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雷舞ノ巫女(ライブノミコ)第37話「コードリリカル」

【物語あらすじ】

神の声が届かない時代に、歌だけが神域へ届いてしまった。
現代アイドルと八百万の神々が交差する物語、第37話。

第1話から読む


締め切り最終日。

デュオグランプリのランキング上位は、ほとんど三つの名前で埋め尽くされていた。

巫女雷音「錆びない祈り」
KiraKira☆Re:bellion「TOKYO星雲」
レンアイカグヤ「月に咲くマーガレット」

三組の動画は、それぞれ違う熱でタイムラインを揺らし続けている。

《巫女雷音、このまま逃げ切る?》
《キラリベの伸び方エグイ》
《レンアイカグヤ、もはや映画》
《でもコードリリカルまだ来てない》

その名前だけが、まだ空白だった。

コードリリカル。

プリンセスオーパーツの九鳳院咲良と白鳥雫によるデュオ。

本命。
優勝候補。
トップアイドルが放つ、最後の一手。

プリンセスオーパーツを知る者ほど、その沈黙を軽く見られない。

彼女たちのライブを、ファンはいつからか「聖域参拝」と呼ぶようになった。

大げさだと笑う者もいた。
けれど、一度でも客席に立った者は、たいてい笑わなくなる。

暗転のあと、天堂凛が中央に立つ。

それだけで、観客の視線は一点に吸い寄せられる。
照明が彼女を照らすのではない。
彼女がそこに立つから、光が形を持つ。

九鳳院咲良が動けば、ステージの時間が整う。

一拍。半拍。
呼吸。視線。
衣装の揺れ。

すべてが、最初からそうなる未来だったように流れていく。

白鳥雫が歌えば、空間そのものが声を帯びる。
会場の端にいても、自分だけに歌われているように感じる。

愛されているようで、決して触れられない距離がある。

三人が並んだ瞬間、ステージは完成する。

光が中心を作り、時間が流れを導き、空間が余韻を閉じ込める。

かわいい。
歌が上手い。
ダンスがすごい。

そんな言葉だけでは、少し足りない。

プリンセスオーパーツは、崩れない。

笑顔も、角度も、呼吸も、指先も。
夢を預けた人々が不安にならないように、彼女たちは舞台の上で完璧なまま微笑む。

人間が作った、神の構造。
この時代に存在してはいけないほど完成された、三人の偶像。
それが、プリンセスオーパーツだった。

プリンセスオーパーツは、三人で完成する。

光。
時間。
空間。

では、光の中心である天堂凛がいない時。
時間の咲良と、空間の雫だけで、何が生まれるのか。
その問いに、誰もまだ答えを持っていなかった。

その答えは、夕方の東京に落ちる事になる。

スクランブル交差点。
駅前の広場。
ビルの壁面。
地下通路のデジタルサイネージ。
カフェの店内モニター。

街の画面が、一斉に暗転した。

「え、なに?」

誰かが足を止める。

黒い画面に、白い文字が浮かぶ。

《コードリリカル/空白のプリズム》

曲名が表示された瞬間、タイムラインがざわついた。

プリズム。
光を分けるもの。

けれど、そこには「空白」という言葉が添えられている。

天堂凛のいないコードリリカル。
咲良と雫だけで立つ、欠けた光のステージ。

その意味を、視聴者が理解するのは、曲が終わったあとだった。

一秒遅れて、スマホに通知が走る。

《コードリリカル LIVE TAKE 配信開始》

タイムラインが動く。

《来た》
《今!?》
《街頭ビジョン全部コードリリカルになってる》
《これ生配信?》
《プリオパ本気出してきた》

画面に映ったのは、巨大なステージではなかった。

白い空間だった。

床も、壁も、境界が分からない。
神殿のようにも、まだ何も書かれていない譜面のようにも見える。

その中央に、二人が立っていた。

九鳳院咲良。
白鳥雫。

咲良の衣装は、深いエメラルドグリーンを基調に、銀の細いラインが幾何学模様のように走っていた。
動くたびに、緑の奥で時間の針が光るように見える。

雫は、ピンクゴールドの柔らかな衣装をまとっていた。
薄いヴェールのような布が肩から揺れ、光を受けるたび、淡い薔薇色の余韻を空間に残す。

派手ではない。
けれど、目を離せない。

二人の間には、広すぎるほどの空白があった。

普通なら、そこに天堂凛が立つ。

けれど、凛はいない。

咲良は、その空白を埋めようとしなかった。
雫も、そこに寄り添おうとはしなかった。

欠けていることを隠さずに、立っていた。

最初の音が鳴る。

咲良の声だった。

強くはない。
けれど、その一音が落ちた瞬間、画面の中の時間が整った。

街のざわめきが、少し遅れて聞こえる。
信号音も、足音も、車のエンジン音も、まるで一拍待たされているようだった。

咲良が指先を上げる。
視線が流れる。
一歩、横へ滑る。

それだけで、次に何が起こるのか分かってしまう。
分かってしまうのに、逃げられない。

必然だった。

