雷舞ノ巫女(ライブノミコ)第39話「太陽のリズム」
【物語あらすじ】
神の声が届かない時代に、歌だけが神域へ届いてしまった。
現代アイドルと八百万の神々が交差する物語、第39話。
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巫女雷音の一歩目が、静かに響いた。
演奏が低く立ち上がる。
夜の海が、能舞台の下で揺れていた。
朱の社殿の灯りが水面に砕け、きらきらと星の光と混ざっている。
ライブ会場のような歓声はない。
けれど、能舞台を囲む回廊には、限られた観覧者たちが静かに座っていた。神職。関係者。抽選で招かれたわずかな人々。
そして配信画面の向こうで、人の世が見ている。
そのさらに上で、神々が見ている。
逃げたい震えは、もうなかった。
陽菜はマイクを握り直す。
最初に落ちたのは、夜魅の声だった。
雷だった。
荒くて、強くて、まっすぐで。
その声は潮の上を走り、朱の柱にぶつかり、跳ね返ってくる。
初めて夜魅を見た夜、陽菜はライブハウスの扉の外にいた。
あの声の中に入ったら、自分は消えてしまう気がした。
でも今は違う。
夜魅の雷は、陽菜を消さない。
道を作ってくれる。
陽菜は息を吸った。
自分の声を、その道へ置く。
祈りは、弱くなくていい。
震えていてもいい。
夜魅の旋律と、陽菜の旋律がぶつかる。
混ざらない。
溶けない。
でも、離れない。
雷と祈りが、互いを見失わないまま戻ってくる。
戻ってくるたび、少しだけ形を変えている。
最後の音が海へ抜けた時、陽菜は自分の胸が熱くなっていることに気づいた。
歌い終えた。
でも、終わった感じがしない。
夜魅が小さく息を吐く。
「悪くなかった」
「はい!」
陽菜は思わず笑った。
次に舞台へ立ったのは、KiraKira☆Re:bellionだった。
「TOKYO星雲」。
星が配信機材を操り、美沙が舞台の中央で肩を回す。
曲が始まると、夜の厳島に都会の灯りがにじんだ。
ゆるく跳ねるシティポップ。
少しレトロで、少し甘い音。
その中で、美沙が動いた。
肩が遅れる。
視線が外れる。
戻る。
笑う。
簡単そうに見える。
けれど、陽菜には分かった。
あれは、簡単ではない。
星が作った座標の上を、美沙の身体が迷わず走っている。
型なのに、踊り。
計算なのに、自由。
真似したくなる。
でも、真似できない。
それは、星と美沙だけの革命だった。
続いて、レンアイカグヤ。
「月に咲くマーガレット」。
曲名はかわいい。
けれど、蓮が歌い出した瞬間、陽菜は背筋を伸ばした。
それは、恋の歌だった。
憧れの歌だった。
誰かに近づきたい。
でも、近づくのが怖い。
それでも、迎えに行きたい。
蓮の声は、甘いのに頑固だった。
カグヤの声は透明だった。
揺れないはずなのに、蓮の声に触れるたび、ほんの少し色が変わる。
本当は能舞台にいる。
でも、歌が場所を変えてしまう。
陽菜には、二人が月の宮殿に立っているように見えた。
月へ梯子を掛けるって、こういうことなんだ。
そして、コードリリカル。
九鳳院咲良と白鳥雫が、能舞台に立つ。
咲良のエメラルドグリーンが、朱の柱の間で冷たく輝く。
雫のピンクゴールドは、潮風を受けてやわらかく揺れていた。
「空白のプリズム」。
二人の間には、やはり空白があった。
天堂凛が立つはずの場所。
けれど、咲良も雫も、それを隠さない。
咲良が一音を置く。
時間が整う。
雫が声を重ねる。
空間が広がる。
陽菜は息を止めた。
すごい人たちは、もっと強く押してくるのだと思っていた。
