑う。

「よいぞ、光! そのまま照らすのじゃ!」

光が頷く。

その瞬間、能舞台の空気が一段明るくなった。

潮の反射が、朱の柱を照らす。
回廊が金色に染まる。
夜の海が、朝の光を抱き込む。

陽菜は、姉を見ていた。

すごい。
すごすぎる。

お姉ちゃんは、こんなにも光る人だったのだろうか。
それとも、あの人が隣にいるから、ここまで光っているのだろうか。

綺麗だった。
本当に、綺麗だった。

でも。

胸の奥で、ほんの小さな不安が鳴る。

光が、明るすぎる。
姉の背中が、太陽の中へ溶けていくように見えた。

ギャルテラスの金色が、さらに強く回る。
光の声が、夜の海を越えていく。

そして曲は、最後の展開へ向かって加速していった。


次の話へ 最終話「雷舞ノ巫女」

前の話へ 第38話「潮の満ちる舞台」

全話まとめ


#創作大賞2026
#ファンタジー小説部門

いいなと思ったら応援しよう!