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雷舞ノ巫女(ライブノミコ)第40話「雷舞ノ巫女」(最終話)

【物語あらすじ】
神の声が届かない時代に、歌だけが神域へ届いてしまった。
現代アイドルと八百万の神々が交差する物語、最終話。

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曲は、最後の展開へ向かって加速していく。

夜の海が明るい。

朱の社殿も、回廊も、床板も、光の歌に照らされている。
ギャルテラスの金色が、その周りを回るたび水面が細かく弾けた。

光の声は、まだ届いていた。

むしろ、これまでで一番澄んでいた。

四つの拍で、まっすぐ進む。
朝が世界を起こしていくように。

けれど、ギャルテラスだけが気づいた。

息が浅い。

光の声は揺れていない。
音も外れていない。

だが、一拍目の奥で、身体だけがほんの少し遅れている。

声は進んでいる。
身体が、追いついていない。

ギャルテラスの笑顔が、ほんのわずかに固まった。

これは、支えているのではない。

照らしているのでもない。

焼いている。

「……盛りすぎたか」

その呟きは、誰にも届かなかった。

十二拍目。

光の四拍と、ギャルテラスの三拍が重なる。

その瞬間、夜の厳島が白く光った。

朝が来たようだった。

観ている者には、それが演出に見えた。

最後のサビへ向かう、最高のきらめき。
太陽が朝を抱きしめるような、眩しい終止。

だが、陽菜は見てしまった。

姉の膝が、ほんの少しだけ折れた。

「お姉ちゃん……?」

ギャルテラスは、一瞬で光の腰を抱いた。

その動きも、舞いの一部に見えた。
金色の少女が、白い朝を胸元へ引き寄せる。

光の声が、最後の一音を伸ばす。

音が止まった。

舞台に、潮の音だけが戻る。

次の瞬間、配信画面の向こうから無数の反応が弾けた。

だが、ギャルテラスは笑顔を崩さなかった。

腕の中の光が、意識を手放していることを知りながら。

「すまぬ、光」

小さく、そう言った。

***

光は、すぐに目を覚ました。

控えの間には、薄い灯りがともっている。
遠くで潮の音がしていた。

ギャルテラスは、光のそばに座っていた。

いつものように明るい顔をしている。
けれど、その手は光の手を離していなかった。

「……私」

光が、かすれた声で言う。

「最後まで、歌えましたか?」

ギャルテラスは、一瞬だけ黙った。

それから、にかっと笑う。

「歌えた。よう歌えたぞ。めちゃ朝じゃった」

光は、ほっとしたように目を閉じた。

「よかった……」

その顔を見て、ギャルテラスは笑顔のまま、少しだけ眉を下げた。

「よくはない」

光が目を開ける。

「え?」

「わらわは、おぬしを支えられると思っておった。最強の器には、最強の相方が必要じゃとな」

ギャルテラスは、光の手をそっと握り直した。

「じゃが、わらわは太陽じゃ。同じ光で、おぬしをさらに照らしてしもうた。受け止めたのではない。眩しくしてしまっただけじゃ」

光は、困ったように微笑んだ。

「でも、楽しかったです」

「そこが怖いのじゃ」

ギャルテラスは、小さく息を吐く。

「楽しい光ほど、人は無理をする」

光は返事をしなかった。

ただ、まだ少し熱の残る手で、ギャルテラスの指を握り返した。

***

高天原たかまがはらの水鏡の前には、重い沈黙があった。

アマテラスの御座は空いている。

その空白が、今日は妙に大きく見えた。

本来なら、そこに座るべき太陽神が、人の世の舞台で笑い、歌い、そしてひとりの少女を眩しくしすぎた。

思金神おもいかねのかみは、水鏡を見つめ呟く。

「神が人を照らすことは、容易い」
「だが、隣に立つことは、容易くない」

スサノオは、腕を組んだまま黙っている。

ツクヨミも、何も言わなかった。

水鏡の中には、五つのデュオの光が残っていた。

雷と祈り。
革命の型。