でも、コードリリカルは違った。
押してこない。
なのに、逃げられない。
欠けている場所まで美しい。
陽菜は自分が今、憧れているのだと分かった。
遠い。
でも、見ていたい。
すべての挑戦者の奉納が終わった。
能舞台に、潮の音が戻る。
けれど、まだ終わっていない。
高天原の水鏡の前で、思金神が神札を手に取った。
『続いて、シード枠。デュオ名、エターナル∞サンシャイン』
その声が、夜の海に通る。
永遠。
無限。
太陽。
夜の厳島には、少し眩しすぎる名前だった。
『メンバーは、ハロウィンナイトフェス優勝者、天野光』
橋掛りの向こうに、姉が立っている。
白い衣装が、夜の水面にやわらかく映っていた。
灯りを受けたその姿は、朝の輪郭だけを切り取って、夜の中へ置いたみたいだった。
思金神は、続く名を読み上げようとして。
ほんの一拍だけ、止まった。
『ならびに……ギャ……ギャルテラス』
高天原の水鏡の前で、スサノオが肩を震わせている。
「そこだけ詰まるなよ」
思金神は淡々と返す。
『詰まらせる名を持ち込む方にも、いささか問題がございます』
ツクヨミは静かに目を伏せた。
「耐えただけ、褒めるべきであろう」
橋掛りの前で、金色の少女がにかっと笑う。
「うむ。ギャルテラスじゃ」
金色の髪。
明るいメイク。
揺れるアクセサリー。
太陽みたいな笑顔。
ギャルという言葉が、一番近い。
でも、ただのギャルではない。
夜の海の反射まで味方につけて、そこに立っている。
「本当に、そのお名前でいいんですか?」
光が少し困ったように尋ねる。
「よい。語感が強い」
「語感……」
「それに、わらわは学んだのじゃ。現代の太陽とは、ギャルであるとな」
陽菜は、思わず瞬きをした。
現代の太陽。
ギャル。
二つの言葉が、頭の中でなかなか結びつかない。
けれど、ギャルテラスは真剣だった。
「明るく、強く、かわいく、己を盛る。沈んだ空気を照らし、隣にいる者の顔を上げさせる。なかなか奥深い文化じゃ」
光は困ったように笑う。
「少し、難しいです」
ギャルテラスは、光の手を取った。
その手つきは軽いのに、どこか神事のように静かだった。
「案ずるな。おぬしは今日も、ちゃんと朝じゃ」
光の表情が、少しだけやわらかくなる。
その瞬間。
控えの位置で見ていた凛が、言葉を失った。
光の白い衣装が、水面に映っている。
その周りを、ギャルテラスの金色が小さな朝みたいに揺らしている。
夜の海に、きらきらと光が散っていた。
凛は、思わず呟いた。
「……きれい」
それは、プリンセスオーパーツのセンターの声ではなかった。
ただ、光を見つめる一人の少女の声だった。
咲良が横目で見る。
「凛?」
雫が、少し楽しそうに微笑んだ。
「今、普通にときめいてたね」
凛は、ほんの少しだけ瞬きをした。
「……ときめいてない」
「ときめいてたよ」
「かなりときめいてたね」
咲良まで淡々と言う。
凛はもう一度水面を見た。
光の姿が、夜の海で揺れている。
揺れるたびに、胸の奥で何かがきらめく。
「だって」
凛は小さく言った。
「あの子は、朝みたいに見えるんだもん」
雫がやわらかく笑った。
「凛ちゃん、かわいい」
「今のは聞かなかったことにして」
「無理ね」
咲良が即答する。
そのやり取りの間に、ギャルテラスが光の隣で指を鳴らした。
「よし、光。バイブス上げてゆくのじゃ」
曲名が表示される。
《エターナル∞サンシャイン/トキメキ∞シャイニーデイズ》
夜の海に浮かぶ社殿には、少し場違いなくらい明るい。
でも、光が一歩を踏み出した瞬間、その名前は水面に照らされた。