そこへ、雫の声が入る。

咲良の声に重なるのではない。
ほんの少しだけ遅れて、咲良が整えた時間の中に、空間を広げていく。

雫の声は、街頭ビジョンのスピーカーから流れているはずだった。
それなのに、見ている者のすぐ隣で鳴っているように感じられた。

スクランブル交差点の少女が、息を止める。
カフェの男性が、カップを持つ手を止める。
駅のホームで、誰かがイヤホンを外す。

雫の声は、都市の隙間に入り込んでいった。

ビルとビルの間。
人と人の間。
胸の奥に空いた、名前のない場所。

そこへ、柔らかく触れる。

《音が広い》
《これ本当に街頭スピーカー?》
《咲良様、時間止めてる?》
《雫ちゃんの声、距離感おかしい》

曲は、派手に爆発しなかった。

巫女雷音のように雷と祈りがぶつかるわけではない。
KiraKira☆Re:bellionのように身体が画面を切り裂くわけでもない。
レンアイカグヤのように物語が月へ飛ぶわけでもない。

コードリリカルは、ただ立っていた。

咲良が時間を整え、雫が空間を満たす。

その間に、空白がある。

凛のいない場所。

けれど、その空白は穴ではなかった。

何も置かれていないからこそ、見る者の中に、光が立ち上がる。

《これ、欠けてるんじゃない》
《残してるんだ》
《二人だけなのに三人の歴史が見える》
《プリオパって、こういうことか》

咲良は、わずかに微笑む。

三人で積み上げてきたものを、二人だけで壊さない。
けれど、三人の影に隠れもしない。

コードリリカルとして、立つ。

雫が一歩、前に出た。

白い空間の奥に、細い光の線が現れる。

咲良の動きに合わせて、線は規則正しく伸びていく。
雫の声に合わせて、線は柔らかく揺れる。

コード。
リリカル。

構造と詩。
必然と感情。

二人の名前が、そのまま音になっていた。

最後の一音。

白い空間に、三角形の光が浮かぶ。

一つの点は、咲良。
一つの点は、雫。
もう一つの点は、空白。

光は、欠けたまま完成していた。

画面が白くなる。

配信が終わった。

一秒。
二秒。
三秒。

誰も、すぐには動けなかった。

それから、数字が跳ねた。

コードリリカルの投稿動画が、エントリーされる。

《コードリリカル/空白のプリズム》

十位。
七位。
五位。

《速すぎ》
《まだ投稿されたばっかだよね?》
《街頭ビジョンから流入してる》
《プリオパの規模えぐい》

三位。

レンアイカグヤを抜いた。

二位。

KiraKira☆Re:bellionを抜いた。

一位との差が縮まる。

巫女雷音の数字は、まだ伸びていた。
雷と祈りのライブは、今も多くの人に届き続けている。

けれど、コードリリカルの伸び方は、別の生き物だった。

巫女雷音が弱かったのではない。
KiraKira☆Re:bellionが足りなかったのでもない。
レンアイカグヤが届かなかったのでもない。

あの三組が、場を熱くしすぎた。

だからこそ、コードリリカルの光は、そこへ落ちた瞬間、燃え広がった。

《抜く》
《一位まであと少し》
《巫女雷音逃げて》
《いやこれは逃げられない》
《抜いた》
《コードリリカル一位》

ランキングの一番上に、コードリリカルの名前が表示された。

誰ももう、遅すぎたとは言わなかった。

彼女たちは、場が一番熱くなる時を待っていた。

そして、その熱を受け取って、都市ごと歌に変えた。

プリンセスオーパーツの控室。

大型モニターには、一位になったコードリリカルの名前が映っている。

咲良は、ソファに腰を下ろしたまま、小さく息を吐いた。

「あぁ~緊張した~」

その声は、あまりにも普通の少女のものだった。

雫が隣で笑う。

「咲良、最後ちょっと手震えてたね」

「見えてたの?」

「うん。私だけには」

「それ、言わなくていいやつ」

凛は、二人を見て笑った。

今回、ステージには立っていない。
けれど、二人の間に残された空白を、誰よりも分かっていた。

「よかったよ」

短い言葉だった。

咲良と雫が、同時に凛を見る。

「ちゃんと、コードリリカルだった」

咲良の表情が、ふっと緩む。
雫は嬉しそうに目を伏せた。

街頭ビジョンの光も、コメント欄の熱も、ランキングの数字も、そこにはない。

そこにいたのは、トップアイドルではなく、ひとつのステージを終えた三人の少女だった。

それでも、モニターの中ではまだ数字が伸び続けている。

コードリリカル。

時間と空間が作った、欠けたまま完成した歌。

デュオグランプリは、その日、また一つ姿を変えた。


※40話で完結予定です

次の話へ 第38話「潮の満ちる舞台」

前の話へ 第36話「月へ掛ける梯子」

全話まとめ


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#ファンタジー小説部門

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