月へ掛けた梯子。
守られた空白。
眩しすぎる朝。

どれも違う。
どれも届いていた。

「技量、完成度、影響力。いずれも甲乙つけがたくございます」

思金神の声は低い。

「では、何を見る」

ツクヨミが問う。

スサノオが、腕を組んだまま答えた。

「デュオだろ。二人で立った意味じゃねえのか」

水鏡の中で、コードリリカルの映像が揺れた。

咲良と雫。
その間に残された、凛の場所。

三人であることを隠さなかった二人。
欠けた場所を埋めず、そのまま光らせた二人。

三女神が、静かに頷いた。

『祈りは、一人でも生まれる』

『けれど、結ばれるには、相手の場所がいる』

『消さずに、残す場所が』

思金神は目を閉じた。

それから、人の世へ声を降ろす。

『デュオグランプリ最終決戦』

厳島の海が、かすかに鳴った。

『優勝は、コードリリカル』

一瞬、空気が止まった。

次に、配信画面の向こうで歓声が爆ぜる。

咲良は、何も言わなかった。

ただ、目を伏せる。

雫がその横顔を覗き込む。

「咲良ちゃん?」

「計算通りよ」

声が、ほんの少しだけ高かった。

凛が笑う。

「咲良、うれしいんだ」

「当然でしょ」

咲良は顔を上げた。

「勝ったんだから」

雫がふわりと笑う。

「今の、かわいかった」

「言わなくていい」

凛は、二人の間に立った。

そこにあった空白が、ようやく埋まる。

けれど、それは最初から失われていた場所ではない。

咲良と雫が、守っていた場所だった。

凛は、小さく言った。

「ありがとう」

咲良はそっぽを向く。

雫は、何も言わずに凛の手を握った。

***

敗れた者たちにも、夜は残っていた。

美沙は腰に手を当て、星の端末を覗き込んでいる。

「コメント欄、まだ伸びてる?」

「伸びてる。バズカタ、かなり刺さった」

「かなり?」

「神域基準でも、たぶんかなり」

美沙は笑った。

「神様、エゴサするかな」

「スサノオ様はすると思う」

「偏見がすごい」

二人の笑い声が、潮風に混じる。

少し離れたところで、蓮は水面に映る月を見ていた。

端末の中で、カグヤも同じ月を見上げている。

「今日の月は、少し近い気がします」

カグヤが言う。

蓮は静かに頷いた。

「私も、そう思います」

月は、何も言わない。

けれど、その沈黙はもう冷たくなかった。

陽菜は、その光景を見ていた。

みんな、負けた。
でも、誰も消えていない。

それぞれの歌が、まだ海の上に残っている。

その時、やわらかな声がした。

「陽菜ちゃん」

振り返ると、雫が立っていた。

咲良と凛は、少し後ろで何かを話している。

雫は、まっすぐ陽菜を見た。

「あなたの声、綺麗だった」

「えっ」

陽菜の背筋が伸びる。

「綺麗っていうより、少し不思議。強く光ろうとしていないのに、気づいたら胸の奥に残ってる」

雫は、ふわりと笑った。

「そういう声、好きだよ」

「す、好き……」

陽菜の顔が一気に熱くなる。

横から夜魅が低く言った。

「おい、陽菜。顔、赤すぎ」

「赤くないです」

「いや、赤い。朱の回廊と勝負してる」

雫は楽しそうに笑い、夜魅の方を見る。

「夜魅ちゃんも、すごくかっこよかった。雷みたいで」

夜魅は一瞬だけ固まった。

「……どうも」

「また、どこかのステージで会おうね」

雫はそう言って、手を振った。

陽菜は、しばらくその背中を見送っていた。

胸がまだ、変な音を立てている。

夜魅が呆れたように言った。

「完全に持っていかれてるじゃん」

「違います」

「違わない」

陽菜は口を尖らせた。

けれど、否定しきれなかった。

すごい人は、遠くにいるだけではない。
こちらを見て、声をかけてくれることもある。

その事実が、陽菜にはまだ少し眩しかった。

***

夜魅は、海を見ながら言った。

「負けたね」

陽菜は、少し間を置いて頷いた。

「はい」

悔しい。

その言葉は、胸の奥にちゃんとあった。

「悔しいです」