きらめき。
ときめき。
終わらない朝。
その全部が、小さな光の粒になって、厳島の夜へ散っていく。
音が始まった。
光の歌は、まっすぐに四つの拍を進んでいく。
一、二、三、四。
朝の光が、均等に世界を照らすように。
そこへ、ギャルテラスの声が重なった。
同じ旋律ではない。
三つの拍で回る、別のメロディ。
一、二、三。
一、二、三。
四拍で進む光の主旋律に、三拍で回るギャルテラスの対旋律が絡んでいく。
ずれている。
なのに、崩れない。
咲良が呟く。
「これは……ポリリズム」
雫が首を傾ける。
「ポリリズム?」
「曲名じゃなくて、リズムの構造。違う拍の周期を、同時に走らせているの」
咲良の目は、舞台から離れない。
「光ちゃんは四拍で進んでいる。でも、ギャルテラスは三拍で歌って、三拍で踊っている。しかも同じ旋律じゃない。対旋律を重ねている」
「ぶつからないの?」
「普通なら散らかる。でも、あのギャルは三拍のまま光ちゃんを包んでいる」
凛は、まだ水面を見ていた。
光の足元で、きらきらと反射が揺れている。
ギャルテラスの金色が、その周りを回る。
まるで、光の周りに太陽が輪を描いているみたいだった。
「……ずるいな」
凛が小さく呟く。
咲良が聞き返す。
「何が?」
凛は、舞台を見つめたまま答えた。
「こんなの、ときめかない方が無理だよ」
雫が少し笑う。
「さっき認めなかったのに」
「今は認める」
凛の声は静かだった。
けれど、その目は真剣だった。
十二拍目。
二つの周期が重なった瞬間、光が一段強くなる。
水面が、ぱっと明るく弾けた。
陽菜は、思わず目を細めた。
すごい。
姉の歌は、いつも朝みたいだった。
でも今は違う。
朝が、太陽に持ち上げられている。
どこまでも高く。
どこまでも遠く。
ギャルテラスが、くるりと足を滑らせた。
能舞台の板の上に、金色の光が弧を描く。
「よし、光。ここからシャイニングステップじゃ。眩しくても、目ぇ逸らすでないぞ」
「はい」
光が頷く。
次の瞬間、ギャルテラスの足元が跳ねた。
強く踏むのではない。
軽く、明るく、でも逃げ場のない正確さで、裏拍を射抜いていく。
一歩目は、光の歌から半歩遅れる。
二歩目は、歌の隙間へ差し込まれる。
三歩目で、太陽の輪を描くように戻ってくる。
四拍でまっすぐ進む光の歌を、三拍の円で包み込み、ずれながら高く持ち上げる。
合わないはずのリズムが、合わないまま美しく回る。
咲良が息を呑む。
「十二拍目で噛み合うたびに、光ちゃんの出力が跳ね上がっている」
雫が言う。
「綺麗。でも、少し眩しすぎる」
凛は、光を見つめたまま頷いた。
「うん」
水面の光が、また大きく揺れる。
凛の声が、少しだけ低くなった。
「きらめきすぎてる」
光の声が、さらに伸びる。
ギャルテラスが笑う。
「よいぞ、光! そのまま照らすのじゃ!」
光が頷く。
その瞬間、能舞台の空気が一段明るくなった。
潮の反射が、朱の柱を照らす。
回廊が金色に染まる。
夜の海が、朝の光を抱き込む。
陽菜は、姉を見ていた。
すごい。
すごすぎる。
お姉ちゃんは、こんなにも光る人だったのだろうか。
それとも、あの人が隣にいるから、ここまで光っているのだろうか。
綺麗だった。
本当に、綺麗だった。
でも。
胸の奥で、ほんの小さな不安が鳴る。
光が、明るすぎる。
姉の背中が、太陽の中へ溶けていくように見えた。
ギャルテラスの金色が、さらに強く回る。
光の声が、夜の海を越えていく。
そして曲は、最後の展開へ向かって加速していった。