夜魅は、意外そうに陽菜を見る。

それから、小さく笑った。

「いいじゃん」

「いいんですか?」

「悔しいってことは、ちゃんと歌ったってことだろ」

陽菜は、何も言えなかった。

ただ、胸の奥が少し熱くなった。

夜魅は続ける。

「アタシは、バンドに戻るよ。そこがアタシの場所だから」

「……はい」

分かっていた。

巫女雷音は、このデュオグランプリのために生まれたデュオだ。
夜魅には、黒翼のレクイエムがある。

それでも、少し寂しかった。

夜魅は海を見たまま、ぽつりと言う。

「でも、まあ……雷って、たまに同じ場所に落ちることもあるよな」

陽菜は、すぐには意味が分からなかった。

けれど、夜魅の横顔が少しだけ照れているのを見て、胸の奥が温かくなる。

「その時は、また祈ります」

「重い」

夜魅は即答した。

でも、少しだけ笑っていた。

「でも、嫌じゃない」

陽菜も笑った。

***

光は、外へ出てきていた。

まだ少し顔色は白い。
けれど、立っている。

ギャルテラスが隣で腕を組み、やけに堂々としていた。

「次は、盛り加減を覚える」

「次があるんですか?」

光が困ったように笑う。

「当然じゃ。太陽も、毎日いきなり真昼になるわけではない。朝があり、昼があり、夕がある。わらわも学習する」

「神さまも、学習するんですね」

「するとも。ギャルも神も、盛ったあとに反省して強くなるものじゃ」

光は、少しだけ笑った。

陽菜は、姉を見ていた。

いつもの姉だった。
やわらかくて、静かで、朝みたいな人。

でも、もう陽菜は知っている。

朝だって、強すぎれば苦しくなる。
光だって、誰かに気づいてもらえなければ、遠くへ行ってしまう。

お姉ちゃんは、ただ憧れるだけの人じゃない。

見ていたい。
追いかけるだけではなく、気づける妹でいたい。

光が、陽菜に気づいた。

少し迷ってから、陽菜は手を振った。

光も、小さく振り返す。

それだけで、十分だった。

***

厳島の海には、まだ歌が残っていた。

夜魅の雷の余韻。
陽菜の祈りの温度。

星と美沙が弾ませた、真似したくなる革命のリズム。

蓮が月へ掛けた、透明な梯子。
カグヤが目を開けた時の、静かな光。

咲良と雫が守った、凛のためのきれいな空白。

そして、光とギャルテラスが残した、明るすぎる朝の粒。

その全部が、海の上できらきら揺れていた。

終わったはずのステージに、まだ拍手の粒が浮かんでいるみたいだった。

陽菜は、そっと胸に手を当てる。

負けたのに。

悔しいのに。

それでも、胸の奥が少しだけ弾んでいた。

神さまに選ばれたから、巫女になるのではない。

誰かを想った瞬間、胸の奥に小さな光がともる。
その光を、声にする。

怖くても。
足が震えても。
悔しくても。

隣にいる誰かの音を聞きながら、前を向いて歌にする。

そうして生まれた声が、誰かの胸で少しだけきらめく。

それもきっと、巫女なのだと陽菜は思った。

また歌いたい。

その気持ちが、陽菜の中で小さな星みたいに灯っていた。

夜魅が横から言う。

「何笑ってんの」

陽菜は、自分が笑っていることに気づいた。

「また、歌いたいなって思って」

夜魅も笑った。

「なら、歌えばいいじゃん」

陽菜は頷いた。

潮の音がする。
遠くで、神々の水鏡が静かに揺れる。

人の声は、神域へ届いてしまった。

けれど、それは神のためだけの歌ではなかった。

誰かのために。
誰かと並ぶために。
そして、自分の中の光を消さないために。

陽菜は、夜の海を見つめた。

雷は、まだ遠くに残っている。
祈りは、まだ胸の中にある。

雷舞ノ巫女。

その名の意味を、陽菜はこの夜、ほんの少しだけ知った。

(おしまい)


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全話まとめ


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